人物志 / 九徵
是故兼德而至,謂之中庸;中庸也者,聖人之目也。
新字:是故兼徳而至,謂之中庸;中庸也者,聖人之目也。
書き下し
是の故に德を兼ねて至る、之を中庸と謂ふ。中庸は、聖人の目なり。
現代語訳
だからあらゆる徳を兼ね備えて至った境地、これを中庸と呼ぶ。中庸とは、聖人と呼ばれる人物の別名である。
解説
あらゆる徳を兼ね備えた境地を、人物志は中庸と呼び、聖人の別名だとする。中庸とは事なかれ主義や平均であることではなく、多くの美点を高い水準でバランスよく併せ持つ、達成の難しい境地である。日々の判断で両極端のどちらかに寄りがちな自分に気づいたとき、この理想を思い出すことは、無理な背伸びではなく、方向を確かめる目安になる。
この章句が説くこと
中庸聖人兼徳
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