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自警録 / 第二十五章 理想と実現・幼少時代の理想の回顧(2)

カーライルが、かつてゲーテを賞めたなかに、青年はとかくシラーに憧憬れて、ゲーテを疎んずるの傾向があるが、三十歳に至れば、思慮もやや熟し、人生のなにものたるかもいくぶんか判明し、ここにおいてかゲーテの偉大なることを認めてシラーの若気を捨てるにいたると説いてあるが、僕は今日三十よりむしろ四十に近い年になるが、ゲーテとシラーのいずれを好んで読むかといえば、まだシラーを選ぶの心地する。おそらく僕の精神発達のいまだ幼稚なるを証するのではあるまいかと、自ら疑うことが多いと告白したところが、かの文士は、それは君は心配するにおよばない、ドイツ人のうちにも、今日なおシラーを推して、思想においてははるかにゲーテに優るものなりと称嘆する者はけっして少なくない。むしろシラーを好んで読む者は、精神未熟といわんより理想高き性格の高潔なるを証するものだ、といって僕を慰めてくれたことがあったが、かくいえば、あるいは新渡戸の奴めが自分の不足なるところを、態よき言葉を用いて隠蔽し、暗に自慢するごとくに聞こゆるでもあろうが、正直に自白すれば、近来になって僕もゲーテを尊崇するの念が、十年前にくらべて増してきた。 しかしてゲーテ崇拝の念の増すのは、さきの某文士の言によれば、あるいは自ら俗化して理想の光明が追々に薄らぐの譏りを受けるかも知れぬ。僕がここに話をすることは譏りを受ける受けないが問題ではない。自ら君子ぶるのを厭うがため、横道ながら注解的に右のことを述べて、再び本題に立ち返って話をすれば、年を追うに従って俗化する危険あるを思うがゆえに、努めて幼少の時に描いた理想を養うことは年々歳々枯れゆく心の色香を新たむるの道であろうと信ずる。

書き下し

カーライルが、かつてゲーテを賞めたなかに、青年はとかくシラーに憧憬れて、ゲーテを疎んずるの傾向があるが、三十歳に至れば、思慮もやや熟し、人生のなにものたるかもいくぶんか判明し、ここにおいてかゲーテの偉大なることを認めてシラーの若気を捨てるにいたると説いてあるが、僕は今日三十よりむしろ四十に近い年になるが、ゲーテとシラーのいずれを好んで読むかといえば、まだシラーを選ぶの心地する。おそらく僕の精神発達のいまだ幼稚なるを証するのではあるまいかと、自ら疑うことが多いと告白したところが、かの文士は、それは君は心配するにおよばない、ドイツ人のうちにも、今日なおシラーを推して、思想においてははるかにゲーテに優るものなりと称嘆する者はけっして少なくない。むしろシラーを好んで読む者は、精神未熟といわんより理想高き性格の高潔なるを証するものだ、といって僕を慰めてくれたことがあったが、かくいえば、あるいは新渡戸の奴めが自分の不足なるところを、態よき言葉を用いて隠蔽し、暗に自慢するごとくに聞こゆるでもあろうが、正直に自白すれば、近来になって僕もゲーテを尊崇するの念が、十年前にくらべて増してきた。 しかしてゲーテ崇拝の念の増すのは、さきの某文士の言によれば、あるいは自ら俗化して理想の光明が追々に薄らぐの譏りを受けるかも知れぬ。僕がここに話をすることは譏りを受ける受けないが問題ではない。自ら君子ぶるのを厭うがため、横道ながら注解的に右のことを述べて、再び本題に立ち返って話をすれば、年を追うに従って俗化する危険あるを思うがゆえに、努めて幼少の時に描いた理想を養うことは年々歳々枯れゆく心の色香を新たむるの道であろうと信ずる。

現代語訳

カーライルがかつてゲーテを褒めた中で、青年はとかくシラーにあこがれて、ゲーテを遠ざける傾向があるが、三十歳になると、思慮もやや熟し、人生が何であるかもいくぶん分かってきて、そこでゲーテの偉大さを認め、シラーの若気を捨てるに至る、と説いています。私は今日、三十よりむしろ四十に近い年になりますが、ゲーテとシラーのどちらを好んで読むかといえば、まだシラーを選ぶ気がします。おそらくこれは私の精神の発達がまだ幼稚なことの証拠ではないかと、自分で疑うことが多い、と告白したところ、その文士は、それは君が心配するには及ばない、ドイツ人の中にも、今日なおシラーを推して、思想においてははるかにゲーテに勝ると称賛する者は決して少なくない。むしろシラーを好んで読む者は、精神未熟というより、理想が高く性格が高潔なことの証拠だ、と言って私を慰めてくれたことがありました。こう言うと、新渡戸の奴が自分の不足なところを体のよい言葉で隠して、暗に自慢しているように聞こえるかもしれませんが、正直に告白すれば、近ごろは私もゲーテを尊崇する念が、十年前に比べて増してきました。 そしてゲーテ崇拝の念が増すのは、先の文士の言によれば、あるいは自分が俗化して理想の光が次第に薄れるという非難を受けることかもしれません。私がここで話すのは、非難を受けるか受けないかが問題ではありません。自ら君子ぶるのを嫌うので、脇道ながら注釈として右のことを述べ、再び本題に立ち返って話せば、年を追うにつれて俗化する危険があると思うからこそ、努めて幼少のころに描いた理想を養うことは、年々歳々枯れていく心の色香を新たにする道だと信じます。

解説

カーライルは、青年はシラーにあこがれ、三十を過ぎればゲーテの偉大さが分かると述べた、と新渡戸は紹介します。彼自身は四十近くになってもシラー派でしたが、近ごろはゲーテへの敬意が増したと正直に認め、それが俗化の兆しかもしれないとも自問します。年とともに好みが現実的になるのは成熟か、理想の後退か、その判断を保留しながら、だからこそ幼少の理想を養う意味があると結びます。好みや価値観の変化を自覚的に点検する姿勢は、学び続けたい社会人にも示唆的です。
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この章句が説くこと

ゲーテシラーカーライル俗化幼少の理想告白

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