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神皇正統記 / 巻三 第四十四代 元正天皇

第四十四代、元正天皇は草壁の太子の御女。御母は元明天皇。文武同母の姉也。乙卯年正月に摂政、九月に受禅、即日即位、十一月に改元。平城宮にまします。此御時百官に笏をもたしむ。天下を治給こと九年。禅位の後二十年。六十五歳おまし〳〵き。

書き下し

第四十四代、元正天皇は草壁の太子の御女。御母は元明天皇。文武同母の姉也。乙卯年正月に摂政、九月に受禅、即日即位、十一月に改元。平城宮にまします。此御時百官に笏をもたしむ。天下を治給こと九年。禅位の後二十年。六十五歳おましましき。

現代語訳

第四十四代、元正天皇は草壁太子の娘である。母は元明天皇である。文武天皇と同じ母の姉である。乙卯の年正月に摂政となり、九月に位を譲り受け、その日のうちに即位され、十一月に改元された。平城宮におられた。この御時、百官に笏を持たせた。天下を治められたのは九年で、位を譲られた後二十年あった。六十五歳であられた。

解説

元正天皇は元明の娘で、母から娘へと皇位が渡った唯一の例である。文武の子の首皇子、のちの聖武天皇が幼かったため、元明・元正と二代の女帝が続いて位を守った。親房はこの事情を次の聖武の条で「をさなくましゝによりて、元明・元正まづ位にゐ給き」と明記している。つまり元正の代は、正統の皇子が育つまでの中継ぎとして位置づけられている。この段で親房が記すのは、正月に摂政、九月に受禅、即日即位、十一月に改元という手続きの細かな順序と、百官に笏を持たせたという朝廷の礼の整備である。短い記事に、儀礼と制度が一つずつ定まっていく時代の手触りがある。位を譲ったあと二十年生きたと書くのも、太上天皇として後ろに控える存在が当たり前になりつつあったことを示している。次の世代が育つまで位を預かる役割にも、固有の重みがある。

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