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法句経 / 第二十三 象の部 三二三〜三二五 己を調めて往く

三二三 此等の獸類に由りては決して未到の處に到るを得じ、唯調めたる人が(己を)調め、善く己を調めてのみ往くべし。 三二四 陀那波羅柯と名づくる象は醉狂して制し難く、此を縛すれば食せず、(此の)象は(唯)象の林を顧念す。 三二五 睡眠を好み、饕餮に、心昧劣にして、展轉して寢ね、穀類に肥えたる大豚の如き暗鈍者は數しば胞胎に入る。

新字:三二三 此等の獣類に由りては決して未到の処に到るを得じ、唯調めたる人が(己を)調め、善く己を調めてのみ往くべし。 三二四 陀那波羅柯と名づくる象は酔狂して制し難く、此を縛すれば食せず、(此の)象は(唯)象の林を顧念す。 三二五 睡眠を好み、饕餮に、心昧劣にして、展転して寝ね、穀類に肥えたる大豚の如き暗鈍者は数しば胞胎に入る。

書き下し

三二三 此等の獣類に由りては決して未到の処に到るを得じ、唯調めたる人が(己を)調め、善く己を調めてのみ往くべし。 三二四 陀那波羅柯と名づくる象は酔狂して制し難く、此を縛すれば食せず、(此の)象は(唯)象の林を顧念す。 三二五 睡眠を好み、饕餮に、心昧劣にして、展転して寝ね、穀類に肥えたる大豚の如き暗鈍者は数しば胞胎に入る。

現代語訳

これらの獣(乗り物となる象や馬)によっては、決してまだ到ったことのない処(涅槃)に到ることはできない。ただ自分を調えた人が、自分を調え、よく自分を調えることによってのみ、そこへ行くことができる。ダナパーラカという名の象は、発情して猛り狂い、制し難い。これを縛れば餌を食べず、この象はただ象の林だけを恋い慕う。眠りを好み、貪り食い、心は暗く劣って、ごろごろと転がって寝る、穀物で肥えた大きな豚のような愚鈍な者は、何度も母胎に入る(生まれ変わりを繰り返す)。

解説

第二十三章「象の部」の三偈である。直前の偈で、よく調教された騾馬や駿馬や象はすぐれているが、己を調えた人はさらにすぐれると説かれ、それを受けて、どれほどよい乗り物でも未到の処、つまり涅槃には運んでくれないと言う。そこへは自分の足でしか行けない。続く象ダナパーラカの偈は、捕らえられた象が餌を拒み、ただ故郷の林を恋う姿を描く。制し難い心は、縛っても従わず、元いた場所ばかり見ている。三二五の豚は対照的で、眠り、貪り食い、寝返りを打つ肥えた豚のように暗鈍な者は、何度も生まれ変わりを繰り返す、と古代インドの輪廻観の言葉で語る。猛る象と眠る豚、荒ぶる心と鈍る心という二つの失調が並べられている。道具や仕組みがどれほど整っても、最後の一歩は自分を調えることでしか進めない。

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