実武一家言抄録 / 武士を土着させる利
(一)人數を撫御して武備を精銳にせん事を欲せば諸士の風俗を質朴にするには山林草野に土着せしむるを良とす、諸士自身に農業にも從事する時は小給にても馬を持るゝ者にて、居家衣服等の奢侈を爲ざる時は心次第に武具も持られ、且耕作を勤むる時は手足も自然に丈夫に成、時に猪狩等を樂みとし、弓鐵砲の早業を勵むを以武藝も自ら上達し、險阻を走り廻りて遠行するが故に筋骨も健に成、力らを用る事有共速に疲勞する事なく、常に粗食を喰雨雷を犯して、或は野宿し或は飢を凌ぎ、艱難に馴るゝを以、軍役に出て奔走すると雖も、さまで苦とも思はざる也、大身の武士も奢を絶て農を本とする時は、年毎に財用餘りて內證富饒と成て數多の家士を扶持する事も出來る者也、古の領主は僅に五千石歟一萬石程の知行高にて五百人も千人も人數を出す事を得たる者は只是故の次第なりしが故也、今は天下一統に武士をば悉く城下に集置事に古來二百餘年續しに因て、人々皆繁華の風俗に習ひ馴れ、競て家宅を壯嚴に衣服に美麗を究極し安居して、共に珍味を喰飽て老の將に至らんとするを知らず、故に邇近に武備を論ずる者有を見れば後に山間の猿なりと罵り、國家を保護し不虞を警衛すべき軍役の爲に收納する租稅を、
新字:(一)人数を撫御して武備を精鋭にせん事を欲せば諸士の風俗を質朴にするには山林草野に土着せしむるを良とす、諸士自身に農業にも従事する時は小給にても馬を持るゝ者にて、居家衣服等の奢侈を為ざる時は心次第に武具も持られ、且耕作を勤むる時は手足も自然に丈夫に成、時に猪狩等を楽みとし、弓鉄砲の早業を励むを以武芸も自ら上達し、険阻を走り廻りて遠行するが故に筋骨も健に成、力らを用る事有共速に疲労する事なく、常に粗食を喰雨雷を犯して、或は野宿し或は飢を凌ぎ、艱難に馴るゝを以、軍役に出て奔走すると雖も、さまで苦とも思はざる也、大身の武士も奢を絶て農を本とする時は、年毎に財用余りて内証富饒と成て数多の家士を扶持する事も出来る者也、古の領主は僅に五千石歟一万石程の知行高にて五百人も千人も人数を出す事を得たる者は只是故の次第なりしが故也、今は天下一統に武士をば悉く城下に集置事に古来二百余年続しに因て、人々皆繁華の風俗に習ひ馴れ、競て家宅を壮厳に衣服に美麗を究極し安居して、共に珍味を喰飽て老の将に至らんとするを知らず、故に邇近に武備を論ずる者有を見れば後に山間の猿なりと罵り、国家を保護し不虞を警衛すべき軍役の為に収納する租税を、
書き下し
(一)人數を撫御して武備を精銳にせん事を欲せば諸士の風俗を質朴にするには山林草野に土着せしむるを良とす、諸士自身に農業にも從事する時は小給にても馬を持るゝ者にて、居家衣服等の奢侈を爲ざる時は心次第に武具も持られ、且耕作を勤むる時は手足も自然に丈夫に成、時に猪狩等を樂みとし、弓鐵砲の早業を勵むを以武藝も自ら上達し、險阻を走り廻りて遠行するが故に筋骨も健に成、力らを用る事有共速に疲勞する事なく、常に粗食を喰雨雷を犯して、或は野宿し或は飢を凌ぎ、艱難に馴るゝを以、軍役に出て奔走すると雖も、さまで苦とも思はざる也、大身の武士も奢を絶て農を本とする時は、年毎に財用餘りて內證富饒と成て數多の家士を扶持する事も出來る者也、古の領主は僅に五千石歟一萬石程の知行高にて五百人も千人も人數を出す事を得たる者は只是故の次第なりしが故也、今は天下一統に武士をば悉く城下に集置事に古來二百餘年續しに因て、人々皆繁華の風俗に習ひ馴れ、競て家宅を壯嚴に衣服に美麗を究極し安居して、共に珍味を喰飽て老の將に至らんとするを知らず、故に邇近に武備を論ずる者有を見れば後に山間の猿なりと罵り、國家を保護し不虞を警衛すべき軍役の爲に收納する租稅を、
現代語訳
(一)人々を撫で御して軍備を精鋭にしたいと思うなら、武士の風俗を質素で飾り気のないものにするために、山林や草野に土着させるのがよい。武士が自ら農業にも携わるなら、小禄でも馬を持つ者が現れ、家や衣服に贅沢をしないので、思いのままに武具も備えられる。また耕作に励めば手足は自然と丈夫になり、折々に猪狩りなどを楽しみとして弓や鉄砲の早業を磨くので、武芸もおのずと上達する。険しい場所を駆け回って遠くへ行くので筋骨も健やかになり、力を使うことがあってもすぐには疲れない。常に粗食を食べ、雨や雷にも身をさらし、野宿をし、飢えをしのぎ、苦難に慣れるので、軍役で駆け回ってもそれほど苦とも思わない。大身の武士も贅沢をやめて農を根本とすれば、年ごとに財用が余って家計が豊かになり、多くの家臣を養うこともできる。昔の領主がわずか五千石か一万石ほどの知行で五百人、千人の兵を出せたのは、ひとえにこの仕組みのためだった。今は天下一統して武士をことごとく城下に集めて住まわせ、二百年余り続いたため、人々はみな華やかな風俗に慣れ、競って家を立派にし、衣服を美しく飾り、安楽に暮らして珍味を食べ飽き、老いが迫るのも知らない。そのため、近ごろ武備を論じる者がいると、あとで山中の猿だと罵り、国家を守り不測の事態に備えるべき軍役のために納められる租税を、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『実武一家言抄録』・城下集住の弊と反論悉く酒食淫樂の事に用費し、三千石の高取に馬一疋も飼はず譜代相續の家來一人もなき家あるに至る、如此迄に武道の衰微せしも、畢竟は武士を城下に集置より起れり、故に今世の武士といふ者は軍役の事をば悉く廢却して、只其言語の怜悧成と身振りの立派なるのみ事とする者也、嗚呼斯在澆季の世に萬一外寇の來る事あらば、城邑皆風を望て奔潰する事なるべし、故に國土を有つ者は、熟察せずんばあるべからざる所なり、太田才佐が梧窓漫筆に、武士を土着せしむる時は、僅千石二千石を領ずると雖も、在住すれば武備も具り、其餘の百姓を家の子郎黨とするが故に兵卒も乏しからず、萬一反を留時は後の山にたて籠れば誠に一國の動亂也、然れば其時の如く諸士を悉く其國主の城下に居住せしむれば五百坪歟三百坪の屋敷にて事足り、江戸に在時は五間七間の長屋に居住するを以て武備も欠け郎黨も少く威勢もなく町人と同樣にて百姓には遙に劣り、昔の地に生茂りたる大木の如くなる時に比すれば鉢植武士共稱すべき姿也、是に因て天下は太平也、若し今にも昔に復りて土着せしめば國家の動亂眼前に出來るべしと云り、是其小を知て大を知らざるの論なり、土着の武士なき所に萬一外寇の至る事あらば土崩せん事必せり、
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事武家田舎に居住するときは第一衣食住にもの入らぬ故武家の身上直るへし、総して奢りは内証より起る、武家の妻女御城下に住む時は次第に奢りて身を倦し病者になる故、其腹に生るゝ子柔弱にて今は何の御用に立ぬやうに相成りたり、是れ亦田舎に住みぬれは自から機なとを織りて身をこなし、奢りも薄く身も強くなりて武家の妻女に相応すへし、男も野広く方々かけありき、手足も丈夫に成るへし、親類近付きの方へ話にありき、用事あれは五里も三里もつねにありき、馬も自から達者になるへし、飼料も心安けれは二三百石の身上にても五匹十匹も好き次第に持るゝは田舎なり、平生隙なれば武芸幷に学問も外の慰みなけれは江戸よりはよかるへし、家来も田地五石の十石の取らせても作取りにさする故五石は十石なり、十石は二十石なり、其の上に田舎の暮しなる故五石めは二十石めに向ひて、二十石めは四十石めに向ひ、何も豊にて然かも数多く持たるゝ故軍役の嗜み如何程もなるへし、
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『秘本玉くしげ』上 武士に農作を武士はおほくは町人などにくらぶれば、内内は花美とはいはれぬが如くなれども、それも世につれておのづから何事も花美になれる也。武士奢れば、金銀のほしきままにおのづから非義をも行ひ、又至りて困窮する時は、おのづから肝心の武備をも闕ことあり。よくよく心得べき事也。それに付て思ふに、当時役用のしげくもなき家中衆は、大小上下共に随分多く農作をさせ、家内婦人は女工を出精せられて宜しかるべきにや。其中に軽き人人は、随分なるべきだけは自身鋤鑊をとりて働き、又自身はさすがそれほどにはたらく事も成がたきほどの人人も、随分かけまはりて指図手伝等なして、惣体多くつくりをせらるるやうにあらまほしき也。さやうにするときは、さし当りてまづ内證用脚の助けにもなるべく、又武士の筋骨身体つよくなりて、第一武事の働きのためにも甚宜しかるべき也。
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『文武訓』武訓上一古人の曰、いにしへは兵を農に寓す。事あれば戦はしめ、事なければ武をならはしむといふこと、大将の必ず知るべきことなり。云ふこころは、古の軍法を以て、国を守る君将は、つねに無用なる士をば、多くはめしつかはず。無用の武士多ければ、国土は限あるものなれば、財禄たらずして国用ともしく、臣民困窮す。故に、平生用なき武士は多くは養はず。農人の内、勇気あらんものをえらんで、少の禄をあたへ扶養し置くべし。農人は商工にかはりて、其志いやしからず、養をうけ恩をかうぶれば、戦にのぞんで、其勇気をはげましてつたなからず。平生の扶持をあたへ、其身を養ふの費は、無用の武士をかかへ置きたる十分一の費なり。無事なる時は耕作してみづから養ふ。多く禄をあたへざれども飢寒せず。平治の時は、四時のひまには、狩をして軍法をまなぶ。戦にのぞんで軍法ありて兵つよし。
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『徂徠先生答問書』卷中一武備の儀共被仰聞候。軍法は周礼大司馬の職分にて聖人の道に殊に講明可申儀に候。出師行軍布軍城守等の法は、軍者の申候品共、大形は国風にも合候て能御座候。得と不致事も有之候得共第二段の儀に候。戦闘の機変は、彼等が申候は多くは古戦の旧局を守り、太平の世に畳の上にて拵候事共に候。無用の空論と可被思召候。只第一と可仕候儀は仁政に過不申候。上下一致不仕候て軍に可勝様曽て無之候。されば一国の主は、一国の士民を天より附属被成候眷属にて、見放不被申ものと思入、我苦に致し其国を楽候様に仕候事、是軍法の根本第一義と可被思召候。其苦世話に致し申候最初の手当は、士をも民をも其所にありつけ、党をわけ、頭をつけ治め候事に候。古は士皆采邑に住居候を、いつの比よりか城下に聚置候故、武士皆公家に成申候。城下は旅宿なる故物入多く、勝手次第に不如意に被成候。国中は皆公領なる故、士に国中を自由に游行さすれば不法多きとて、是を禁ずるによりて、地理を諳んぜず、民間の事に疎き故、奉行役人になりても下情を知らず候。小身者采邑に居らざれば、百姓との交りは、只取ると取らるゝとの争計なる故、士と民と恩義相結ばず、讎敵の思ひをなす。
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『武訓』上・第11段古人の曰、いにしへは、兵を農に寓す。事あれば戰はしめ、事なければ武をならはしむといふこと、大將の、必、しるべきことなり。いふこゝろは、古の軍法を以て、國を守る君將は、つねに、無用なる士をば、多くはめしつかはず。無用の武士多ければ、國土は限あるものなれば、財祿たらずして、國用ともしく、臣民困窮す。故に、平生用なき武士は、多くは養はず。農人の內、勇氣あらんものをえらんで、少の祿をあたへ、扶養し置くべし。農人は、商工にかはりて、其の志いやしからず、養をうけ恩をかうふれば、戰にのぞんで、其の勇氣をはげまして、つたなからず。平生の扶持をあたへ、其の身を養ふの費は、無用の武士をかゝへ置きたる十分一の費なり。無事なる時は、耕作してみづから養ふ。多く祿をあたへざれども、飢寒せず。平治の時は、四時のひまには、狩をして、軍法をまなぶ。戰にのぞんで、軍法ありて兵つよし。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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