自警録 / 第二十六章 理想の実現は何処・理想の翻訳を誤るものが多い(2)
愛国忠君などということを口癖にいう人にはこれが実行の翻訳を誤る人が多い。愛国だといってみだりに外国人を悪口したり、戦争をしないでもよいのに、戦争を主張したりする人がある。 明治二十年ごろ、国粋主義のさかんなとき、途中で外国人の婦人に唾を吐きかけた学生があった。なぜそんなことをなしたかと訊問されたとき、国体を発揮するためだと答えた。愛国ということはよく聞こえるが、これを実行に翻訳するときは、オランダの通訳官と同じく勝手にする。 むかし英国の学者ジョンソンは愛国心ほど怪しげな心はない。いかなる悪党も愛国なる言葉を用うれば、犯罪をなすことができるといった。 明治十年ごろまでは強盗したり乱暴狼藉した者に、なぜそんなことをしたかと聞くと、国を憂いて大いに旗上げするつもりであるといった。また地租改正のとき、あっちこっちで騒いだ。このとき重税を課しては国のために憂うべき事であると、佐倉宗吾を気取ったまではいいが、佐倉宗吾のように命を捨てたかといえば、なかなか捨てるどころか、かえって強盗強姦したものもある。これが愛国だということはちょっとわからぬ。とかく愛国とかあるいは何々の主義だといって議論して歩くあいだはよく聞こえるけれども、これを実地に行うときは、翻訳が間違いやすいゆえにわれわれがいやしくも理想をいだくという以上、その理想なるものを実現するにあたって、理想の品位を下げぬように行為に現すにあらざれば理想でなく、妄想であることを一言したい。
書き下し
愛国忠君などということを口癖にいう人にはこれが実行の翻訳を誤る人が多い。愛国だといってみだりに外国人を悪口したり、戦争をしないでもよいのに、戦争を主張したりする人がある。 明治二十年ごろ、国粋主義のさかんなとき、途中で外国人の婦人に唾を吐きかけた学生があった。なぜそんなことをなしたかと訊問されたとき、国体を発揮するためだと答えた。愛国ということはよく聞こえるが、これを実行に翻訳するときは、オランダの通訳官と同じく勝手にする。 むかし英国の学者ジョンソンは愛国心ほど怪しげな心はない。いかなる悪党も愛国なる言葉を用うれば、犯罪をなすことができるといった。 明治十年ごろまでは強盗したり乱暴狼藉した者に、なぜそんなことをしたかと聞くと、国を憂いて大いに旗上げするつもりであるといった。また地租改正のとき、あっちこっちで騒いだ。このとき重税を課しては国のために憂うべき事であると、佐倉宗吾を気取ったまではいいが、佐倉宗吾のように命を捨てたかといえば、なかなか捨てるどころか、かえって強盗強姦したものもある。これが愛国だということはちょっとわからぬ。とかく愛国とかあるいは何々の主義だといって議論して歩くあいだはよく聞こえるけれども、これを実地に行うときは、翻訳が間違いやすいゆえにわれわれがいやしくも理想をいだくという以上、その理想なるものを実現するにあたって、理想の品位を下げぬように行為に現すにあらざれば理想でなく、妄想であることを一言したい。
現代語訳
愛国、忠君などを口癖にする人には、その実行の翻訳を誤る人が多いものです。愛国だと言って、むやみに外国人の悪口を言ったり、戦争をしなくてもよいのに戦争を主張したりする人がいます。 明治二十年ごろ、国粋主義が盛んだったとき、道で外国人の婦人に唾を吐きかけた学生がいました。なぜそんなことをしたのかと尋問されたとき、国体を発揮するためだと答えました。愛国ということは聞こえがよいのですが、これを実行に翻訳するときは、オランダ語の通訳官と同じで、勝手にするのです。 昔、イギリスの学者ジョンソンは、愛国心ほどあやしげな心はない、どんな悪党も愛国という言葉を使えば犯罪をなすことができる、と言いました。 明治十年ごろまでは、強盗をしたり乱暴狼藉をはたらいた者に、なぜそんなことをしたのかと聞くと、国を憂えて大いに旗揚げするつもりだった、と答えたものです。また地租改正のとき、あちこちで騒動が起こりました。このとき、重税を課しては国のために憂うべきことだと、佐倉宗吾を気取ったところまではよいのですが、佐倉宗吾のように命を捨てたかといえば、捨てるどころか、かえって強盗や強姦をした者もいます。これが愛国だというのは、ちょっとわかりません。とかく愛国とか何々主義とか言って議論して歩いているあいだはよく聞こえますが、これを実地に行うときは、翻訳が間違いやすいものです。ゆえに私たちが理想を抱くというからには、その理想を実現するにあたって、理想の品位を下げないように行為に表すのでなければ、理想ではなく妄想であることを、一言申し上げたいのです。
解説

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