古事記 / 上巻・綿津見神の宮と豊玉毘売
其綿津見神之宮者也。到其神御門者。傍之井上。有湯津香木。故坐其木上者。其海神之女見相議者也。(訓香木云加都良)故。隨敎小行。備如言。其言。即登其香木以坐。爾海神之女豐玉毘賣之從婢。持玉器將酌水之時。於井有光。仰見者有麗壯夫。(訓壯夫云遠登古、下效此)以爲甚異奇。爾火遠理命見其婢乞欲得水。婢乃酌水。入玉器貢進。爾不飮水。解御頸之璵。含口唾入其玉器。於是其璵著器。婢不得離璵。故璵任著。以進豐玉毘賣命。爾見其璵。問婢曰。若人有門外哉。答曰。有人坐我井上香木之上。甚麗壯夫也。益我王而甚貴。故其人乞水故。奉水者。不飮水。唾入此璵。是不得離故。任入將來而獻。爾豐玉毘賣命思奇。出見乃見感。目合而。白其父曰。吾門有麗人。
新字:其綿津見神之宮者也。到其神御門者。傍之井上。有湯津香木。故坐其木上者。其海神之女見相議者也。(訓香木云加都良)故。随教小行。備如言。其言。即登其香木以坐。爾海神之女豊玉毘売之従婢。持玉器将酌水之時。於井有光。仰見者有麗壮夫。(訓壮夫云遠登古、下効此)以為甚異奇。爾火遠理命見其婢乞欲得水。婢乃酌水。入玉器貢進。爾不飲水。解御頸之璵。含口唾入其玉器。於是其璵著器。婢不得離璵。故璵任著。以進豊玉毘売命。爾見其璵。問婢曰。若人有門外哉。答曰。有人坐我井上香木之上。甚麗壮夫也。益我王而甚貴。故其人乞水故。奉水者。不飲水。唾入此璵。是不得離故。任入将来而献。爾豊玉毘売命思奇。出見乃見感。目合而。白其父曰。吾門有麗人。
書き下し
その綿津見神の宮なり。その神の御門に到りたまはば、傍の井の上に、湯津香木有らむ。故、その木の上に坐さば、その海神の女、見て相議らむものぞ」といひき。(香木を訓みて加都良と云ふ)故、教への随に少し行きしに、備さに言の如くなりき。即ちその香木に登りて坐しき。ここに海神の女豊玉毘売の従婢、玉器を持ちて水を酌まむとする時に、井に光有りき。仰ぎ見れば麗しき壮夫有り。(壮夫を訓みて遠登古と云ふ。下もこれに効へ)いと異しと奇びき。ここに火遠理命、その婢を見て、水を得まく欲しと乞ひたまひき。婢乃ち水を酌みて、玉器に入れて貢進りき。ここに水を飲まさずて、御頸の璵を解き、口に含みて、その玉器に唾き入れたまひき。ここにその璵、器に著きて、婢、璵を離つこと得ず。故、璵を著けながらに、豊玉毘売命に進りき。ここにその璵を見て、婢に問ひて曰ひしく、「もし人、門の外に有りや」といひき。答へて曰ひしく、「人有り、我が井の上の香木の上に坐す。いと麗しき壮夫なり。我が王に益して甚だ貴し。故、その人水を乞ひしかば、水を奉りしに、水を飲まずて、この璵を唾き入れつ。これ離つこと得ず。故、入れながらに将ち来て献る」といひき。ここに豊玉毘売命、奇しと思ひて、出で見て、乃ち見感でて、目合して、その父に白して曰ひしく、「吾が門に麗しき人有り」といひき。
現代語訳
それが綿津見神の宮です。その神の御門に着いたら、そばの井戸の上に、立派な桂の木があるでしょう。その木の上に座っていれば、海神の娘が見て、取り計らってくれるでしょう」。教えられたとおりに少し進むと、すべて言葉どおりでした。そこで桂の木に登って座っていました。すると海神の娘の豊玉毘売の侍女が、玉の器を持って水を汲もうとしたとき、井戸の水面に光が映りました。見上げると、麗しい若者がいます。侍女はたいへん不思議に思いました。火遠理命は侍女を見て、水がほしいと頼みました。侍女は水を汲み、玉の器に入れて差し上げました。ところが火遠理命は水を飲まず、首にかけた玉を解いて口に含み、その玉の器に吐き入れました。すると玉が器にくっついて、侍女は離すことができません。そこで玉をつけたまま豊玉毘売命に差し出しました。豊玉毘売命はその玉を見て、侍女に尋ねました。「誰か門の外にいるのですか」。侍女は答えました。「人がいます。私たちの井戸の上の桂の木の上に座っています。たいへん麗しい若者です。わが王にもまして貴いお方です。その人が水を求めたので差し上げたところ、水を飲まずにこの玉を吐き入れました。離すことができませんので、そのまま持って参って献上します」。豊玉毘売命は不思議に思い、外に出て見て、心を打たれ、目を見交わして、父に申しました。「私たちの門に麗しい方がいらっしゃいます」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』上巻・海神の宮の三年と鉤の返還ここに海神、自ら出で見て云ひしく、「この人は、天津日高の御子、虚空津日高ぞ」といひて、即ち内に率て入りて、みちの皮の畳を八重に敷き、また絁畳八重をその上に敷き、その上に坐せて、百取の机代の物を具へて御饗為て、即ちその女豊玉毘売を婚はしめき。故、三年に至るまでその国に住みたまひき。ここに火遠理命、その初めの事を思ほして、大きなる一つの歎きを為き。故、豊玉毘売命、その歎きを聞きて、その父に白して言ひしく、「三年住みたまへども、恒は歎くこと無かりしに、今夜大きなる一つの歎きを為したまへり。もし何の由有らむ」といひき。その父の大神、その聟の夫に問ひて曰ひしく、「今旦、我が女の語るを聞くに云はく、『三年坐せども、恒は歎くこと無かりしに、今夜大きなる歎きを為す』と云ふ。もし由有りや。またここに到れる由はいかに」といひき。ここにその大神に語りて、備さにその兄の失ひし鉤を罰へし状の如くせり。ここを以ちて海神、悉に海の大小の魚を召し集へて、問ひて曰ひしく、「もしこの鉤を取れる魚ありや」といひき。故、諸の魚白ししく、「この頃、赤海鯛魚、喉に鯁ありて、物え食はずと愁へ言ふ。故、必ずこれ取りつらむ」とまをしき。ここに赤海鯛魚の喉を探れば、鉤有り。即ち取り出だして清洗ひ、火遠理命に奉る時に、その綿津見大神誨へて曰ひしく、「この鉤をその兄に給はむ時に、言はむ状は、『この鉤は、おぼ鉤、すす鉤、貧鉤、うる鉤』と云ひて、後手に賜へ。(於煩及び須須、また宇流の六字は音を以ちてす)然して、その兄高田を作らば、汝命は下田を営りたまへ。
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『古事記』上巻・豊玉毘売の出産と別れ故、今に至るまで、その溺れし時の種種の態、絶えず仕へ奉るなり。ここに海神の女豊玉毘売命、自ら参出て白ししく、「妾、已に妊身めり。今産む時に臨みて、此を念ふ。天つ神の御子は、海原に生むべからず。故、参出到れり」とまをしき。ここに即ちその海辺の波限に、鵜の羽を葺草にして、産殿を造りき。ここにその産殿、未だ葺き合へぬに、御腹の急しきに忍へず、故、産殿に入り坐しき。ここに産まむとする時に、その日子に白して言ひしく、「凡そ佗し国の人は、産む時に臨みて、本つ国の形を以ちて産生むなり。故、妾今、本の身を以ちて産まむとす。願はくは、妾を見ること勿かれ」といひき。ここにその言を奇しと思ひて、窃かにその方に産むを伺へば、八尋和邇に化りて、匍匐ひ委蛇ひき。即ち見驚き畏みて遁げ退きたまひき。ここに豊玉毘売命、その伺ひ見たまひし事を知りて、心恥しと以為ひ、乃ちその御子を生み置きて、白ししく、「妾は恒に海つ道を通りて往来はむと欲ひき。然れども吾が形を伺ひ見たまひし、これいと怍し」とまをして、即ち海坂を塞ぎて返り入りき。ここを以ちてその産みし御子を名づけて、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命と謂ふ。(波限を訓みて那芸佐と云ひ、葺草を訓みて加夜と云ふ)然れども後は、その伺ひたまひし情を恨みつつも、恋ふる心に忍へずて、その御子を治め養ふ縁に因りて、その弟玉依毘売に附けて歌を献りき。
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『古事記』上巻・海佐知と山佐知の交換ここに火遠理命、その兄火照命に謂ひしく、「各さちを相易へて用ゐむと欲ふ」といひて、三度乞ひしかども許さざりき。然れども遂に纔かに相易ふること得たり。ここに火遠理命、海佐知を以ちて魚を釣るに、都て一つの魚だに得ず。またその鉤を海に失ひき。ここにその兄火照命、その鉤を乞ひて曰ひしく、「山佐知も己が佐知佐知、海佐知も己が佐知佐知。今は各さちを返さむと謂ふ」(佐知の二字は音を以ちてす)といひし時、その弟火遠理命答へて曰ひしく、「汝の鉤は、魚を釣るに一つの魚も得ずて、遂に海に失ひつ」といひき。然るにその兄、強ひて乞ひ徴りき。故、その弟、御佩の十拳剣を破りて、五百鉤を作りて償ひしかども取らず、また一千鉤を作りて償ひしかども受けずして、「猶その正本の鉤を得む」と云ひき。ここにその弟、泣き患へて海辺に居りし時、塩椎神来て問ひて曰ひしく、「何ぞ虚空津日高の泣き患ふる所由は」といひき。答へて言ひしく、「我、兄と鉤を易へて、その鉤を失ひつ。ここにその鉤を乞ふ。故、多くの鉤を償へども受けずして、猶その本の鉤を得むと云ふ。故、泣き患ふ」といひき。ここに塩椎神云ひしく、「我、汝命の為に善き議を作さむ」といひて、即ち無間勝間の小船を造り、その船に載せて教へて曰ひしく、「我、その船を押し流さば、差暫し往でませ。味し御路有らむ。乃ちその道に乗りて往でまさば、魚鱗の如く造れる宮室、
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『古事記』上巻・兄の服従と隼人の起こりその兄下田を作らば、汝命は高田を営りたまへ。然したまはば、吾水を掌れる故に、三年の間、必ずその兄貧窮しくなりなむ。もしその然したまふ事を恨み怨みて、攻め戦はば、塩盈珠を出だして溺らし、もしそれ愁へ請さば、塩乾珠を出だして活かし、かく惚まし苦しめたまへ」と云ひて、塩盈珠・塩乾珠并せて両箇を授けき。即ち悉に和邇魚を召し集へて、問ひて曰ひしく、「今、天津日高の御子、虚空津日高、上つ国に出幸でまさむとす。誰は幾日に送り奉りて覆奏さむ」といひき。故、各己が身の尋長の随に、日を限りて白す中に、一尋和邇白ししく、「僕は一日に送りて、即ち還り来なむ」とまをしき。故、ここにその一尋和邇に告げしく、「然らば汝送り奉れ。もし海中を渡る時、惶畏ましむること無かれ」といひて、即ちその和邇の頸に載せて送り出しき。故、期りしが如く、一日の内に送り奉りき。その和邇を返さむとする時に、佩かせる紐小刀を解きて、その頸に著けて返したまひき。故、その一尋和邇は、今に佐比持神と謂ふなり。ここを以ちて備さに海神の教へ言の如くして、その鉤を与へき。故、それより以後、稍く愈よ貧しくなりて、更に荒き心を起こして迫め来。攻めむとする時は、塩盈珠を出だして溺らし、それ愁へ請さば、塩乾珠を出だして救ひ、かく惚まし苦しめたまふ時に、稽首白ししく、「僕は今より以後、汝命の昼夜の守護人となりて仕へ奉らむ」とまをしき。

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