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神皇正統記 / 巻六 第九十五代 後醍醐天皇

符契をあはすることもなかりしに、筑紫の国々・陸奥・出羽のおくまでも同月にぞしづまりにける。六七千里のあひだ、一時におこりあひにし、時のいたり運の極ぬるはかゝることにこそと不思議にも侍しもの哉。君はかくともしらせ給はず、摂津国西の宮と云所にてぞきかせまし〳〵ける。六月四日東寺にいらせ給ふ。都にある人々まゐりあつまりしかば、威儀をとゝのへて本の宮に還幸し給。いつしか賞罰のさだめありしに、両院・新帝をばなだめ申給て、都にすませまし〳〵ける。されど新帝は偽主の儀にて正位にはもちゐられず。改元して正慶と云しをも本のごとく元弘と号せられ、官位昇進せし輩もみな元弘元年八月よりさきのまゝにてぞありし。

書き下し

符契をあはすることもなかりしに、筑紫の国々・陸奥・出羽のおくまでも同月にぞしづまりにける。六七千里のあひだ、一時におこりあひにし、時のいたり運の極ぬるはかゝることにこそと不思議にも侍しもの哉。君はかくともしらせ給はず、摂津国西の宮と云所にてぞきかせましましける。六月四日東寺にいらせ給ふ。都にある人々まゐりあつまりしかば、威儀をとゝのへて本の宮に還幸し給。いつしか賞罰のさだめありしに、両院・新帝をばなだめ申給て、都にすませましましける。されど新帝は偽主の儀にて正位にはもちゐられず。改元して正慶と云しをも本のごとく元弘と号せられ、官位昇進せし輩もみな元弘元年八月よりさきのまゝにてぞありし。

現代語訳

示し合わせることもなかったのに、筑紫の国々から陸奥・出羽の奥までも、同じ月に鎮まった。六、七千里のあいだで一時に(天皇方が)起こり合ったのは、時が至り運が極まるとはこういうことかと、不思議に思われたことであった。君はそうとはご存じなく、摂津国の西宮という所でお聞きになった。六月四日、東寺にお入りになった。都にいる人々が参り集まったので、威儀を整えてもとの内裏に還幸された。早くも賞罰の定めがあったが、両院と新帝はなだめ申されて、都に住まわせなさった。けれども新帝は偽の君主という扱いで、正式の位とは認められなかった。改元して正慶と称していたのも、もとのように元弘と号され、官位が昇進した者たちも、みな元弘元年八月より前のままとされた。

解説

鎌倉幕府の滅亡が全国で同時に起きたことと、後醍醐天皇の帰京を記す段である。九州から奥州まで、示し合わせもしないのに同じ月に鎮まった。親房はこれを「時のいたり運の極ぬるはかゝることにこそ」と、人の計らいを超えた時運の表れとして受け止める。天皇自身も西宮で初めて知ったという一言が、その印象を強めている。後半は戦後処理である。持明院統の両院と光厳天皇は罰せられず、都に住むことを許された。しかし光厳天皇は「偽主」とされ、その在位は正式なものと認められない。年号の正慶は取り消されて元弘に戻り、その間の官位の昇進もすべて元弘元年八月以前に戻された。人は処罰しないが、その間に行われたことは無効とする。正統とは何かを、親房は人の扱いではなく記録の扱いで示している。

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