自警録 / 第十六章 富貴の精神化・経済状態と道徳的態度の変化
昔の経済社会とは違って近代は一国内における経済現象さえなかなか複雑になって来ているに、いわんや国家的経済現象に至ってはなかなか個人の力で如何ともできぬことがままある。したがって経済行為に対する道徳的態度は昔のように簡単に行くまい。 たとえば昔なら物を造る者とこれを用うる者が直接に出会って、相談のうえに物々交換を行った。こういう場合には値段を定むるに両者間の承諾の上に成るから、互いの満足のもとに終わる。こんにちでは値段を定むるに造る者と用うる者は顔など会わすことは少ない。両者の間に仲買いあり卸売あり小売あり数人の媒介を経て、我々の最も簡単なる需用も供給せられる。なかでも株式会社のごとき大組織の製造場において産出せらるる物品のごときに至っては、物価を定むる分子はなおさら複雑を極めて来る。 なお進んでトラスト組織の下に製作せらるる物品は買い手の相談などは毫も省みらるるものではない。この一例をもってみても諸色が上がるの下がるの、米価が騰貴したために貧民が困しむの、あるいは暴徒が起こるの、あるいは犯罪が増すというごとき道徳的行為も昔の簡単なる組織時代と同筆法で解決が出来ぬから、我々は新時代の経済界の現象に対する道徳的態度も新たにすることは免れないと思う。
書き下し
昔の経済社会とは違って近代は一国内における経済現象さえなかなか複雑になって来ているに、いわんや国家的経済現象に至ってはなかなか個人の力で如何ともできぬことがままある。したがって経済行為に対する道徳的態度は昔のように簡単に行くまい。 たとえば昔なら物を造る者とこれを用うる者が直接に出会って、相談のうえに物々交換を行った。こういう場合には値段を定むるに両者間の承諾の上に成るから、互いの満足のもとに終わる。こんにちでは値段を定むるに造る者と用うる者は顔など会わすことは少ない。両者の間に仲買いあり卸売あり小売あり数人の媒介を経て、我々の最も簡単なる需用も供給せられる。なかでも株式会社のごとき大組織の製造場において産出せらるる物品のごときに至っては、物価を定むる分子はなおさら複雑を極めて来る。 なお進んでトラスト組織の下に製作せらるる物品は買い手の相談などは毫も省みらるるものではない。この一例をもってみても諸色が上がるの下がるの、米価が騰貴したために貧民が困しむの、あるいは暴徒が起こるの、あるいは犯罪が増すというごとき道徳的行為も昔の簡単なる組織時代と同筆法で解決が出来ぬから、我々は新時代の経済界の現象に対する道徳的態度も新たにすることは免れないと思う。
現代語訳
昔の経済社会とは違って、近代は一国内の経済現象さえかなり複雑になってきているのに、まして国家間の経済現象となると、個人の力ではどうにもできないことがままある。したがって、経済行為に対する道徳的態度も、昔のように単純にはいかないだろう。 たとえば昔なら、物を作る者とそれを用いる者が直接に出会い、相談のうえで物々交換を行った。こういう場合は、値段を定めるのが両者の承諾の上に成り立つので、互いの満足のうちに終わる。今日では、値段を定めるのに、作る者と用いる者が顔を合わせることは少ない。両者の間に仲買いがあり、卸売があり、小売があり、数人の媒介を経て、私たちのごく簡単な需要も供給される。なかでも、株式会社のような大規模な組織の製造場で産出される物品に至っては、物価を決める要素はいっそう複雑を極めてくる。 さらに進んで、トラスト組織のもとで作られる物品は、買い手の相談などはまったく顧みられない。この一例だけを見ても、物価が上がるの下がるの、米価が騰貴したために貧民が苦しむの、あるいは暴徒が起こるの、犯罪が増すのといった道徳的な問題も、昔の単純な組織の時代と同じやり方では解決できないから、私たちは、新時代の経済現象に対する道徳的態度も新たにすることを免れないと思う。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『政談』諸色直段の事諸色の直段のことは近年上の御世話にて少々は下直なるやうになれとも、其の取捌き根本諸色の直段年を逐て段々に高直に成る謂れあり、是に立入らさる時は皆当分の策略にて何の用に立たさることなり、只今金の員数元禄金乾金の時分の半分に减し、銀は四つ宝のときの三分一なり、されは諸色の直段元禄金乾金の時分の半分より内に下されば未た本の位にあらす、此四五十年以前に比すれは多くは十倍二十倍なり、されは世界の困窮尤のことにて之を下くる道を吟味せすして叶はさることなり、
-
『政談』制度の事是れ町人百姓憎むにあらす、頭か身上右の如くの奢りによりて物入り多く、暮しに物入ること今は常に成りたれは、此の制法出しぬること頭か為めにもよき事なり、第一右の諸物を町人百姓心の儘に用ゆる故、諸色の直段日を逐ふて高直なり、然れとも此の吟味竿の先きに鈴を付けたるやうなることにては仲々参り届くましきなり、当時吉利支丹の如く厳密にさかすへきことなり、されとも畢竟武家を知行所に置くにあらされは此の法田舎迄行渡りかたかるへし、先つ武家には制度を立てす、唯々斯の如く百姓町人に計り制度を立つるときは、諸色特の外に下直になるへし、左様に四五年もして武家に息をつかせ、其の上にて武家にも制度を委細に立ては御政道滞ほりなく行きわたるへし、是れ緩急先後の仕掛なり、
-
『玉勝間』一の巻 むかしは銭すくなかりし事おなじ書に、上品八丈絹六匹、代百廿文(各廿文)紺布二反、(無文)代四文とあり。むかしは銭のいといとすくなかりし程、これにて知るべし。また同書に、工藤庄司景光、佐与美の水干を着す、と云うこと見ゆ。今の世に、布に細目と云うがあるは、このさよみの訛れる名なるべし。
-
『政談』諸色直段の事又御城下の宿賃甚た高直なる故諸商人皆之を利倍の算用に入るゝによりて直段下らぬなり、某か祖父伊勢の国に先祖の手作りしたる田地ありて、夫を売て僅に五十両にて整へたる町屋敷其後父か代に人に売りたるか、此二十年程以前には二千両の売替になりたりと承はる、右祖父の整へたるときは天草より余程前のことなれは八十年計以前の事なり、斯の如くにて宿賃四千倍の上になりたれは物の直段高直なる事尤のことなり、此下かる仕方心得あるへし、
-
孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
-
『政談』諸色直段の事其下直にする道を知ることは先つ高直に段々成りたる謂れを知らずしては手段をすへきやうなし、偖其物の直段の段々に高直になりたる仔細一品にあらす様々の謂あり、先つ第一には国々より出る諸物多くは其地頭へ運上を取るに、請負の者直段を次第に糶上けて手前に糶落す事故物の直段次第に高直になるなり、其運上は其大名の使ひ料となり、又は借金の方へ振向けてあり、さるによりて当時諸大名既に困窮したる上は愈々直段下り難きなり、之を避くる仕方甚た難し、