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神皇正統記 / 巻一 天神七代

夫天地未分ざりし時、混沌として、まろがれること鷄子の如し。くゝもりて牙ふくめりき。これ陰陽の元初未分の一気也。其気始てわかれてきよくあきらかなるは、たなびきて天と成り、おもくにごれるはつゞいて地となる。其中より一物出たり。かたち葦牙の如し。即化して神となりぬ。国常立尊と申。又は天の御中主の神とも号し奉つる。此神に木・火・土・金・水の五行の徳まします。先水徳の神にあらはれ給を国狭槌尊と云ふ。次に火徳の神を豊斟渟尊と云ふ。天の道ひとりなす。ゆゑに純男にてます。次木徳の神を泥土瓊尊・沙土瓊尊と云ふ。次金徳の神を大戸之道尊・大苫辺尊と云ふ。次に土徳の神を面足尊・惶根の尊と云ふ。天地の道相交て、各陰陽のかたちあり。しかれどそのふるまひなしと云り。此諸神実には国常立の一神にましますなるべし。五行の徳各神とあらはれ給。是を六代ともかぞふる也。二世三世の次第を立べきにあらざるにや。次に化生し給へる神を伊弉諾尊・伊弉冊尊と申す。

新字:夫天地未分ざりし時、混沌として、まろがれること鶏子の如し。くゝもりて牙ふくめりき。これ陰陽の元初未分の一気也。其気始てわかれてきよくあきらかなるは、たなびきて天と成り、おもくにごれるはつゞいて地となる。其中より一物出たり。かたち葦牙の如し。即化して神となりぬ。国常立尊と申。又は天の御中主の神とも号し奉つる。此神に木・火・土・金・水の五行の徳まします。先水徳の神にあらはれ給を国狭槌尊と云ふ。次に火徳の神を豊斟渟尊と云ふ。天の道ひとりなす。ゆゑに純男にてます。次木徳の神を泥土瓊尊・沙土瓊尊と云ふ。次金徳の神を大戸之道尊・大苫辺尊と云ふ。次に土徳の神を面足尊・惶根の尊と云ふ。天地の道相交て、各陰陽のかたちあり。しかれどそのふるまひなしと云り。此諸神実には国常立の一神にましますなるべし。五行の徳各神とあらはれ給。是を六代ともかぞふる也。二世三世の次第を立べきにあらざるにや。次に化生し給へる神を伊弉諾尊・伊弉冊尊と申す。

書き下し

夫天地未分ざりし時、混沌として、まろがれること鶏子の如し。くゝもりて牙ふくめりき。これ陰陽の元初未分の一気也。其気始てわかれてきよくあきらかなるは、たなびきて天と成り、おもくにごれるはつゞいて地となる。其中より一物出たり。かたち葦牙の如し。即化して神となりぬ。国常立尊と申。又は天の御中主の神とも号し奉つる。此神に木・火・土・金・水の五行の徳まします。先水徳の神にあらはれ給を国狭槌尊と云ふ。次に火徳の神を豊斟渟尊と云ふ。天の道ひとりなす。ゆゑに純男にてます。次木徳の神を泥土瓊尊・沙土瓊尊と云ふ。次金徳の神を大戸之道尊・大苫辺尊と云ふ。次に土徳の神を面足尊・惶根の尊と云ふ。天地の道相交て、各陰陽のかたちあり。しかれどそのふるまひなしと云り。此諸神実には国常立の一神にましますなるべし。五行の徳各神とあらはれ給。是を六代ともかぞふる也。二世三世の次第を立べきにあらざるにや。次に化生し給へる神を伊弉諾尊・伊弉冊尊と申す。

現代語訳

そもそも天地がまだ分かれていなかった時、混沌として丸く固まった様子は鶏の卵のようであった。ほの暗くこもって、芽生えを含んでいた。これが陰陽の最初の、まだ分かれない一つの気である。その気がはじめて分かれて、清く明るいものはたなびいて天となり、重く濁ったものはとどこおって地となる。その中から一つの物が現れた。形は葦の芽のようである。すぐに化して神となった。国常立尊と申しあげる。また天御中主神ともお呼び申しあげる。この神には木・火・土・金・水の五行の徳がおありになる。まず水徳の神として現れられたのを国狭槌尊という。次に火徳の神を豊斟渟尊という。天の道はひとりで成すものなので、純粋な男神でいらっしゃる。次に木徳の神を泥土瓊尊・沙土瓊尊という。次に金徳の神を大戸之道尊・大苫辺尊という。次に土徳の神を面足尊・惶根尊という。ここでは天地の道が交わって、それぞれ陰陽の形がある。けれども夫婦のふるまいはないと言われている。これらの神々は、実は国常立尊ただ一神でいらっしゃるのであろう。五行の徳がそれぞれ神として現れられたのである。これを六代とも数えるのである。二世・三世という親子の順序を立てるべきものではないのだろう。次に化生された神を伊弉諾尊・伊弉冊尊と申しあげる。

解説

天神七代の始まりである。書き出しの「天地未分ざりし時、混沌として、まろがれること鷄子の如し」は、日本書紀の冒頭をほぼそのまま和らげたもので、その日本書紀も『淮南子』など中国の開闢説を下敷きにしている。親房はそこに独自の解釈を重ねる。国常立尊を天御中主神と同じ神とし、続く神々を木火土金水の五行の徳がそれぞれ現れたものと見て、「実には国常立の一神」だと言う。これは伊勢神道の度会家行らの説を取り込んだもので、親房が伊勢で学んだ跡がうかがえる。さらに、これらの神々を六代と数えても、父から子へと続く「世」の順序を立てるべきではないと断っている。「代」と「世」を分けて数えるこの書の仕組みが、すでに神代の最初から意識されているのである。数え方ひとつに、継承とは何かという問いが込められている。

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