自警録 / 第二十七章 夢の実用・宝船以上の夢見る秘訣
僕の素人的の考えでは、潜在識は知識を、心という土蔵の奥にある葛籠の中に入れて、しまいこんだように思われる。ゆえに日ごろよき考えと、しからざる考えとを蔵め入るるによって、潜在識の性質に異同を生ずることはいうまでもない。潜在識はその本を質せば、意志にさかのぼって、自分の力のおよばざる方面より来たる知識もあるが、その大部分は自分の希望どおりのものを選んで入れることができる。 人に交わっても、その短所のみを見、ここが心に叶わぬとか、あの風が気にくわぬとかいう、弱点のみを心の奥にある葛籠に詰め込むか、あるいは善良なる観察と思想を入るるかは、精神の持ちよういかんによってできるものと信ずる。しかしてこの貯蔵した意識が、眠るときに、葛籠より現れ出で、不愉快なものは不愉快な夢となって祟り、善事は善く出て、愉快なる夢となって、おのれの心を喜ばしかつ心を養うものである。伽話にある「舌切雀」の葛籠にいかなるものが潜在してあるかは、もらう人の与かるところでないようなものの、その根本を質せばもらう人が入れ込むのである。欲張り婆さんは、みずから化物を葛籠の中に潜在させたから、蓋を開くとともに醜怪なものが顕れだし、正直爺さんは宝物を潜在させたから、なかからあらわれ出たのがすべて財宝であった。 それと同じく宝船を枕の下に敷いて眠っても、ただ欲張り考えで眠れば、よし宝船を夢みても遠い沖を帆走る光景を見たり、あるいはかえって宝船の難破を見たりするであろう。これに反し、得たる宝を慈善的公共的その他の正当な使用に充つることを日ごろ念じながら夢をむすべば、おそらく宝船以上の宝の夢を得るであろう。しかしてかかる夢は普通にいう邯鄲の夢でなくして、理想とも称すべきものであり、また人生の実際の一部となるものである。僕が夢を一概に迷信として排斥すべからずといったのもこれがためである。
書き下し
僕の素人的の考えでは、潜在識は知識を、心という土蔵の奥にある葛籠の中に入れて、しまいこんだように思われる。ゆえに日ごろよき考えと、しからざる考えとを蔵め入るるによって、潜在識の性質に異同を生ずることはいうまでもない。潜在識はその本を質せば、意志にさかのぼって、自分の力のおよばざる方面より来たる知識もあるが、その大部分は自分の希望どおりのものを選んで入れることができる。 人に交わっても、その短所のみを見、ここが心に叶わぬとか、あの風が気にくわぬとかいう、弱点のみを心の奥にある葛籠に詰め込むか、あるいは善良なる観察と思想を入るるかは、精神の持ちよういかんによってできるものと信ずる。しかしてこの貯蔵した意識が、眠るときに、葛籠より現れ出で、不愉快なものは不愉快な夢となって祟り、善事は善く出て、愉快なる夢となって、おのれの心を喜ばしかつ心を養うものである。伽話にある「舌切雀」の葛籠にいかなるものが潜在してあるかは、もらう人の与かるところでないようなものの、その根本を質せばもらう人が入れ込むのである。欲張り婆さんは、みずから化物を葛籠の中に潜在させたから、蓋を開くとともに醜怪なものが顕れだし、正直爺さんは宝物を潜在させたから、なかからあらわれ出たのがすべて財宝であった。 それと同じく宝船を枕の下に敷いて眠っても、ただ欲張り考えで眠れば、よし宝船を夢みても遠い沖を帆走る光景を見たり、あるいはかえって宝船の難破を見たりするであろう。これに反し、得たる宝を慈善的公共的その他の正当な使用に充つることを日ごろ念じながら夢をむすべば、おそらく宝船以上の宝の夢を得るであろう。しかしてかかる夢は普通にいう邯鄲の夢でなくして、理想とも称すべきものであり、また人生の実際の一部となるものである。僕が夢を一概に迷信として排斥すべからずといったのもこれがためである。
現代語訳
私の素人考えでは、潜在意識は、知識を、心という土蔵の奥にある葛籠の中に入れてしまいこんでいるように思われます。ですから、日ごろ良い考えとそうでない考えとを収め入れることによって、潜在意識の性質に違いが生じることは言うまでもありません。潜在意識はその本を正せば、意志にさかのぼって、自分の力の及ばない方面から来る知識もありますが、その大部分は、自分の希望どおりのものを選んで入れることができます。 人と付き合っても、その短所だけを見て、ここが気に入らないとか、あの風が気にくわないとか、弱点だけを心の奥の葛籠に詰め込むか、あるいは善良な観察と思想を入れるかは、精神の持ちよう次第でできることと信じます。そしてこの貯蔵した意識が、眠るときに葛籠から現れ出て、不愉快なものは不愉快な夢となって祟り、善いことは善く出て愉快な夢となり、自分の心を喜ばせ、かつ心を養うのです。昔話の「舌切雀」の葛籠の中にどんなものが入っているかは、もらう人の関知しないことのようですが、その根本を正せば、もらう人が入れ込むのです。欲張りの婆さんは、自ら化物を葛籠の中に潜ませたので、蓋を開けると同時に醜怪なものが現れ、正直な爺さんは宝物を潜ませたので、中から現れたのはすべて財宝でした。 それと同じで、宝船の絵を枕の下に敷いて眠っても、ただ欲張りな考えで眠れば、たとえ宝船を夢に見ても、遠い沖を帆走する光景を見たり、あるいはかえって宝船の難破を見たりするでしょう。これに反し、得た宝を慈善的、公共的、その他の正当な使用に充てることを日ごろ念じながら夢を結べば、おそらく宝船以上の宝の夢を得るでしょう。そしてこのような夢は、普通にいう邯鄲の夢ではなくて、理想とも称すべきものであり、また人生の実際の一部となるものです。私が夢を一概に迷信として排斥すべきでないと言ったのも、このためです。
解説

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自警録・第二十七章 夢の実用・夢は一種の潜在識(1)近ごろ心理学者が潜在識ということを説く。僕は潜在識とは学問上、いかなるものなるやを知らぬが、僕の平凡見解でわかりやすく俗語で説けば、心の奥底に潜み隠れ、自分がいっこう気づかぬとき、不意々々と現るる感想をいうように思わるる。たとえばわれわれが子供のとき、母の乳房につけるころに見たり聞いたり、または感じたりしたことは、われわれの心の、いわば片隅に隠れ、忘れられているらしく思われるが、必ずしも消滅し去るものでない。 元来、人が事物を記憶するのは、たいがい四歳以上になって見聞したことにかぎる。しかして三歳、または二歳のころ、まったく無意識的に見たり聞いたりしたことは、根底より消え失せるかと問わば、けっしてそうでない。どこかに潜んでいて、いつかことに触れ機に接して、何人にも聞いたこともないことを想い浮かべるのは、よく各人の実験し、また他人についても見聞することである。われわれがなにかするときに、こういうことはかつて前にもあった、いつであったか、その時を忘れたが、確かにあったと思い出すことがある。またあるいはまったく新しい所、――たとえば外国に行って、その風景などもなんとなしにかつてどこかで見たように感ずることもある。しかるに実際はいかに考えても、見たはずがないというがごとき類は一種の潜在識の作用であろう。この潜在識はわれわれ個人として経験したことばかりのものにかぎらない。われわれの祖先が経験したことまでも材料となる。 たとえば誰でも一度か二度は経験しない人はあるまいが、寝ておって、高い所から落ちる夢を見て、冷汗をかいて目ざめることがある。かくのごとき夢はどこの国の人でも見る夢であって、おそらく人類共通の経験に基づいたことであろう。
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自警録・第二十七章 夢の実用・夢は一種の潜在識(2)さて近ごろの学説によれば、これは人類が数万年以前、いまだ猿であったときか、あるいは猿のごとき生活を営んでおったころ、樹木の枝に宿り、木から木に伝わり、それこそ夢の浮き橋を渡るような交通法を行っておった際は、諺に違わず、折々は木から落ちることもあったに違いない。われわれの祖先にとってはこれほど怖いことはない。悪く落ちれば絶命は必定であるが、幸い途中の枝にでもかかれば生命だけは助かる。しかるに助かった者には永久忘れがたい恐しい経験である。したがってこのことは全身、全心に沁みこんで、死ぬまでも記憶に留るのみならず、子孫の記憶にまで留って人類の潜在識に化するにいたる。これがすなわちわれわれの代になってもなお、時々は現れ出て冷汗をかかせる理由となる。 これについて奇態なことは、高きより落ちる夢を見て、けっして下まで落ちきった夢は見ない。いつも夢の浮き橋で中絶するという風である。なぜなればもしまったく落ちきった祖先があったなら、必ず死んだであろう。死んだ経験の子孫に遺伝する理由はないから、落ちるだけの夢は見ても、いつも下に落ちきる前に目がさめるのである。かくのごとき夢は自身にあらざるとも、自身に関係近き者の実際なしたことに基づくものであると思う。 一斎翁の言に曰く、 「およそ人心の裏絶えて無きのこと、夢寐に形れず、昔人謂う、男、子を生むを夢みず、女、妻を娶るを夢みず、この言良に然り」と。 眠る時にもこの潜在識はひそかに働きつつある。ゆえにこの潜在識にして、純粋、潔白、無垢であるならば、眠る間に働く人生もまた無垢なるものとなる。 「夢は逆夢」とか、 「あたらぬものは夢とちょぼいち」 などいう諺は、夢をもって未来を卜する方法に用いんとするより起こる言であって、夢は過去の経験や思想より起こるとすれば、当たる当たらぬの論も無用で、逆夢ということもなくなって、「思うこと寝言」なう諺こそ事実に適うなれ。 杜甫の「夢李白」の詩に「故人入我夢、明我長相憶」と詠じたのも、後二条院の、 こひしさのねてや忘ると思へどもまたなごりそふ夢のおもかげ と歌われたのも、詩仙にかぎらぬ情である証拠は、われわれ凡人も折々経験して明らかであって、これはすなわち潜在識の作用によることが多いと思う。
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自警録・第二十七章 夢の実用・夢は人間の心の鏡右に述べたことは、夢に見たことが、実際にも、眼前に連続したのである。これと同じく実際なることも、また夢に連続するものと思う。ゆえに目覚めているとき、つねに高きよいことを思うものは、夢にもまた下品な、紊れたことを見ぬものである。しかるに少し油断し、修養を怠ると悪夢を結ぶか、よしそれまでに至らぬとしても吉夢を見ないようになる。孔子は、 「甚だしいかな、吾が衰えたるや。久しく吾れ復た夢にだも周公を見ず」 といっている。孔子が油断したのか、しからざるか、僕は知らぬがこの一言は大いに考うべきことである。この言葉を裏面よりみれば、衰えぬときは、周公のことを夢にまでも見たということを含んでいるであろう。しからばすなわち白居易の詩に、 「平生所厚者 昨夜夢見之」 とあるように、日ごろめざめているときに高尚な善良のことを想っていると、夢にこれを見るものならん。はたしてそうならば、睡眠中のいわゆる夢魂によっていわゆる醒覚中の真意が何処にありしかを窺うこともできる。昼中働いている間ほとんど無意識にいかなることにもっとも心を寄せていたか、かえって夜中に結ぶ夢によりて解きうるであろう。佐藤一斎の『言志耋録』に、 「感は是れ心の影子なり、夢は是れ心の画図なり」と、また、 「人を知るは難くして易く、自ら知るは易くして難し、但し当にこれを夢寐に徴し以て自ら知るべし、夢寐自ら欺く能わず」と。 実にそのとおりで、良木は良果を結ぶごとく、意識的善行は潜在的善智を結び、潜在的善智は無意識的善夢を結ぶという順序ではあるまいか。しからば夢はまた吾人の平素識らず識らずに思う心の鏡と称してもよかろう。かく考えると、睡眠を利用して修養の用に供することができそうである。
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自警録・第二十七章 夢の実用・努力すれば高い境遇に登れるわが輩が今まで数百の言をならべて述べきたった要点は、夢は偶然なる現象にあらず、まったく空のものにあらず、病的のものにあらず、ばかげたるものにあらず、人生の一部としてかえりみるべきもの、一歩進んでは大いに修養の資に供すべきものであるというにほかならぬ。わが輩のこの文を見る人のうちには定めし僕の思想の浅薄なるに驚く人もあろう。 一般人士の踏む境界を脱していっそう高き境界に達したならば、夢相も夢物もみな同一の虚妄にして、すべてあるところなしと悟らるるであろうことは、あたかも先に掲げた例のとおり、現時の人類がいまだ人間にならざりし時代、すなわち今日よりもなお低き境遇にありしころの経験を、夢の中にあるごとく、折々繰り返すことあれば、荘子は高き思想界に入ってのち、自己の経験をかえりみて百年があいだ胡蝶となって花の上に戯れてのち驚き覚めたるごとく言った。形而下の世にあると、形而上の世にあるとは、物を夢と見なすのと、夢を物と見なすの差があろう。わが輩は凡人の情なさに、形而下の話をして夢を物とみなして長々しく弁じたが、形而上の思想の存在するをまったく心得ぬわけでもない。しかしわが輩のごとき考えをもって夢をも修養の用に供する工夫をし、まじめにかつ永く努めたなら、必ず一段も二段も高き境遇に進入することを得るであろう。古人の歌に、 世の中は夢か現か現とも夢とも知らずありてなければ などいう一首の意味も、吾人の立場の高低によってどうとも取れる。なおさら修養が積んだならもう一段昇りて王陽明とともにかく吟ずるの日も来たらん。 人間白日醒猶睡 人間は白日に醒むるも猶睡るがごとく 老子山中睡却醒 老子は山中に睡るも却って醒めたり 醒睡両非還両是 醒睡両つながら非 還両つながら是 溪雲漠漠水冷冷 溪雲漠漠たり 水冷冷たり
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自警録・第二十七章 夢の実用・夢と実際とは連絡することが多い子供が眠るときに、怖ろしい顔して叱ると、子供はかつ泣き、かつふるえつつ眠ってしまう。かくのごとき夜にむすぶ夢のなかには、あるいは鬼に襲われたり、あるいは化物に逢ったり、あるいは魘されたりして可愛ゆかるべき顔にも苦痛または恐怖の念がありありと顕れる。これに反し愛らしき物語を聞かせ、あたたかき愛情をもって、寝かしつけたときは、子供も天使に迎えられたり、あるいは極楽に連れられて楽しく遊んだりする夢を見、すやすやと眠る顔には笑をふくみ、いわゆる「子供の寝顔」となる。かく怖ろしき夢をむすぶも、吉夢を見るのも、ともに子供にとっては(大人にしても、同じであるが)、一つの精神的経験を構成する分子となる。目がさめるとともにあるいはこれを忘れてしまうかも知れぬが、しかもどこかに、子供の意識となって残り、すなわちいわゆる潜在識となって、なにかにつけて記憶にのぼってくるものである。 僕もかつて病いにかかり、体温の四十度を越したとき、夢に怖ろしき化物を見たことがある。眼がさめたのちも、化物は眼前にちらついて残っていた。けしからぬことであると、自分ながら自分を責め、これはまったく熱が高いためであると思い、試みに検温器をかけるとはたして高熱であった。かく精神は落ち着き、自覚したのちでも化物の形がハッキリと目に映じていた。このとき僕は独り病室におったので、かたわらにあったランプをつけ、目をみひらき、ばかなものを見たものと思いつつ、空中をにらんだが、なおその姿が髣髴として眼前に残っていた。むろん、これは病的であることを、僕はよく知っていた。しかしいかに病的とはいえ、みずから明瞭に自覚しておるにかかわらず、夢に見たことが、さめたるのちまでも、その現象の消え去らず、連続しておった。あるいは心理学者の一笑を招くかも知れぬが、いわゆる夢なるものといわゆる実際なるものとが連続しておることを考え、怪物の夢そのものよりかえっていわゆる実際のほうがおのずから怖ろしくなったことがある。
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自警録・第二十七章 夢の実用・夢は迷信として排くべきか年が明けて、来たるべき一年間の出来事を卜するためか、あるいはまた過ぎた年の厄払いのためか、正月の二日に、宝船を枕の下に敷き、めでたき初夢を結ぶことは、わが国古来の習俗で、いまもこの風を行うものが何万の数に達するであろう。文明の今日になって、なおかくのごとき迷信が行わるるといって、これを憂うる人もあろうが、また一歩しりぞいて考えると、これを迷信と非難するものの、はたして迷信であるか否かと反問するの余地があると思う。 ゆめやゆめ、うつゝやゆめとわかぬかな、いかなる世にかさめんとすらん とは古き人の歎きであるが、いまも同感なる者は少なくない。 よく人は、「人生は夢の如し」などという。人生ははたして夢なるか、夢ならざるか。これは学者も名僧知識も、いまだ容易に断定を下しえない。 夢に死し夢に生まるゝ朝寝坊起きて苦を知る釈迦よりはまし と猩々庵原松の狂歌にある。夢見つつねむりおるあいだが人生か、めざめたる暁が人生か。これは哲学者、宗教家などに問いても、夢そのものがなにものなるか、また夢と称するものの範囲がはっきりするまでは、とうてい満足な解答を与うることができぬであろう。いわんやわが輩においては、いずれが正しいか断言することを憚るが、しかしもし夢なる文字を真実ならぬこと、事実ならぬこと、普通にいう本当でないという意味に用いるなら、僕は断じて、人生は夢でないと言いたい。 なんとなれば人生ほど実際なるものはない。実際も実際、実際過ぎるほどに実際なるは実に人生である。米国の詩人ロングフェローが、その『向上の詩』において、それ人生は夢ならずと謡ったのも、もっとも至極の観察である。