酔古堂剣掃 / 集倩・詩に方言を用ふ
詩用方言,豈是采風之子;談鄰徘語,恐貽拂麈之羞。
新字:詩用方言,豈是采風之子;談鄰徘語,恐貽払麈之羞。
書き下し
詩に方言を用ふるは、豈に是れ采風の子ならんや。 談ずること徘語に鄰すれば、恐らくは拂麈の羞を貽さん。
現代語訳
詩に土地の俗な言葉を使うのは、どうして民間の歌を集めた風雅の人のすることでしょうか。語り合う言葉が冗談に近くなれば、払子を手に清談した人々に恥をかかせることになるでしょう。
解説
詩と談論における言葉の品位を戒めた一則です。采風は各地の民謡を集めることで、『詩経』の国風はそうして集められた歌だと伝えられます。民の歌を採った人々でさえ言葉を選んでいた、というのが前半の含意と読めます。後半の徘語は、おどけた戯れ言を言う俳語のことと見て読みました。払麈は大鹿の尾の毛で作った払子で、魏晋の名士たちが清談をするとき手に持ったものです。高尚な談論の場で下品な冗談ばかり言えば、その伝統に恥をかかせるというわけです。気のおけない会話も楽しいものですが、場面に応じて言葉を選ぶことは大切です。親しさと品位を両立させる言葉づかいは、今の職場や交友でも人の信頼を左右します。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
言葉品位詩清談風雅
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