人物志 / 九徵
三度不同,其德異稱。故偏至之材,以材自名;兼材之人,以德為目;兼德之人,更為美號。
新字:三度不同,其徳異称。故偏至之材,以材自名;兼材之人,以徳為目;兼徳之人,更為美号。
書き下し
三度同じからず、其の徳は称を異にす。故に偏至の材は、材を以て自ら名づけ、兼材の人は、徳を以て目と為し、兼徳の人は、更に美号を為す。
現代語訳
(偏材・兼材・兼徳の)三つの度合いは同じでなく、その徳は呼び名を異にする。だから一方に偏って秀でた才は、その才によって名づけられ、複数の才を兼ねた人は、徳によって呼ばれ、徳を兼ね備えた人は、さらに美しい称号で呼ばれる。
解説
人物を偏至の材・兼材・兼徳の三段階に分け、それぞれ呼び名が違うと述べる。一つの才に秀でた人はその才の名で呼ばれ、いくつもの才を兼ねた人は徳の名で呼ばれ、徳を兼ね備えた人にはさらに美しい称号が与えられる。すぐ後で兼徳の至りを中庸、聖人の目と呼ぶ。劉劭の分類は、九品官人法で人を九等に分けた時代の空気を映している。現代で言えば、専門職、複数分野をまとめる管理職、組織全体の方向を示す経営者という段階に近い。自分がどの段階にいて、次に何を身につけるべきかを考える物差しにもなる。
関連する章句
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人物志・九徵則ち九徵皆至れば、則ち純粹の德なり。九徵に違ふ有れば、則ち偏雜の材なり。
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