自警録 / 第六章 怖気の矯正・演説の顫いを止めた経験
すでにしてまた一つの考えが起こった。 「この席に来た人々は日本に関する知識を求めに来たので、決して雄弁や能弁を聴くつもりで来たのでない。日本人が英語を操るのであれば、定めしブロークンな英語であろう。演説の良否よりも、内容が半分も解れば、それで足るくらいに思うであろう。また恐らくは傍聴の半数以上は聴くよりも日本人を見に来たのであろう。僕の演説を充分に解することはその期待せぬところであろう。もし彼らが僕の演説を半ばなりとも了解し得たならば彼の人は感心によく英語を話したと思ってくれるだろう。発音の訛りや、文法の誤謬などはかえって愛嬌の種子になるくらいのものだ。なるほどこの演説は自分にとっては責任が重い。しかし聴衆にして心あらば、任の重きに対して同情してくれるだろう。ゆえに演説中に誤りを笑うものがあるとも、その笑いは冷笑でない。また出来損ねたからとて、あながち国名を汚すことともなるまい。ブロークンながらも怯めず臆せず元気よくやるがよい」と。 かく自分勝手の理屈を考えて、覚悟をしたら、今までの顫いがとまった。わずかに五、六分間であったが、その間に頭脳の考えは二回変った。しかしていよいよ起った時には平然として何のこともなく、草稿にない戯談なども臨時に揷入し、幸いに案外の喝采をうけた。
書き下し
すでにしてまた一つの考えが起こった。 「この席に来た人々は日本に関する知識を求めに来たので、決して雄弁や能弁を聴くつもりで来たのでない。日本人が英語を操るのであれば、定めしブロークンな英語であろう。演説の良否よりも、内容が半分も解れば、それで足るくらいに思うであろう。また恐らくは傍聴の半数以上は聴くよりも日本人を見に来たのであろう。僕の演説を充分に解することはその期待せぬところであろう。もし彼らが僕の演説を半ばなりとも了解し得たならば彼の人は感心によく英語を話したと思ってくれるだろう。発音の訛りや、文法の誤謬などはかえって愛嬌の種子になるくらいのものだ。なるほどこの演説は自分にとっては責任が重い。しかし聴衆にして心あらば、任の重きに対して同情してくれるだろう。ゆえに演説中に誤りを笑うものがあるとも、その笑いは冷笑でない。また出来損ねたからとて、あながち国名を汚すことともなるまい。ブロークンながらも怯めず臆せず元気よくやるがよい」と。 かく自分勝手の理屈を考えて、覚悟をしたら、今までの顫いがとまった。わずかに五、六分間であったが、その間に頭脳の考えは二回変った。しかしていよいよ起った時には平然として何のこともなく、草稿にない戯談なども臨時に揷入し、幸いに案外の喝采をうけた。
現代語訳
やがてもう一つの考えが起こりました。 「この席に来た人々は日本についての知識を求めて来たのであって、決して雄弁や能弁を聴くつもりで来たのではない。日本人が英語を操るのだから、きっとブロークンな英語だろう。演説の良し悪しよりも、内容が半分もわかれば、それで足りると思っているだろう。また、おそらく聴衆の半数以上は、話を聴くよりも日本人を見に来たのだろう。僕の演説を十分に理解することは、彼らの期待するところではあるまい。もし彼らが僕の演説を半分でも理解できたなら、あの人はよく英語を話したと感心してくれるだろう。発音の訛りや文法の誤りなどは、かえって愛嬌の種になるくらいのものだ。なるほどこの演説は自分にとって責任が重い。しかし聴衆に思いやりがあるなら、任の重さに同情してくれるだろう。だから演説中に誤りを笑う者がいても、その笑いは冷笑ではない。また出来が悪かったからといって、必ずしも国の名を汚すことにもなるまい。ブロークンでも、ひるまず臆せず、元気よくやるがよい」 こうして自分に都合のよい理屈を考えて覚悟を決めたら、それまでの震えが止まりました。わずか五、六分の間でしたが、その間に頭の中の考えは二回変わりました。そしていよいよ立ち上がったときには、平然として何事もなく、原稿にない冗談なども臨時に挟み、幸い思いのほかの喝采を受けました。
解説

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『驢鞍橋』卷下彼人思ひ入たる道理計りを云つて聞きうけす、無理に剃髪を乞ふ。師曰く、夫れならば力及はす、其方次第也。我処にては、総して出家させず、何方にても剃りめされんず迄よ。夫れはともあれ、後にいきあたりめさるゝな。今云つて聞かせ申すぞ。御公儀より御穿鑿あらん時、別に云分有るへからす。某世間いやに御座有るに仍て、此の体に罷り成る也。曲事に思召さば、御成敗有るべしと云つて罷出て、腹切らんと思定めめさればすらるべし、是れ一つ。又出家しても食はでもならず、着でもならず、草履鼻紙も使はでならず、何としても一年に金三両ほどは入らんずと思ひめされよ。不観にひよつとすつて後、餓鬼に成りめさるゝな。覚悟有らばすりめされよ。寺に入り大事の施物を食ふも非義也。又親類衆纔かの知行を以て、世間を間に合はせて行かんとするを貪らんと思ふも比興也。夫れよりは此の身を主君に抛て、奉公して食ひたるかよき也。総而片ふしんに思にならぬ物也。我と自分過きするやうにする物也。是れ一つ。右の旨覚らば、御辺次第也。後に行当りめさるゝな。
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葉隠・聞書第一古人(こじん)の覚悟は深き事なり。十三以上六十以下出陣と云う事あり。それ故に、古老(ころう)は年をかくすといえり。
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論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
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『韓非子』初見秦第一大王誠に其の説を聴きて、一挙にして天下の従破れず、趙挙がらず、韓亡びず、荆・魏臣とせず、斉・燕親しまず、霸王の名成らず、四隣の諸侯朝せずんば、大王臣を斬りて以て国に徇え、以て王の為に謀りて忠ならざる者の戒めと為せ。
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『武道初心集』忠死(五)家中こぞりて是を惡み候へ共。十人が九人迄も。其者の惡事を申立。公事沙汰に取結び。手を汚さず。舌先の勝負にして。本意を遂べきといふ分別相談の外無之。左候ては。中々內證にて埒明ず。主君の御一門方の御取扱と成り。それより事重く成行。畢竟は公義の御沙汰共不罷成しては不叶候。昔が今に至るまで。大名方の家の仕置を被成衆。公義の御厄介と成り。其事の濟たる上に於て。主人の身上の相立たる例とては無之。角を直すとて牛を殺し。鼠を狩とて祉を燒く喩の如く。主人の御身上は潰し。家中大小の諸奉公人は。皆々流浪の身と成果申候。斯る時。前に申す當家の惡魔。主君の怨敵たる。件の大惡人を執て押へ。胴腹を剜り候とも。又ほ元首を刎捨候共。心の儘に仕澄して埒を明け。我が身は即座に切腹を遂げ相果最に候。然る時は。何の出入公事沙汰と申義も無之。主君の御身上に相障る義も無之。家中の諸人も安堵致し。國家安泰に候。爰を以て殉死には百双倍も優り。忠義勇の三つに相叶ひ。末代の武士の手本共可罷成一品とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。