法句経 / 第十二 己身の部 一六一〜一六三 悪は自より生じて自を壊す
一六一 自の造れる、自より生ぜる、自に因る罪は愚者を壞る、猶ほ金剛の寶石を(壞るが)如し。 一六二 人若し少しも戒を持たずんば、蔓の滋れる沙羅樹の如く、自ら敵の欲するまゝに擧動ふ。 一六三 不善と己を益せざることは爲し易し、益し且善くある事は甚だ爲し難し。
新字:一六一 自の造れる、自より生ぜる、自に因る罪は愚者を壊る、猶ほ金剛の宝石を(壊るが)如し。 一六二 人若し少しも戒を持たずんば、蔓の滋れる沙羅樹の如く、自ら敵の欲するまゝに挙動ふ。 一六三 不善と己を益せざることは為し易し、益し且善くある事は甚だ為し難し。
書き下し
一六一 自の造れる、自より生ぜる、自に因る罪は愚者を壊る、猶ほ金剛の宝石を(壊るが)如し。 一六二 人若し少しも戒を持たずんば、蔓の滋れる沙羅樹の如く、自ら敵の欲するまゝに挙動ふ。 一六三 不善と己を益せざることは為し易し、益し且善くある事は甚だ為し難し。
現代語訳
自分が造り、自分から生まれ、自分に原因のある罪は、愚かな者を打ち砕く。ちょうど金剛石が(ほかの)宝石を(打ち砕く)ように。人がもし少しも戒めを保たないならば、蔓草の生い茂った沙羅の樹のように、自ら、敵が望むとおりの振る舞いをしてしまう。善くないこと、自分のためにならないことはたやすく行える。ためになり、しかも善いことは、きわめて行いがたい。
解説
「己身の部」の中ほどに置かれた三偈で、悪がどこから来てどこを壊すかを語る。「自の造れる、自より生ぜる、自に因る」と三度「自」を重ね、罪の出どころを外に求める余地を消してしまう。その罪が愚者を壊すさまは、金剛石が宝石を砕くようだという。硬いものが自分の内側から生じ、自分を砕く。次の比喩は蔓に絡まれた沙羅樹である。荻原の注によれば、蔓草に纏われた樹が枯れるように、戒を持たぬ人は自らを亡ぼし、それこそ敵の望むところだという。敵が手を下すまでもない。そして最後の偈は、身もふたもない観察で締めくくられる。悪いことは易しく、善いことは難しい。だから放っておけば人は易しいほうへ流れる。組織の不祥事の多くも、外からの攻撃より内側の小さな緩みから始まる。
関連する章句
-
『法句経』第十二 己身の部 一六五・一六六一六五 自ら罪を造りて汚れ、自ら罪を造らずして自ら浄めり、浄不浄は己に属す、他に由りて浄めらるゝことなし。 一六六 他を利することは如何に重大なりとも、己を益することを廃むべからず、己の本分を識りて恒に本分に専心なれ。
-
『法句経』第九 悪行の部 一二三〜一二五 風に逆らって塵を散らす一二三 財多く伴少なき商侶が危難の道を(避くるが)如く、余生を希ふものが毒を(避くるが)如く、人は悪行を避くべし。 一二四 掌に瘡なくんば手にて毒を採るべし、毒は瘡なきものを害はず、(悪を)作さざる人に悪至らず。 一二五 汚れなき人を誣ゆれば、浄く垢なき人を(誣ゆれば)、殃ひ反つて其の愚者に及ぶ、猶ほ風に逆つて微塵を散すが如し。
-
『法句経』第十二 己身の部 一六四 実を結んで己を亡ぼす一六四 尊き如法なる聖人の教を譏る愚人は悪見に拠る、彼は劫吒迦樹の如く果熟すれば己を亡ぼす。
-
『法句経』第二十二 地獄の部 三一三〜三一五三一三 応に作すべきものは是を為せ、勇健に此を行へ、疎漫なる外道は寧ろ多く塵を揚ぐ。 三一四 悪行は為さざるを可とす、悪行は後に悩を招く、善行は為さるゝを可とす、為して後悔なし。 三一五 辺境の城は内外倶に守るが如く己を護れ、須臾も忽にすべからず。
-
『法句経』第十二 己身の部 一五八〜一六〇一五八 初めに自ら応為に住すべし、而して後他人を誨へよ、(斯くする)智者は煩はざらん。 一五九 他に誨ゆる如く自ら剋修すべし、(自ら)善く調めて而して後能く(他を)調む、己を調むるは実に難し。 一六〇 己を以て主とす、他に何ぞ主あらんや、己を善く調めぬれば能く得難き主を得。
-
『法句経』第五 愚闇の部 六六〜六八 己に仇する愚者六六 愚癡無智の凡夫は己に対して仇敵の如くふるまひ、悪業を作して苦痛の果を得。 六七 造り已りて後悔し、顔に涙を流し、泣きて其果報を受くべき業は、善く作られたるに非ず。 六八 造り已りて後悔せず、死して後悦こびて其果報を受くべき業は、善く作られたるなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る