法句経 / 第四 華の部 四七・四八 華を採る人
四七 專心に華を採る人を死は捕へ去る、宛も眠れる村人を暴流が(漂蕩する)如くに。 四八 專心に華を採る人を死は制服す、欲に於て飽かざるうちに。
新字:四七 専心に華を採る人を死は捕へ去る、宛も眠れる村人を暴流が(漂蕩する)如くに。 四八 専心に華を採る人を死は制服す、欲に於て飽かざるうちに。
書き下し
四七 専心に華を採る人を死は捕へ去る、宛も眠れる村人を暴流が(漂蕩する)如くに。 四八 専心に華を採る人を死は制服す、欲に於て飽かざるうちに。
現代語訳
心を奪われて花を摘み集める人を、死は捕らえて連れ去る。ちょうど眠っている村を激流が押し流すように。心を奪われて花を摘み集める人を、死は打ち負かす。まだ欲に満ち足りないうちに。
解説
四四・四五偈で道を選ぶ智慧の比喩だった「華を摘む」が、ここでは反転する。荻原の注にあるとおり、この「華を採る」は好ましい対象に貪著することの喩えである。同じ動作が、前の偈では賢さを、この偈では執著を表している。違いは「専心に」の一語にある。心が一つのものにとらわれ、夢中になっている様子で、花に心を奪われて周りが見えていない。そういう人を死は連れ去る。夜に眠る村を洪水が呑み込むように、と。眠っている村人は、水が迫っていることに気づかない。四八偈では、欲に飽かないうちに死に制せられるという。満ち足りる時は来ないまま、時間だけが尽きる。目の前の成果を集めることに熱中しているとき、足元の水位に気づいているかを問う偈である。
関連する章句
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