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自警録 / 第二十七章 夢の実用・夢は一種の潜在識(1)

近ごろ心理学者が潜在識ということを説く。僕は潜在識とは学問上、いかなるものなるやを知らぬが、僕の平凡見解でわかりやすく俗語で説けば、心の奥底に潜み隠れ、自分がいっこう気づかぬとき、不意々々と現るる感想をいうように思わるる。たとえばわれわれが子供のとき、母の乳房につけるころに見たり聞いたり、または感じたりしたことは、われわれの心の、いわば片隅に隠れ、忘れられているらしく思われるが、必ずしも消滅し去るものでない。 元来、人が事物を記憶するのは、たいがい四歳以上になって見聞したことにかぎる。しかして三歳、または二歳のころ、まったく無意識的に見たり聞いたりしたことは、根底より消え失せるかと問わば、けっしてそうでない。どこかに潜んでいて、いつかことに触れ機に接して、何人にも聞いたこともないことを想い浮かべるのは、よく各人の実験し、また他人についても見聞することである。われわれがなにかするときに、こういうことはかつて前にもあった、いつであったか、その時を忘れたが、確かにあったと思い出すことがある。またあるいはまったく新しい所、――たとえば外国に行って、その風景などもなんとなしにかつてどこかで見たように感ずることもある。しかるに実際はいかに考えても、見たはずがないというがごとき類は一種の潜在識の作用であろう。この潜在識はわれわれ個人として経験したことばかりのものにかぎらない。われわれの祖先が経験したことまでも材料となる。 たとえば誰でも一度か二度は経験しない人はあるまいが、寝ておって、高い所から落ちる夢を見て、冷汗をかいて目ざめることがある。かくのごとき夢はどこの国の人でも見る夢であって、おそらく人類共通の経験に基づいたことであろう。

書き下し

近ごろ心理学者が潜在識ということを説く。僕は潜在識とは学問上、いかなるものなるやを知らぬが、僕の平凡見解でわかりやすく俗語で説けば、心の奥底に潜み隠れ、自分がいっこう気づかぬとき、不意々々と現るる感想をいうように思わるる。たとえばわれわれが子供のとき、母の乳房につけるころに見たり聞いたり、または感じたりしたことは、われわれの心の、いわば片隅に隠れ、忘れられているらしく思われるが、必ずしも消滅し去るものでない。 元来、人が事物を記憶するのは、たいがい四歳以上になって見聞したことにかぎる。しかして三歳、または二歳のころ、まったく無意識的に見たり聞いたりしたことは、根底より消え失せるかと問わば、けっしてそうでない。どこかに潜んでいて、いつかことに触れ機に接して、何人にも聞いたこともないことを想い浮かべるのは、よく各人の実験し、また他人についても見聞することである。われわれがなにかするときに、こういうことはかつて前にもあった、いつであったか、その時を忘れたが、確かにあったと思い出すことがある。またあるいはまったく新しい所、――たとえば外国に行って、その風景などもなんとなしにかつてどこかで見たように感ずることもある。しかるに実際はいかに考えても、見たはずがないというがごとき類は一種の潜在識の作用であろう。この潜在識はわれわれ個人として経験したことばかりのものにかぎらない。われわれの祖先が経験したことまでも材料となる。 たとえば誰でも一度か二度は経験しない人はあるまいが、寝ておって、高い所から落ちる夢を見て、冷汗をかいて目ざめることがある。かくのごとき夢はどこの国の人でも見る夢であって、おそらく人類共通の経験に基づいたことであろう。

現代語訳

近ごろ、心理学者が潜在意識ということを説きます。私は、潜在意識が学問上どのようなものかは知りませんが、私の平凡な見解を、わかりやすい俗な言葉で説けば、心の奥底に潜み隠れ、自分がまったく気づかないとき、不意に現れる感想のことのように思われます。たとえば、私たちが子供のころ、母の乳房にすがっていたころに、見たり聞いたり感じたりしたことは、私たちの心のいわば片隅に隠れ、忘れ去られているように思われますが、必ずしも消え去るものではありません。 もともと人が物事を記憶するのは、たいてい四歳以上になって見聞したことに限ります。そして三歳、または二歳のころにまったく無意識に見たり聞いたりしたことは、根底から消え失せるのかと問えば、決してそうではありません。どこかに潜んでいて、いつか何かに触れ、機会に接して、誰にも聞いたことのないことを思い浮かべるのは、各人がよく経験し、また他人についても見聞することです。私たちが何かするときに、こういうことは前にもあった、いつだったか、その時は忘れたが、確かにあったと思い出すことがあります。あるいはまったく新しい所、たとえば外国に行って、その風景などをなんとなく前にどこかで見たように感じることもあります。ところが実際はどう考えても見たはずがないというような類は、一種の潜在意識の作用でしょう。この潜在意識は、私たち個人として経験したことばかりに限りません。私たちの祖先が経験したことまでも材料となります。 たとえば、誰でも一度か二度は経験しない人はいないでしょうが、寝ていて高い所から落ちる夢を見て、冷や汗をかいて目覚めることがあります。このような夢はどこの国の人でも見る夢で、おそらく人類共通の経験に基づいたことでしょう。

解説

ここで新渡戸は、当時の心理学が説いた潜在意識と夢を結びつけます。幼児期に見聞きしたことは忘れても消えず、初めての場所で見覚えを感じる既視感のような体験も、潜在意識の作用だとみなします。さらに祖先の経験まで含めるという見方は、当時の学説に沿った推測で、現在の科学的知見と一致するとは限りません。それでも、本人も覚えていない経験が今の判断や感情に影響しているという視点は、自分や部下の言動の背景を考えるきっかけになります。
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この章句が説くこと

潜在意識夢幼児期の記憶既視感祖先人類共通

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