法句経 / 第十八 塵垢の部 二三八 再び生と老に近づかず
二三八 汝己の歸依處を造れ、疾く勤めよ、賢くあれ、垢を去り穢なきものは、再び生と老に近づかざるべし。
新字:二三八 汝己の帰依処を造れ、疾く勤めよ、賢くあれ、垢を去り穢なきものは、再び生と老に近づかざるべし。
書き下し
二三八 汝己の帰依処を造れ、疾く勤めよ、賢くあれ、垢を去り穢なきものは、再び生と老に近づかざるべし。
現代語訳
あなたは自分のよりどころを造れ。すみやかに努めよ。賢くあれ。垢を除き、汚れのない者は、二度と生まれることにも老いることにも近づかないであろう。
解説
前の二三六偈とほとんど同じ言葉を繰り返しながら、最後の一句だけを変えた偈である。二三六偈では垢を去った者は「天の聖処に往く」とされたが、ここでは「再び生と老に近づかざるべし」となる。天に生まれることは古代インドの世界観では善い報いだが、それもまた生まれ変わりの輪の内側にある。この偈はその輪そのものから出ること、つまり輪廻(生と死を繰り返すこと)を終える涅槃を指している。同じ呼びかけに二つの行き先を置くことで、目標の高さに段があることを示しているのだろう。「疾く勤めよ」は、前の偈の枯葉の比喩を受けて切迫した響きを帯びる。よりどころを外に求めず、自分で造るという点は変わらない。当面の成果と、その先にある本当の目標。この二つを取り違えていないかを問う材料になる。
関連する章句
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