神皇正統記 / 巻一 地神第四代 彦火々出見尊
第四代、彦火々出見の尊と申。御兄火の闌降の命、海の幸ます。此尊は山の幸ましけり。こゝろみに相かへ給しに、各其幸なかりき。弟の尊の、弓箭に魚の釣鉤をかえ給へりしを、弓箭をば返つ。おとゝの尊鉤を魚にくはれて失ひ給けるを、あながちにせめ給しに、せんすべなくて海辺にさまよひ給き。塩土の翁まゐりあひて、あはれみ申て、はかりことをめぐらして、海神綿積命の所におくりつ。其女を豊玉姫と云ふ。天神の御孫にめでたてまつりて、父の神につげてとゞめ申つ。つひに其女とあひすみ給。みとせばかりありて故郷をおぼす御気色ありければ、其女父にいひあはせてかへしたてまつる。大小いろくづをつどへてとひけるに、口女と云魚、やまひありとてみえず。しひてめしいづれば、その口はれたり。是をさぐりしに、うせにし鉤をさぐりいづ。海神いましめて、「口女いまよりつりくふな。又天孫の饌にまゐるな。」となん云ふくめける。又海神ひる珠みつ珠をたてまつりて、兄をしたがへ給べきかたちををしへ申けり。さて故郷にかへりまして鉤を返つ。
書き下し
第四代、彦火々出見の尊と申。御兄火の闌降の命、海の幸ます。此尊は山の幸ましけり。こゝろみに相かへ給しに、各其幸なかりき。弟の尊の、弓箭に魚の釣鉤をかえ給へりしを、弓箭をば返つ。おとゝの尊鉤を魚にくはれて失ひ給けるを、あながちにせめ給しに、せんすべなくて海辺にさまよひ給き。塩土の翁まゐりあひて、あはれみ申て、はかりことをめぐらして、海神綿積命の所におくりつ。其女を豊玉姫と云ふ。天神の御孫にめでたてまつりて、父の神につげてとゞめ申つ。つひに其女とあひすみ給。みとせばかりありて故郷をおぼす御気色ありければ、其女父にいひあはせてかへしたてまつる。大小いろくづをつどへてとひけるに、口女と云魚、やまひありとてみえず。しひてめしいづれば、その口はれたり。是をさぐりしに、うせにし鉤をさぐりいづ。海神いましめて、「口女いまよりつりくふな。又天孫の饌にまゐるな。」となん云ふくめける。又海神ひる珠みつ珠をたてまつりて、兄をしたがへ給べきかたちををしへ申けり。さて故郷にかへりまして鉤を返つ。
現代語訳
第四代は彦火火出見尊と申しあげる。兄の火闌降命は海の幸をお持ちであった。この尊は山の幸をお持ちであった。試しに取り替えてみられたところ、どちらも獲物がなかった。弟の尊が弓矢と取り替えた魚の釣り針について、兄は弓矢を返した。弟の尊は釣り針を魚に食われて失われていたのを、兄が強く責められたので、どうしようもなく海辺をさまよわれた。塩土の翁が参り会って、哀れに思い申しあげて、計略をめぐらして海神の綿積命の所へ送った。その娘を豊玉姫という。天神の御孫を慕い申しあげて、父の神に告げておとどめ申した。ついにその娘とともに住まわれた。三年ほど経って、故郷を思われるご様子があったので、その娘が父に相談してお帰し申しあげる。大小の魚を集めて尋ねたところ、口女という魚が病気だといって現れない。無理に呼び出すと、その口が腫れていた。これを探ったところ、失われた釣り針を探し出した。海神はいましめて、「口女よ、今から釣り餌を食うな。また天孫の御膳に上がるな」と言い含めた。また海神は潮干る珠・潮満つ珠を献上して、兄を従えられる方法をお教え申しあげた。さて故郷に帰られて、釣り針を兄に返された。
解説
関連する章句
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『神皇正統記』巻一 地神第四代 彦火々出見尊満珠をいだしてねぎ給へば、塩みちきて、このかみおぼれぬ。なやまされて、「俳優の民とならん。」とちかひ給しかば、ひる珠をもちて塩をしりぞけ給き。これより天日嗣をつたへましましける。海中にて豊玉姫はらみ給しかば、「産期にいたらば、海辺に産屋を作て待給へ。」と申き。はたして其妹玉依姫をひきゐて、海辺に行あひぬ。屋を作て鸕鶿の羽にてふかれしが、ふきもあへず、御子うまれ給によりて鸕鶿草葺不合尊と申す。又産屋をうぶやと云事もうのはをふけるゆゑなりとなん。さても「産の時み給な。」と契申しを、のぞきて見ましければ、龍になりぬ。はぢうらみて、「われにはぢみせ給はずは、海陸をして相かよはしへだつることなからまし。」とて、御子をすておきて海中へかへりぬ。後に御子のきらきらしくましますことをきゝて憐み崇めて、妹の玉依姫を奉て養ひまゐらせけるとぞ。此尊、天下を治給こと六十三万七千八百九十二年と云へり。震旦の世の始をいへるに、万物混然としてあひはなれず。是を混沌と云ふ。
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊第三代、天津彦々火瓊々杵尊。天孫とも皇孫とも申。皇祖天照太神・高皇産霊尊いつきめぐみましましき。葦原の中州の主として天降給はんとす。こゝに其国邪神あれてたやすく下給ことかたかりければ、天稚彦と云神をくだしてみせしめ給しに、大汝の神の女、下照姫にとつぎて、返こと申さず。みとせになりぬ。よりて名なし雉をつかはしてみせられしを、天稚彦いころしつ。其矢天上にのぼりて太神の御まへにあり。血にぬれたりければ、あやめ給て、なげくだされしに、天稚彦新嘗てふせりけるむねにあたりて死す。世に返し矢をいむは此故也。さらに又くださるべき神をえらばれし時、経津主の命武甕槌の神みことのりをうけてくだりましけり。出雲国にいたり、はかせる剣をぬきて、地につきたて、其上にゐて、大汝の神に太神の勅をつげしらしむ。その子都波八重事代主神あひともに従申。又次の子健御名方刀美の神したがはずして、にげ給しを、すはの湖までおひてせめられしかば、又したがひぬ。
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『古語拾遺』猿田彦と蟹守乃ち其の胸乳を露わし、裳帯を臍の下に抑え下げて、向かい立ちて咲噱う。是の時、衢神問いて曰く、「汝何の故に然か為すや」と。天鈿女命反りて問いて曰く、「天孫の幸す所の路に居る者は誰ぞ」と。衢神対えて曰く、「天孫降りますべしと聞く。故に迎え奉りて相待つ。吾が名は是れ猿田彦大神なり」と。時に天鈿女命復た問いて曰く、「汝先に行くべきか、将た吾先に行くべきか」と。対えて曰く、「吾先に啓き行かん」と。天鈿女復た問いて曰く、「汝何処に到るべきか、将た天孫何処に到るべきか」と。対えて曰く、「天孫は当に筑紫の日向の高千穂の槵触の峰に到るべし。吾は伊勢の狭長田の五十鈴の川上に到るべし」と。因りて曰く、「吾を発顕せる者は汝なり。吾を送りて致すべし」と。天鈿女命還りて報す。天孫降臨、果たして皆期の如し。天鈿女命、乞うに随いて侍り送る。是を以て群神勅を奉じて天孫に陪従し、世を歴て相承け、各々其の職に供す。天祖彦火尊、海神の女豊玉姫命を娉りて、彦瀲尊を生む。誕育の日、海浜に室を立つ。時に掃守連の遠祖天忍人命、供奉して陪侍し、箒を作りて蟹を掃う。仍りて鋪設を掌り、遂に以て職と為す。号して蟹守と曰う。
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊かくて此瓊々杵の尊、天降ましゝに猨田彦と云神まゐりあひき。てりかゝやきて目をあはする神なかりしに、天の鈿目の神行あひぬ。又「皇孫いづくにかいたりましますべき。」と問しかば、「筑紫の日向の高千穂の槵触の峯にましますべし。われは伊勢の五十鈴の川上にいたるべし。」と申。彼神の申のまゝに、槵触の峯にあまくだりて、しづまり給べき所をもとめられしに、事勝・国勝と云神まいりて、「わがゐたる吾田の長狭の御崎なんよろしかるべし。」と申ければ、その所にすませ給けり。こゝに山の神大山祇、二の女あり。姉を磐長姫と云、妹を木の花開耶姫と云。二人をめしみ給。あねはかたちみにくかりければ返しつ。いもうとを止め給しに、磐長姫うらみいかりて、「我をもめさましかば、世の人はいのちながくて磐石の如くあらまし。たゞ妹をめしたれば、うめらん子は木の花の如くちりおちなむ。」ととこひけるによりて、人のいのちはみじかくなれりとぞ。木の花のさくやひめ、ゝされて一夜にはらみぬ。
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊かくてもろもろの悪神をばつみなへ、まつろへるをばほめて、天上にのぼりて返こと申給。大物主の神事代主の神、相共に八十万の神をひきゐて、天にまうづ。太神ことにほめ給き。「宜八十万の神を領て皇孫をまぼりまつれ。」とて、先かへしくだし給けり。其後、天照太神、高皇産霊尊相計て皇孫をくだし給。八百万の神、勅を承て御供につかうまつる。諸神の上首三十二神あり。其中に五部神と云は、天児屋命天太玉命天鈿女命石凝姥命玉屋命也。此中にも中臣・忌部の二神はむねと神勅をうけて皇孫をたすけまぼり給。又三種の神宝をさづけまします。先あらかじめ、皇孫に勅して曰、「葦原千五百秋之瑞穂国是吾子孫可主之地也なり。宜爾皇孫就而治焉。行給矣。宝祚之隆当与天壌無窮者矣。」又太神御手に宝鏡をもち給、皇孫にさづけ祝て、「吾児視此宝鏡当猶視吾。可与同床共殿以為斎鏡。」との給。八坂瓊の曲玉・天の叢雲の剣をくはへて三種とす。又「此鏡の如に分明なるをもて、天下に照臨給へ。八坂瓊のひろがれるが如く曲妙をもて天下をしろしめせ。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神爰、素戔烏尊、父母二神にやらはれて根国にくだり給へりしが、天上にまうでゝ姉の尊にみえたてまつりて、「ひたぶるにいなん。」と申給ければ、「ゆるしつ。」との給。よりて天上にのぼります。大うみとゞろき、山をかなりほえき。此神の性たけきがしからしむるになむ。天照太神おどろきましまして、兵のそなへをして待給。かの尊黒心なきよしをおこたり給ふ。「さらば誓約をなして、きよきか、きたなきかをしるべし。誓約の中に女を生ぜば、きたなき心なるべし。男を生ぜば、きよき心ならん。」とて、素戔烏尊のたてまつられける八坂瓊の玉をとり給へりしかば、其玉に感じて男神化生し給。すさのをの尊悦て、「まさやあれかちぬ。」との給ける。よりて御名を正哉吾勝々の速日天の忍穂耳の尊と申。又の説には、素戔烏尊、天照太神の御くびにかけ給へる御統の瓊玉をこひとりて、天の真名井にふりすゝぎ、これをかみ給しかば、先吾勝の尊うまれまします。其後猶四はしらの男神生給。「物のさねわが物なれば我子なり。」とて天照太神の御子になし給といへり。
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