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自警録 / 第六章 怖気の矯正・『失楽園』に現れた悪魔の姿勢(1)

英文学に異彩を放つと称せらるるかの有名なるミルトンの『失楽園』の主人公は、神を相手に謀叛の旗を翻した悪魔の雄将サタンである。彼が戦いに敗れ地獄に堕ち、しばらく夢中に卒倒してあった後、たちまち息ふき返して、わが身辺を見廻わすと、彼の同僚および彼の率いたる軍勢は、何万となくいずれもあるいは疲れあるいは負傷して消ゆることなき地獄の青い火の中に、燃えもせず焼けもせず、苦しみながら横たわれるさまを見て、サタンは再び士気を鼓舞して、天に逆らい再挙を計ることを、詩仙ミルトンが椽大の筆を揮って描いている。 しかして書中に現れた悪魔の態度の実に凛々しく、彼の野心の実に偉大なる、彼の度量の広闊なる、読む者をして知らず知らず神よりも悪魔を尊敬する念を起こさしむる。ゆえに英文学を論ずるものは、『失楽園』を批評するにあたり、ミルトンの神をけなし、ミルトンの悪魔を崇めぬものはない。またこの悪魔の姿は実に堂々たる風采で、吾人の崇拝に値するように写してある。ことに彼が天帝に反かんとする豪胆のこと、また大敗を受けても再び事を挙げんとする勇気のごときは、読者をしていよいよ彼に尊敬を払わしめる。

書き下し

英文学に異彩を放つと称せらるるかの有名なるミルトンの『失楽園』の主人公は、神を相手に謀叛の旗を翻した悪魔の雄将サタンである。彼が戦いに敗れ地獄に堕ち、しばらく夢中に卒倒してあった後、たちまち息ふき返して、わが身辺を見廻わすと、彼の同僚および彼の率いたる軍勢は、何万となくいずれもあるいは疲れあるいは負傷して消ゆることなき地獄の青い火の中に、燃えもせず焼けもせず、苦しみながら横たわれるさまを見て、サタンは再び士気を鼓舞して、天に逆らい再挙を計ることを、詩仙ミルトンが椽大の筆を揮って描いている。 しかして書中に現れた悪魔の態度の実に凛々しく、彼の野心の実に偉大なる、彼の度量の広闊なる、読む者をして知らず知らず神よりも悪魔を尊敬する念を起こさしむる。ゆえに英文学を論ずるものは、『失楽園』を批評するにあたり、ミルトンの神をけなし、ミルトンの悪魔を崇めぬものはない。またこの悪魔の姿は実に堂々たる風采で、吾人の崇拝に値するように写してある。ことに彼が天帝に反かんとする豪胆のこと、また大敗を受けても再び事を挙げんとする勇気のごときは、読者をしていよいよ彼に尊敬を払わしめる。

現代語訳

英文学に異彩を放つといわれる、かの有名なミルトンの『失楽園』の主人公は、神を相手に謀反の旗を翻した悪魔の雄将サタンです。彼が戦いに敗れて地獄に堕ち、しばらく夢中で気を失っていた後、たちまち息を吹き返して身のまわりを見回すと、同僚や率いてきた軍勢が、何万となく、いずれも疲れ、あるいは傷つき、消えることのない地獄の青い火の中に、燃えもせず焼けもせず、苦しみながら横たわっているのを見て、サタンは再び士気を奮い立たせ、天に逆らって再挙を図ります。詩聖ミルトンが椽大の筆を振るってこれを描いています。 そして書中に現れた悪魔の態度はまことに凛々しく、その野心は実に偉大で、度量は広く大きく、読む者に知らず知らず、神よりも悪魔を尊敬する気持ちを起こさせます。ですから英文学を論じる者は、『失楽園』を批評するにあたり、ミルトンの神をけなし、ミルトンの悪魔を崇めない者はありません。またこの悪魔の姿は、まことに堂々たる風采で、私たちの崇拝に値するように描かれています。ことに彼が天帝に背く豪胆さ、また大敗を喫してもなお再び事を起こそうとする勇気などは、読者にいよいよ彼への尊敬を払わせます。

解説

怖気の話から、一見脇道のようにミルトン『失楽園』の悪魔サタンが語られます。敗れて地獄に堕ちても再び立ち上がる姿は凛々しく、英文学者が神よりも悪魔を称えるほどだと、新渡戸はまず魅力を認めます。ここは次節の堕落の描写との対比の準備です。ミルトンは17世紀イギリスの詩人で、この叙事詩は神に背いた天使の物語です。最初に堂々としていた者がどう変わるのかを、次の節で見るための前置きとして読めます。
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この章句が説くこと

失楽園ミルトンサタン野心豪胆再起

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