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自警録 / 第十章 人生の成敗・米国南北戦争における名将

かねて米国に遊学していたころから、見物してみたいと思っておったいわゆる南部地方に、四年前しばらく滞在し、かの南北戦争の舞台とも言うべき場所を視察し、また当時、事に当たった人々の子弟に交わって旧事を聞き、またなお今日戦争の傷の癒えない情態を見て、種々なる感想を起こした。経済学者や社会学者・政治家・経世家の眼をもって見たならば、学ぶべき廉が多々あろうと思う。しかし凡庸の眼をもって視察し、平凡の耳をもって歴史を聴く僕のことであるから、やかましい議論はしばらく措いて、いささか個人的の教訓に資すべき事柄を談したいと思う。 なかんずく僕の心を最も強く打ったものは、南軍の総司令官でありしリー(R. E. Lee)将軍の人格である。僕はこの人の名と性格とを青年時代より聞いて、彼の伝記を読む前に、すでに彼に対する敬愛の念が深かった。正直にいうと、僕はこの敗軍の将に対する同情と敬愛の念は、彼の軍を敗り、彼をして軍門に降らしめたグラント将軍より、いっそう強く常に懐しく思っている。 彼が三十万の兵をもって、百万の兵に当たった古戦場に足を留め、彼の破れて北軍に降ったのち、ほとんど名も無き田舎中学の校長となって身を終ったその地方を巡回して、いよいよ同氏の人格の高朗なるを知って、いよいよ追慕の念が深くなった。しかし今ここにリー将軍の伝記を述べる考えはない。僕は彼のいわゆる失敗せるに鑑みて、そもそも失敗とはいかなるものであるかという事について、少しく感じたことを述べたい。

書き下し

かねて米国に遊学していたころから、見物してみたいと思っておったいわゆる南部地方に、四年前しばらく滞在し、かの南北戦争の舞台とも言うべき場所を視察し、また当時、事に当たった人々の子弟に交わって旧事を聞き、またなお今日戦争の傷の癒えない情態を見て、種々なる感想を起こした。経済学者や社会学者・政治家・経世家の眼をもって見たならば、学ぶべき廉が多々あろうと思う。しかし凡庸の眼をもって視察し、平凡の耳をもって歴史を聴く僕のことであるから、やかましい議論はしばらく措いて、いささか個人的の教訓に資すべき事柄を談したいと思う。 なかんずく僕の心を最も強く打ったものは、南軍の総司令官でありしリー(R. E. Lee)将軍の人格である。僕はこの人の名と性格とを青年時代より聞いて、彼の伝記を読む前に、すでに彼に対する敬愛の念が深かった。正直にいうと、僕はこの敗軍の将に対する同情と敬愛の念は、彼の軍を敗り、彼をして軍門に降らしめたグラント将軍より、いっそう強く常に懐しく思っている。 彼が三十万の兵をもって、百万の兵に当たった古戦場に足を留め、彼の破れて北軍に降ったのち、ほとんど名も無き田舎中学の校長となって身を終ったその地方を巡回して、いよいよ同氏の人格の高朗なるを知って、いよいよ追慕の念が深くなった。しかし今ここにリー将軍の伝記を述べる考えはない。僕は彼のいわゆる失敗せるに鑑みて、そもそも失敗とはいかなるものであるかという事について、少しく感じたことを述べたい。

現代語訳

アメリカに留学していたころから見てみたいと思っていた、いわゆる南部地方に、四年前しばらく滞在して、あの南北戦争の舞台ともいうべき場所を視察し、また当時事に当たった人々の子弟と交わって昔の話を聞き、さらに今日なお戦争の傷が癒えていない状態を見て、さまざまな感想を抱きました。経済学者や社会学者、政治家、経世家の目で見るなら、学ぶべき点が多々あるでしょう。しかし、凡庸な目で視察し、平凡な耳で歴史を聴く私のことですから、やかましい議論はしばらくおいて、いささか個人の教訓になることを話したいと思います。 なかでも、私の心をいちばん強く打ったのは、南軍の総司令官であったリー(R. E. Lee)将軍の人格です。私はこの人の名と性格を青年時代から聞いており、伝記を読む前からすでに彼への敬愛の念が深かったのです。正直に言うと、私はこの敗軍の将に対する同情と敬愛の念を、彼の軍を破って降伏させたグラント将軍に対してよりも、いっそう強く、常に懐かしく感じています。 彼が三十万の兵で百万の兵に当たった古戦場に足を止め、彼が敗れて北軍に降った後、ほとんど無名の田舎の中学の校長となって生涯を終えたその地方を巡って、いよいよこの人の人格の高く朗らかなことを知り、ますます追慕の念が深くなりました。しかし、ここでリー将軍の伝記を述べるつもりはありません。私は、彼のいわゆる失敗に鑑みて、そもそも失敗とはどういうものかについて、少し感じたことを述べたいと思います。

解説

第十章は、新渡戸がアメリカ南部を訪ねた印象から始まります。四年前に南北戦争の戦跡を歩き、敗軍の将リー将軍に、勝者のグラントより強い敬愛を覚えたと言います。戦後のリーは、小さな学校の校長として生涯を終えました。ここで伝記を述べるのではなく、失敗とは何かを考える素材として選んでいる点が肝心です。勝敗の記録と人の値打ちは別だという問題提起で、続く節の議論の土台になります。
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この章句が説くこと

リー将軍南北戦争敗軍の将失敗敬愛グラント

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