呻吟語 / 外篇・人情・鬼神に罪を得る者
聞人之善而掩覆之,或文致以誣其心;聞人之過而播揚之,或枝葉以多其罪。此皆得罪於鬼神者也,吾黨戒之。
新字:聞人之善而掩覆之,或文致以誣其心;聞人之過而播揚之,或枝葉以多其罪。此皆得罪於鬼神者也,吾党戒之。
書き下し
人の善を聞きて之を掩覆し、或いは文致して以て其の心を誣ふ。人の過ちを聞きて之を播揚し、或いは枝葉して以て其の罪を多くす。此れ皆な鬼神に罪を得る者なり。吾が黨之を戒めよ。
現代語訳
人の善を聞いて覆い隠し、あるいは言葉を作って動機を言いがかりにする。人の過ちを聞いて言い触らし、あるいは枝葉を付けて罪を増やす。これはみな鬼神に罪を得る者です。我らはこれを戒めなさい。
解説
善と悪の扱い方を、二組四つで示します。善は隠すか動機を疑い、悪は広めるか話を膨らませる。どれも積極的な加工で、単に黙っているのではありません。そして罪の重さが鬼神に照らされます。人に見つからなくても残るという言い方です。最後に我らと自分たちを名指し、身近な振る舞いとして戒められています。人に見つからなくても残る、という言い方です。
この章句が説くこと
善悪加工隠す膨らませる鬼神
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・寧ろ禍あるも惡を為すを肯んぜず善なる者は必ずしも福ならず、惡なる者は必ずしも禍ならず。君子は稔に之を知る。寧ろ禍あるも惡を為すを肯んぜず。忠直なる者は窮し、諛佞なる者は通ず。君子は稔に之を知る。寧ろ窮するも佞を為すを肯んぜず。但だ理に當然有るを知るのみに非ず、亦た其の心に已む容からざる所有るのみ。
-
『呻吟語』外篇・人情・死亡の時人を欺き得ず人己の善を說けば則ち喜び、人己の過ちを說けば則ち怒る。自家の善惡は自家真に知る。禍敗の時を待たば人を欺き得ず。人體の實を說けば則ち喜び、人體の虛を說けば則ち怒る。自家の病痛は自家獨り覺ゆ。死亡の時に到らば人を欺き得ず。
-
『正法眼蔵随聞記』巻四文に云く、ほめて白品の中にあるを善と云ふ、そしりて黒品の中におくを悪と云ふと、亦云く、苦を受くべきを悪と云ふ、楽をまねくべきを善と云ふと、かくの如く子細に分別して、真実の善を見て行し、真実の悪を見てすつべきなり、僧は清浄の中より来れるものなれば、人の欲を起すまじきものを以てよしとし、きよきとするなり、示して云く、
-
『正法眼蔵随聞記』巻四示して云く、善悪と云ふこと定め難し、世間の人は綾羅錦繡をきたるをよしと云ふ、麁布糞掃衣をわるしと云ふ、仏法には此れをよしとし、清しとし、金銀錦綾をわるしとし、けがれたりとす、かくの如く、一切のことにわたりて皆然り、予が如きも、聊か韻声をとゝのへ、文字をかきすぐるゝを、俗人等は尋常ならぬことに云もあり、亦有人は出家学道の身としてかくの如きのこと知れるとそしる人もあり、いづれをか定めて善として取り、悪としてすつへきぞ、
-
『呻吟語』内篇・修身・惡を為すに勉強無く、善を為すに自然無し惡を為すには再び個の勉強底沒く、善を為すには再び個の自然底沒し。學者此の念頭を勘破せば、寧ぞ愧ぢ奮はざらんや。
-
葉隠・聞書第二悪事の引合いは貪瞋痴(とんじんち)、吉事の引合いは智仁勇(ちじんゆう)に洩れず、よく撰(え)り分けたるものなり。世上の悪事出来たる時、引合いて見るに、貪瞋痴と、吉事を引合いて見るに、智仁勇に洩れずとなり。