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中朝事実 / 天先章・天地の生成と国常立尊・二神の功

天先成。而地後定。然後神明生其中焉。號國常立尊。 書曰。高天原所生神名。曰天御中主尊。 謹按。元者氣也。故輕揚。地者形也。故垂凝。人者二氣之精神也。故位其中。凡天地人之生。元無先後。形氣神不可獨立也。天地人之成。未嘗無先後。氣倡之。形和之。神制之也。蓋草昧屯蒙之間。聖神立其中。悠久而不變。是所以尊其神號。國常天中也。夫天道無息而高明也。地道久遠而厚博也。人道恒久而無疆也。天得其中而日月明。地得其中而萬物載。人得其中而天地位。恒中之義。萬代之神聖所以正其祚也。二神之迹。今雖不可知焉。竊幸得聞常中之二尊號。是本朝治敎休明之實也。天下之治恒久。而萬物之情可以觀之。至誠無息以制其中。禮乃明也。政恒則不變。禮行則不犯。神聖之知德。萬世之規範也。 凡神神相生。乾坤之道相參而化。所以成此男女。自國常立尊迄伊弉諾尊・伊弉冊尊。是謂神世七代者矣。 謹按。次第之天神生生悠久之間。因天地之實。以建此皇極也。此間不可容庸愚之舌頭。 伊弉諾尊・伊弉冊尊。巡國中之柱。定男女之禮。生大八洲及海川山草木鳥獸魚蟲。致蒼生可食而活。敎養蠶之道。生諸神。定其分。功既至。德亦大。靈運當遷。寂然長隱者矣。 謹按。伊弉諾・伊弉冊者。陰陽唱和之發語也。二神者。陰陽之全集。故以奉此尊號也。蓋草昧悠久之間。天神生生之後。二神初立中國。而正男女之大倫。男女者陰陽之本。五倫之始也。有男女。而後夫婦・父子・君臣之道立。二神終制大八洲。奠山川。導河海。草木・種藝・鳥獸得處。人始得平土。播五穀。植桑麻。而蒼生之衣食居足。既足則不無敎戒。故命諸神聖。以有其境。二神之功業。萬世以免左衽。丕顯哉。丕承哉。 以上論天地生成之義。謹按。天地者陰陽之大極也。陰陽甚殊其用。而互交其根。遠而近。近而遠。所其形有五。所謂木火土金水也。木火者陽。而金水者陰也。土者兼其二而位其中。陰必含陽。故水形柔也。陽必萌陰。故火用烈也。水火者象也。金木者形也。火者氣也。純昇而不止。水者形也。專降者盈科。陽之昇。陰必從之。陰之降。陽必從之。故昇降亦無息矣。夫積氣之間。其精秀爲日月星辰。其動靜爲河漢風電。而有雲雨霜雷之用。夫地者形滓之凝以爲土。其積也不息。而山岳丘陵川河谷澤載之不辭。陰陽無窮。而有經緯。有四時。有日之長短。有時之寒暑。有一年一月。有一日一刻。有二十四節。有七十二候。有日月之蝕。有氣盈朔虛。是天地互交。以爲千態萬變也。人亦在萬物之一。而禀其精。得其中。其智之靈致之。則無不通。其德之明盡之。則無不感。故形容天地不言之妙。模樣乾坤幽微之誠。以造曆象。考時日。定人物之極。建萬世之敎。然乃天地者人倫之大原而神聖者天地之性心也。人君仰觀俯察。以正上下。定尊卑。致其智。而後可參乎天地也。或疑。天地有心乎。愚謂。既有其形氣。則未嘗無其性心。天地以無息爲心。故消長往來。終而復初。神聖以常中爲心。故常彊明其德。是天地神聖所以一其原也。

新字:天先成。而地後定。然後神明生其中焉。号国常立尊。 書曰。高天原所生神名。曰天御中主尊。 謹按。元者気也。故軽揚。地者形也。故垂凝。人者二気之精神也。故位其中。凡天地人之生。元無先後。形気神不可独立也。天地人之成。未嘗無先後。気倡之。形和之。神制之也。蓋草昧屯蒙之間。聖神立其中。悠久而不変。是所以尊其神号。国常天中也。夫天道無息而高明也。地道久遠而厚博也。人道恒久而無疆也。天得其中而日月明。地得其中而万物載。人得其中而天地位。恒中之義。万代之神聖所以正其祚也。二神之迹。今雖不可知焉。窃幸得聞常中之二尊号。是本朝治教休明之実也。天下之治恒久。而万物之情可以観之。至誠無息以制其中。礼乃明也。政恒則不変。礼行則不犯。神聖之知徳。万世之規範也。 凡神神相生。乾坤之道相参而化。所以成此男女。自国常立尊迄伊弉諾尊・伊弉冊尊。是謂神世七代者矣。 謹按。次第之天神生生悠久之間。因天地之実。以建此皇極也。此間不可容庸愚之舌頭。 伊弉諾尊・伊弉冊尊。巡国中之柱。定男女之礼。生大八洲及海川山草木鳥獣魚虫。致蒼生可食而活。教養蠶之道。生諸神。定其分。功既至。徳亦大。霊運当遷。寂然長隠者矣。 謹按。伊弉諾・伊弉冊者。陰陽唱和之発語也。二神者。陰陽之全集。故以奉此尊号也。蓋草昧悠久之間。天神生生之後。二神初立中国。而正男女之大倫。男女者陰陽之本。五倫之始也。有男女。而後夫婦・父子・君臣之道立。二神終制大八洲。奠山川。導河海。草木・種芸・鳥獣得処。人始得平土。播五穀。植桑麻。而蒼生之衣食居足。既足則不無教戒。故命諸神聖。以有其境。二神之功業。万世以免左衽。丕顕哉。丕承哉。 以上論天地生成之義。謹按。天地者陰陽之大極也。陰陽甚殊其用。而互交其根。遠而近。近而遠。所其形有五。所謂木火土金水也。木火者陽。而金水者陰也。土者兼其二而位其中。陰必含陽。故水形柔也。陽必萌陰。故火用烈也。水火者象也。金木者形也。火者気也。純昇而不止。水者形也。専降者盈科。陽之昇。陰必従之。陰之降。陽必従之。故昇降亦無息矣。夫積気之間。其精秀為日月星辰。其動静為河漢風電。而有雲雨霜雷之用。夫地者形滓之凝以為土。其積也不息。而山岳丘陵川河谷沢載之不辞。陰陽無窮。而有経緯。有四時。有日之長短。有時之寒暑。有一年一月。有一日一刻。有二十四節。有七十二候。有日月之蝕。有気盈朔虚。是天地互交。以為千態万変也。人亦在万物之一。而禀其精。得其中。其智之霊致之。則無不通。其徳之明尽之。則無不感。故形容天地不言之妙。模様乾坤幽微之誠。以造暦象。考時日。定人物之極。建万世之教。然乃天地者人倫之大原而神聖者天地之性心也。人君仰観俯察。以正上下。定尊卑。致其智。而後可参乎天地也。或疑。天地有心乎。愚謂。既有其形気。則未嘗無其性心。天地以無息為心。故消長往来。終而復初。神聖以常中為心。故常彊明其徳。是天地神聖所以一其原也。

書き下し

天先ず成りて、地後に定まる。然る後、神明その中に生まる。国常立尊と号す。 書に曰く、高天原に所生れる神の名は、天御中主尊と曰う、と。 謹んで按ずるに、元とは気なり。故に軽く揚がる。地とは形なり。故に垂れて凝る。人とは二気の精神なり。故に其の中に位す。凡そ天地人の生は、元より先後無し。形・気・神は独り立つべからざればなり。天地人の成は、未だ嘗て先後無くんばあらず。気これを倡え、形これに和し、神これを制するなり。蓋し草昧屯蒙の間、聖神其の中に立ち、悠久にして変ぜず。是れ其の神号を尊びて、国常天中と曰う所以なり。夫れ天道は息む無くして高明なり。地道は久遠にして厚博なり。人道は恒久にして疆り無し。天は其の中を得て日月明らかに、地は其の中を得て万物載せ、人は其の中を得て天地位す。恒中の義は、万代の神聖の其の祚を正す所以なり。二神の迹は、今は知るべからずと雖も、竊かに幸いに常中の二尊号を聞くことを得たり。是れ本朝の治教休明の実なり。天下の治恒久にして、万物の情以て之を観るべし。至誠息む無くして以て其の中を制せば、礼乃ち明らかなり。政恒なれば則ち変ぜず、礼行わるれば則ち犯さず。神聖の知徳は、万世の規範なり。 凡そ神神相生まれ、乾坤の道相参じて化し、以て此の男女を成す所以なり。国常立尊より伊弉諾尊・伊弉冊尊に迄るまで、是れを神世七代と謂う。 謹んで按ずるに、次第の天神、生生悠久の間、天地の実に因りて、以て此の皇極を建つ。此の間、庸愚の舌頭を容るべからず。 伊弉諾尊・伊弉冊尊、国中の柱を巡り、男女の礼を定め、大八洲及び海・川・山・草木・鳥獣・魚虫を生み、蒼生をして食らいて活くべからしめ、養蚕の道を教え、諸神を生み、その分を定む。功既に至り、徳も亦た大なり。霊運当に遷るべくして、寂然として長く隠れたまう。 謹んで按ずるに、伊弉諾・伊弉冊とは、陰陽唱和の発語なり。二神は陰陽の全集なり。故に以て此の尊号を奉るなり。蓋し草昧悠久の間、天神生生の後、二神初めて中国に立ち、男女の大倫を正す。男女は陰陽の本、五倫の始めなり。男女有りて後、夫婦・父子・君臣の道立つ。二神、終に大八洲を制し、山川を奠め、河海を導き、草木・種芸・鳥獣処を得たり。人始めて平土を得て、五穀を播き、桑麻を植え、蒼生の衣食居足る。既に足れば則ち教戒無くんばあらず。故に諸の神聖に命じて、以て其の境を有たしむ。二神の功業、万世左衽を免るる。丕いに顕らかなるかな、丕いに承くるかな。 以上、天地生成の義を論ず。謹んで按ずるに、天地とは陰陽の大極なり。陰陽は甚だ其の用を殊にして、互いに其の根を交う。遠くして近く、近くして遠し。其の形を所とするもの五有り。所謂る木・火・土・金・水なり。木火は陽にして、金水は陰なり。土は其の二を兼ねて其の中に位す。陰は必ず陽を含む。故に水の形は柔なり。陽は必ず陰を萌す。故に火の用は烈し。水火は象なり。金木は形なり。火は気なり、純昇して止まず。水は形なり、専ら降りて科に盈つ。陽の昇るや、陰必ず之に従い、陰の降るや、陽必ず之に従う。故に昇降も亦た息む無し。夫れ積気の間、其の精秀は日月星辰と為り、其の動静は河漢風電と為りて、雲雨霜雷の用有り。夫れ地は形滓の凝りて土と為る。其の積むや息まず、山岳・丘陵・川河・谷沢、之を載せて辞せず。陰陽窮まり無くして経緯有り、四時有り、日の長短有り、時の寒暑有り、一年一月有り、一日一刻有り、二十四節有り、七十二候有り、日月の蝕有り、気盈朔虚有り。是れ天地互いに交わりて、以て千態万変を為すなり。人も亦た万物の一に在りて、其の精を禀け、其の中を得たり。其の智の霊、之を致せば則ち通ぜざる無く、其の徳の明、之を尽くせば則ち感ぜざる無し。故に天地不言の妙を形容し、乾坤幽微の誠を模様し、以て暦象を造り、時日を考え、人物の極を定め、万世の教えを建つ。然れば乃ち天地は人倫の大原にして、神聖は天地の性心なり。人君、仰ぎ観、俯して察し、以て上下を正し、尊卑を定め、其の智を致して後、天地に参すべきなり。或ひと疑う、天地に心有りや、と。愚謂えらく、既に其の形気有らば、則ち未だ嘗て其の性心無くんばあらず。天地は無息を以て心と為す。故に消長往来、終わりて初めに復る。神聖は常中を以て心と為す。故に常に其の徳を彊め明らかにす。是れ天地・神聖の其の原を一にする所以なり、と。

現代語訳

天がまず成り、地があとに定まった。その後、その間に神が生まれた。国常立尊という。 『日本書紀』の一書に、高天原に生まれた神の名は天御中主尊という、とある。 素行はこう考える。元とは気であり、だから軽く上がる。地とは形であり、だから垂れて固まる。人は二つの気の精神であり、だからその中間に位置する。天地人の生まれは、もともと先後がない。形・気・神は単独では成り立たないからである。しかし天地人の成り立ちには先後がないわけではない。気が唱え、形がそれに和し、神がそれを統べるのである。思うに、混沌とした草創の間に、聖なる神がその中に立ち、悠久に変わらなかった。これが国常立、天御中主という神号を尊ぶ理由である。天の道は休みなく高く明るく、地の道は久遠で厚く広く、人の道は恒久で限りがない。天はその中を得て日月が明るく、地はその中を得て万物を載せ、人はその中を得て天地が定位する。恒に中を守るという意義は、万代の神聖がその皇位を正す拠り所である。二神(国常立尊・天御中主尊)の事跡は今は知ることができないが、幸いにも常と中という二つの尊号を聞くことができた。これは本朝の統治と教化が盛んで明らかであったことの実である。天下の治めが恒久であれば、万物の実情も観察できる。至誠が休みなくその中を制すれば、礼が明らかになる。政が恒であれば変わらず、礼が行われれば犯されない。神聖の知と徳は、万世の規範である。 神々は次々に生まれ、乾坤の道が互いに交わって変化し、こうして男女の神が成った。国常立尊から伊弉諾尊・伊弉冊尊までを神世七代という。 素行はこう考える。次々に生まれた天の神々が悠久の間に、天地の実に基づいてこの皇極(君主の立つ基準)を建てた。この間のことには凡庸な者が口をはさむべきではない。 伊弉諾尊・伊弉冊尊は国の中の柱を巡り、男女の礼を定め、大八洲および海・川・山・草木・鳥獣・魚や虫を生み、人々が食べて生きられるようにし、養蚕の道を教え、諸神を生んでその分担を定めた。功はすでに極まり、徳も大きかった。霊運が遷るべき時となって、静かに長く隠れた。 素行はこう考える。伊弉諾・伊弉冊とは、陰陽が唱和する意味の呼び名である。二神は陰陽の全体を集めた存在なので、この尊号を奉るのである。思うに、草創の悠久の間、天の神々が次々に生まれたあと、二神は初めて中国(日本)に立ち、男女の大倫を正した。男女は陰陽の本であり、五倫の始めである。男女があって後に、夫婦・父子・君臣の道が立つ。二神はついに大八洲を治め、山川を定め、河海を導き、草木・農耕・鳥獣が所を得た。人は初めて平らな土地を得て、五穀を播き、桑や麻を植え、人々の衣食住が足りた。足りれば教え戒めが必要になる。そこで諸の神聖に命じて、それぞれの領域を治めさせた。二神の功業により、万世にわたって左衽(異民族の風俗)を免れている。まことに大いに顕れ、大いに受け継ぐべきことである。 以上、天地生成の意義を論じた。素行はこう考える。天地とは陰陽の大極である。陰陽は働きを大いに異にしながら、互いに根を交えている。遠くて近く、近くて遠い。その形には五つあり、いわゆる木・火・土・金・水である。木と火は陽、金と水は陰である。土はその二つを兼ねて中に位置する。陰は必ず陽を含むから、水の形は柔らかい。陽は必ず陰を萌すから、火の働きは激しい。水火は象であり、金木は形である。火は気で、ひたすら昇って止まない。水は形で、ひたすら降って窪みを満たす。陽が昇れば陰が必ず従い、陰が降れば陽が必ず従う。だから昇降も休みがない。積もった気の間で、その精華は日月星辰となり、その動静は天の川・風・雷となって、雲・雨・霜・雷の働きをなす。地は形のかすが凝って土となり、その積み重ねは休まず、山岳・丘陵・川・谷・沢をこれを載せて辞さない。陰陽は窮まりなく経緯があり、四季があり、日の長短があり、時の寒暑があり、一年一月があり、一日一刻があり、二十四節があり、七十二候があり、日月の蝕があり、気盈朔虚(暦のずれ)がある。これは天地が互いに交わって、千変万化をなすのである。人もまた万物の一つとして、その精を受け、その中を得ている。その知の霊妙を尽くせば通じないものはなく、その徳の明を尽くせば感じないものはない。だから天地の言わぬ妙を形にあらわし、乾坤の幽微な誠を写して、暦と天象を作り、時日を考え、人と物の基準を定め、万世の教えを建てたのである。ゆえに天地は人倫の大本であり、神聖は天地の性心である。人君は仰いで天を観、俯して地を察し、上下を正し、尊卑を定め、その智を尽くして後に、天地に参与できる。ある人が疑って言う。天地に心はあるのか、と。私(素行)は答える。すでに形と気があるなら、性と心がないわけがない。天地は休みなきことを心とする。だから消長往来して、終わればまた初めに戻る。神聖は常に中であることを心とする。だから常にその徳を強く明らかにする。これが天地と神聖がその根源を一つにする理由である。

解説

本書の冒頭で、素行は天地の生成から説き起こします。『日本書紀』などに伝わる国常立尊・天御中主尊、伊弉諾尊・伊弉冊尊の記述を引き、そこに「常」と「中」の理を読み取ります。陰陽五行や天地人の三才を使って神話を説明するのは、朱子学とは別の形で儒学の言葉を日本の史料に当てはめる試みで、素行の立場です。礼と政が恒であれば乱れないという指摘は、現代の組織にも通じます。理念や規則が日ごとにぶれず、中心を保ち続けることが、人の信頼を支える土台になるという読み方ができるでしょう。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

国常立尊天御中主尊伊弉諾尊・伊弉冊尊陰陽五行常中神世七代

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