自警録 / 第一章 男一匹・尚武思想
ヨーロッパでは耶蘇教が普及して以来、人生観が一変した。したがって人間の評価もまた変わってきた。柔和なる者は幸いなりとは、基督の教訓であるが、汝に敵する者を愛せよとか、あるいは汝を迫害する者に復仇するなかれとか、汝に一里の道を強うる者あらば二里を歩めとか、右の頬を打つ者あらば左をも叩かせよというがごとき、柔順温和の道を説き、道徳上の理想としてこれが一般社会に説かれたのである。しかしこれを実行する者はほとんど皆無であった。わずかに有志者があるいは世を去りあるいは山深く庵を結び、あるいは市街にありても僧となりて俗縁を断ったものが、文字どおりにこれを実行したるに過ぎなかった。 普通一般の人はみずから耶蘇教徒なりと称しながら、この柔和の道を守らなかった。すなわちニーチェが耶蘇教を奴隷の道徳と悪口したのも無理ならぬことで、現時の戦争にも現れているとおり、基督の言葉が決してそのままに行われておらぬ、むしろその反対の勇猛なる教旨が、耶蘇教以前より一貫して欧州に盛行している。これこそ実にニーチェのいわゆる治者の道徳である。これは前に述べた女らしく柔順なれという基督教に対し、男らしかれという教訓である。こんにちの世界はこの両者相俟って始めて円満なるを得るものであるが、外に対して常にわれわれの眼を喜ばせるものは、男々しき男性的道徳である。
書き下し
ヨーロッパでは耶蘇教が普及して以来、人生観が一変した。したがって人間の評価もまた変わってきた。柔和なる者は幸いなりとは、基督の教訓であるが、汝に敵する者を愛せよとか、あるいは汝を迫害する者に復仇するなかれとか、汝に一里の道を強うる者あらば二里を歩めとか、右の頬を打つ者あらば左をも叩かせよというがごとき、柔順温和の道を説き、道徳上の理想としてこれが一般社会に説かれたのである。しかしこれを実行する者はほとんど皆無であった。わずかに有志者があるいは世を去りあるいは山深く庵を結び、あるいは市街にありても僧となりて俗縁を断ったものが、文字どおりにこれを実行したるに過ぎなかった。 普通一般の人はみずから耶蘇教徒なりと称しながら、この柔和の道を守らなかった。すなわちニーチェが耶蘇教を奴隷の道徳と悪口したのも無理ならぬことで、現時の戦争にも現れているとおり、基督の言葉が決してそのままに行われておらぬ、むしろその反対の勇猛なる教旨が、耶蘇教以前より一貫して欧州に盛行している。これこそ実にニーチェのいわゆる治者の道徳である。これは前に述べた女らしく柔順なれという基督教に対し、男らしかれという教訓である。こんにちの世界はこの両者相俟って始めて円満なるを得るものであるが、外に対して常にわれわれの眼を喜ばせるものは、男々しき男性的道徳である。
現代語訳
ヨーロッパではキリスト教が広まって以来、人生観が一変しました。それにつれて人間の評価も変わってきました。「柔和な者は幸いである」とはキリストの教えですが、あなたに敵対する者を愛せよとか、あなたを迫害する者に復讐するなとか、あなたに一里の道を強いる者があれば二里歩め、右の頬を打つ者があれば左の頬も打たせよといったように、柔順温和の道を説き、道徳上の理想として広く社会に説かれました。しかしこれを実行する者はほとんど皆無でした。わずかに志ある者が、あるいは世を去り、あるいは山深く庵を結び、あるいは市街にいても僧となって俗世の縁を断ち、文字どおりに実行したにすぎません。 普通一般の人は、自分はキリスト教徒だと称しながら、この柔和の道を守りませんでした。ニーチェがキリスト教を奴隷の道徳と悪口を言ったのも無理はなく、現在の戦争にも表れているとおり、キリストの言葉は決してそのまま行われていません。むしろその反対の勇猛な教えが、キリスト教以前から一貫してヨーロッパに盛んでした。これこそニーチェのいう支配者の道徳です。これは、先に述べた女らしく柔順であれというキリスト教に対して、男らしくあれという教えです。今日の世界は、この両者が相まってはじめて円満になりますが、外に向かって常に私たちの目を楽しませるのは、雄々しい男性的道徳です。
解説

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自警録・第一章 男一匹・男一匹の活動しかしこの柔和なれと訓うるは独り耶蘇教に限ったことでない。道徳とさえいえば、マホメットの回々教を除き、たいてい柔和の徳を主として教えざるものはない。孔子の教えのごときは、よほど俗界に縁の近いものであるが、なお恭謙譲の三者をもって最高の徳として考えている。もちろんこれらはいずれも個人を主とし、その実行すべき徳を説いたもので、これをもってただちに国と国との関係にまで応用すべしとは、おそらくはいかなる宗教家でも説いてはおらぬであろう。またこの宗教の旨をそのままに遵奉すれば、とかく柔弱に流れ、かえって開祖の主旨に反する虞もある。現に基督のごときは前にも述べたごとく柔和主義の教えを垂れたるにかかわらず、ときには大いに憤り、綱をもって神殿を汚した商人を放逐したことがある。 この事実に徴すれば温和を主とするとはいえ、必ずしも不正なる要求に対しても唯々諾々、これに盲従せよとの意ではなかったことがわかる。ゆえに人にはあくまでも男らしい気骨がなければ宗教の主旨にも適わなくなる。人は軟骨動物ではない。愛とは単に老牛が犢を舐むるの類に止まらぬ。しかしてこれは啻に男子にかぎらず、女子においてもまた然りである。 今より六、七十年前、英国の思想家のあいだに基督教の柔弱に流るるを憤慨して、いわゆる腕力的基督教を主張したものがあった。この事業に従った主なる人には文豪キングスレー、大説教家モリース、『トムブラオン』の著者として有名な裁判官ヒュース等があった。もちろんこれら一派の紳士は腕力を縦にしたのでなく、基督の仁と称するは決して悪き意味における婦女子の愛のごとき猫可愛がりでないと説いた。そして彼らの腕力は一時ロンドンに響いたものである。ヒュースのごときは身は裁判官でありながら、ロンドンのちまたに喧嘩があると、職務柄の礼状を発することなく、みずからその渦中に飛びこみ、「サアここにヒュースが来た、ヒュースの拳骨を知らぬか」と名乗り、もってしばしば喧嘩を仲裁したという。彼らはまさしく男一匹の心持で活動したのである。わが国にていえば、まず男伊達の趣を備えた人である。
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自警録・第四章 外は柔、内は剛・柔和なる者はこの世を嗣ぐ「憎まれ子世にはびこる」という俗諺があるが、これは原因と結果とを顛倒したことである。世にはびこるものは憎まれる、はびこらずに謙遜に柔順なるこそ真に世に処する妙法である。かつこれが持久の基と思う。聖書に、 「柔和なる者はこの世を嗣ぐべし」 とある。この世を承けて引き継ぐ者は柔和なる者なりとは、柔順なる人は永久にこの世の継続者である。 換言すれば柔順は永久の徳なり、剛いもの、力をもって世を圧倒するものは、たとえ一時の効はあるとも、永久には継続せぬ。獣を見ても分かる、虎、獅子、熊などのごとき猛獣は年々その数が減じつつある。もし統計を取ることが出来れば、彼らの減少率のはなはだ迅速なることを示すであろう。こんにちの状態にて進行すれば、数年ならずしてこれらの猛獣はこの世に跡を絶つであろうと、動物学者はかえって心配し、彼らの保存法を講じている。 しかるにこれらの猛獣より見れば、卑屈らしく女々しく思わるる牛馬羊のごときはかえって年々増殖する。すなわち柔和なる動物がこの世を継いで、烈しい猛獣は年々歳々にその跡を絶ちつつある。人間においてもまたそうと思う。野蛮時代には武ばる一方で、永久に続くことは出来ぬ。喧嘩して世を渡るものは喧嘩両成敗で共倒れして後がつづかぬ。 武士のけんくゎに後家が二人出来 相互に殺し合うゆえに永続せぬのである。猛烈をもって勇気なりと思う時代はまだまだ野蛮時代たるを免れぬ。武骨で強そうなるをもって武士道の教訓のごとく思うははなはだ幼稚なる武士道である。理想に富める武士はものの哀れを知り、仁の徳に長け、温和に柔順なものである。 かつて英国のある子供が、その父に gentlemanly とはなんの意味かと問うたとき、父は通例の書籍に書いてある文句の切り方は違う、ふつにはジェントルマンとリーとに切る、と思うであろうが、これは文法上正しいだけで、その内容はジェントルで切り、マンリーを加え、柔和で男らしいという意味であると答えたという。
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自警録・第四章 外は柔、内は剛・心の持方は剛柔いずれとすべきか僕は近ごろある人が僕の知人を批評するのを聞いた。その言に曰く、 「あの男はまことによい男だが、惜しいことには、宗教家であるため、弱くて不可ぬ。あれにいっそう骨っぽいところがあれば、実に見上げた人間だのに」と。 この知人は耶蘇教信者たることを思うて、僕は、この批評が一部あたれることを考えた。一部あたれるというは、この知人は言葉遣いと言い、行動と言い、まことに柔和なところがあるゆえである。氏がかつて心を宗教に寄せる前には、剛情で始末におえぬ硬骨漢であったが、ひとたび信者となってからは手を覆したごとく温和な柔順な、涙もろい人に変った。この点より見れば彼に対する某氏の批評は一部あたれるものであるが、さるにても宗教なるものが人を柔化するの力あるも、剛化させる力はないものであろうかという問題が浮び出る。 かつこの問題は一歩を進めると、彼のいう骨っぽいとは何を意味するかという疑問も起こり、延いては近ごろ称せらるる硬教育もいかなるものであるか、疑問として胸に浮ぶ。しかしこれらは余談に流れるからしばらくこれを措き、お互いにその心の持ち方を果たして剛に向けるか柔に向けるか、いずれに重きを置くべきかは、重大なる問題で、各自が慎重なる判断を下すべきことと思う。
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自警録・第一章 男一匹・男は強かるべし強がるべからず女子の保護者たる役目を全うするには猛勇では叶わぬ。やはり優しきところ、一見女性的のところがなくてはならぬ。血も涙もあってこそ真の男と称すべし。今後の男伊達は決して威張り一方では用をなさぬ。内心剛くして外部に柔らかくなくてはならぬ。むかしの賢者も教えて曰く、 「人剛を好めば我柔をもってこれに勝つ」 と、また曰く、 「柔能く剛を制す、赤子に遇うて賁育その勇を失う」と。 男子は須らく強かるべし、しかし強がるべからず。外弱きがごとくして内強かるべし。 負けて退く人を弱しと思ふなよ智恵の力の強き故なり とは、真の男子の態度であろう。男もこの点まで思慮が進むと、先きに述べたる宗教の訓うる趣旨に叶うてきて、深沈重厚の資と磊落雄豪の質との撞着が消えてくる。かくなると羊のようにおとなしい性と虎のごときたけき質とを兼備する人格が出るであろう。漢学者の使用する一句に、「羊質虎皮」というのがあって、外面虎皮をかぶりて虚勢を張り、内心卑怯きわまる偽物を指す成語としてあり、楊雄(前五八―後一八)の文に、 「羊質にして虎皮、草を見て悦び、豺を見て戦く、其の皮の虎なるを忘るるなり」 とあるが、草を見て悦ぶになんの悪きことがない。悪きことは豺を見て戦く臆病心にあるのだから、その温順寡慾なる羊質をもちながら、なお虎の驍悍勁厲なる質を修めたら、すなわち廉毅忠果の性格となりてこれに超ゆる人格はなかろう。政治家かつ文学者として高名なるバヤード=デーロル氏の詩に曰く、 The bravest are the tenderest, ―― The loving are the daring. (勇深なる者は温柔なる者、愛情深き者は大胆なる者なり)
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自警録・第一章 男一匹・勇は男一匹たるの要素人にまけ己れにかちて我を立てず義理を立つるが男伊達なり の一首まことに深重の味がある。ことに上の句の「人にまけ」のごときは前に述べたもろもろの宗教の教うるところで、右の頬を打たるれば左の頬を出すがごとき意を含んでいる。またそのつぎの「己れにかちて」などは勇の最も洗練されたるものである。勇気もこの階段に達すればもはや猛勇でなく、匹夫の勇でもない。孟子のいわゆる大勇なるもので、西洋の学者のいうモーラル・カレッジ(道徳的勇気)である。 男一匹たるの資格は第一に勇を揮うて己れに克つにありと思う。己れに克つものはほかに勝つこともさほど難事でない。己れに克つものは世界に勝つことを得と古人の言えるのはこのことである。なお古い漢書に曰く、 「善く身を処する者は、必らず世に処す。善く世に処せざるは、身を賊する者なり。善く世に処する者は、必らず厳に身を修む。厳に身を修めざるは世に媚ぶる者なり」 と。決して女子は勇気なくともよいというのではないが、女子の強きところは耐忍にありとせば、男子の特長は猛進的なる奮闘の力にある。このことを論ずるには多言を要せぬ。動物を見てもすみやかに天意のどこにあるやは察しられる。 孔子の弟子なる子路は勇ましい男性的の者であって、つねに勇を好んだ。ある日孔子にたずねた、 「君子は勇を尚ぶか」 と、孔子は答えて、 「君子は義をもって上とす。君子勇ありて義なければ乱を為す。小人勇ありて義なければ盗をなす」と。 じつにそのとおりで、古人の語に、 「深沈厚重は是れ第一等の資質、磊落雄豪は是れ第二等の資質、聡明才弁は是れ第三等の資質なり」と。
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自警録・第四章 外は柔、内は剛・世の中には譲って差支えないことが多い柔和というと、いかにも自分に意志なく、人の意志に脆く服従するごとく思うものあるが、しかし決してそうでない。柔和は意志の弱き謂でない。もっとも一方より考えれば、かく思うも無理はない。僕の考えでは世には抂げてもよい意思がたくさんにあり、また意思を表示するに及ばぬものもたくさんあり、あるいは意思を明らかにする必要なきものもたくさんあると思う。 意志というと言葉がはなはだよく聞こゆるも、何ごとについても明白なる意思を発表するものは神経質かあるいは小心なる厄介者である。たとえば衣を着るにも、縞柄から縫い方から着ようにいたるまで一々明白した意思を表示し、かつこれを貫かんとすれば、たいていの仕立屋または細君は必ず手に余すであろう。三度食う飯さえも強い柔かいがある。この浮世を渡るに飯の炊きようについて、あまり明白な意思を有するものは、恐らくは生涯の三分の二は飯のために不満足を唱えて暮らさねばならぬだろう。 僕の信ずるところでは、世の中のことは判然たる意志をもつ必要のないことが多い。換言すればどちらでもよいことが多い。物を食うにも鮭でも鰌でもよい、沢庵でも菜葉でもよく、また味噌汁の実にしても芋でも大根でもよい。ただ特別なる場合、たとえば来客とか病気とかの時のごときには、明らかなる意思を立てて遂行するも必要だが、たいていの場合にはどちらでも差支えないことが多い。しかして朝起きて夜寝るまで、自分のなすこと、接することを一々数えたてれば、自分が頓着しなくとも善いことが多くありはせぬか。相手には非常に重大の問題でありながら、自分には何の関係ないことがありはせぬか。かく思うと無頓着というは語弊もあるが、自分から関係せず、関係深い人に譲りて差支えないことが数多ある。ここがすなわち僕の、「世を譲って渡れ」という所以である。