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法華経 / 妙音菩薩品第二十四(4)

到已下七寶台,以價值百千瓔珞、持至釋迦牟尼佛所,頭面禮足,奉上瓔珞,而白佛言:「世尊,淨華宿王智佛問訊世尊,少病、少惱,起居輕利,安樂行否,四大調和否,世事可忍否,眾生易度否,無多貪欲、瞋恚、愚癡、嫉妒、慳慢否,無不孝父母、不敬沙門、邪見、不善心、不攝五情否,世尊,眾生能降伏諸魔怨否,久滅度多寶如來在七寶塔中、來聽法否,又問訊多寶如來,安隱、少惱,堪忍久住否。世尊,我今欲見多寶佛身,惟願世尊,示我令見。」 爾時釋迦牟尼佛語多寶佛:「是妙音菩薩欲得相見。」時多寶佛告妙音言:「善哉、善哉,汝能為供養釋迦牟尼佛、及聽法華經,並見文殊師利等,故來至此。」 爾時華德菩薩白佛言:「世尊,是妙音菩薩,種何善根,修何功德,有是神力。」佛告華德菩薩:「過去有佛,名雲雷音王多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,國名現一切世間,劫名喜見,妙音菩薩於萬二千歲,以十萬種伎樂、供養雲雷音王佛,並奉上八萬四千七寶缽,以是因緣果報,今生淨華宿王智佛國,有是神力。華德,於汝意云何,爾時雲雷音王佛所、妙音菩薩,伎樂供養、奉上寶器者,豈異人乎,今此妙音菩薩摩訶薩是。華德,是妙音菩薩,已曾供養親近無量諸佛,久植德本,又值恒河沙等百千萬億那由他佛。」

新字:到已下七宝台,以価値百千瓔珞、持至釈迦牟尼仏所,頭面礼足,奉上瓔珞,而白仏言:「世尊,浄華宿王智仏問訊世尊,少病、少悩,起居軽利,安楽行否,四大調和否,世事可忍否,衆生易度否,無多貪欲、瞋恚、愚痴、嫉妬、慳慢否,無不孝父母、不敬沙門、邪見、不善心、不摂五情否,世尊,衆生能降伏諸魔怨否,久滅度多宝如来在七宝塔中、来聴法否,又問訊多宝如来,安隠、少悩,堪忍久住否。世尊,我今欲見多宝仏身,惟願世尊,示我令見。」 爾時釈迦牟尼仏語多宝仏:「是妙音菩薩欲得相見。」時多宝仏告妙音言:「善哉、善哉,汝能為供養釈迦牟尼仏、及聴法華経,並見文殊師利等,故来至此。」 爾時華徳菩薩白仏言:「世尊,是妙音菩薩,種何善根,修何功徳,有是神力。」仏告華徳菩薩:「過去有仏,名雲雷音王多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三仏陀,国名現一切世間,劫名喜見,妙音菩薩於万二千歳,以十万種伎楽、供養雲雷音王仏,並奉上八万四千七宝鉢,以是因縁果報,今生浄華宿王智仏国,有是神力。華徳,於汝意云何,爾時雲雷音王仏所、妙音菩薩,伎楽供養、奉上宝器者,豈異人乎,今此妙音菩薩摩訶薩是。華徳,是妙音菩薩,已曽供養親近無量諸仏,久植徳本,又値恒河沙等百千万億那由他仏。」

書き下し

到り已りて七宝の台より下り、価値百千の瓔珞を以て、持ちて釈迦牟尼仏の所に至り、頭面に足を礼し、瓔珞を奉上して、仏に白して言さく、「世尊よ、浄華宿王智仏、世尊を問訊したもう。少病・少悩にして、起居軽利、安楽に行じたもうや。四大調和なりや。世事は忍ぶべきや。衆生は度し易きや。貪欲・瞋恚・愚癡・嫉妬・慳慢多きこと無きや。父母に孝ならず、沙門を敬わず、邪見、不善の心、五情を摂せざること無きや。世尊よ、衆生は能く諸の魔怨を降伏せりや。久しく滅度せる多宝如来は、七宝の塔の中に在して、来たりて法を聴きたもうや。又、多宝如来を問訊したもう。安穏・少悩にして、堪忍して久しく住したもうや。世尊よ、我、今、多宝仏の身を見たてまつらんと欲す。惟願わくは世尊、我に示して見せしめたまえ。」 その時、釈迦牟尼仏、多宝仏に語りたまわく、「この妙音菩薩、相い見ることを得んと欲す。」時に多宝仏、妙音に告げて言わく、「善きかな、善きかな、汝能く釈迦牟尼仏を供養し、及び法華経を聴き、並びに文殊師利等を見んが為の故に、来たりてここに至れり。」 その時、華徳菩薩、仏に白して言さく、「世尊よ、この妙音菩薩は、何の善根を種え、何の功徳を修めて、この神力有るや。」仏、華徳菩薩に告げたまわく、「過去に仏有り、雲雷音王多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀と名づく。国を現一切世間と名づけ、劫を喜見と名づく。妙音菩薩は、万二千歳において、十万種の伎楽を以て雲雷音王仏を供養し、並びに八万四千の七宝の鉢を奉上せり。この因縁の果報を以て、今、浄華宿王智仏の国に生まれて、この神力有り。華徳よ、汝が意においていかん。その時の雲雷音王仏の所にて、伎楽をもって供養し、宝器を奉上せし妙音菩薩は、あに異人ならんや。今この妙音菩薩摩訶薩これなり。華徳よ、この妙音菩薩は、已に曾て無量の諸仏を供養し親近し、久しく徳本を植え、又、恒河沙等の百千万億那由他の仏に値えり。」

現代語訳

到着すると、七宝の台から降り、百千の価値がある首飾りを持って釈迦牟尼仏のもとに行き、頭を足につけて礼をし、首飾りを差し上げて、仏に申し上げました。「世尊よ、浄華宿王智仏が、世尊のご様子をお尋ねになっています。病や悩みは少ないでしょうか。立ち居は軽やかで、安らかにお過ごしでしょうか。身体は調っているでしょうか。世の中のことは耐えられるでしょうか。衆生は導きやすいでしょうか。貪り、怒り、愚かさ、嫉妬、おごりは、多くありませんか。父母に孝行せず、出家者を敬わず、誤った見方をし、不善の心を持ち、五つの感覚を抑えられない者は、いませんか。世尊よ、衆生は魔の敵をよく降伏できていますか。遠い昔に涅槃に入られた多宝如来は、七宝の塔の中におられ、法を聴きに来られていますか。多宝如来のご様子もお尋ねしています。安らかで悩みは少なく、耐えて長くとどまっておられるでしょうか。世尊よ、私は今、多宝仏の身にお会いしたいと思います。どうか世尊、私に見せてください。」 そのとき釈迦牟尼仏は、多宝仏に言われました。「この妙音菩薩が、お会いしたいと言っています。」そこで多宝仏は妙音に告げました。「素晴らしい、素晴らしい。あなたは、釈迦牟尼仏を供養し、法華経を聴き、また文殊師利たちに会うために、ここへ来たのですね。」 そのとき華徳菩薩は、仏に申し上げました。「世尊よ、この妙音菩薩は、どんな善根を植え、どんな功徳を修めて、この神力を得たのでしょうか。」仏は華徳菩薩に告げられました。「過去に、雲雷音王という仏がおられた。国の名は現一切世間、劫の名は喜見という。妙音菩薩は、一万二千年のあいだ、十万種の音楽で雲雷音王仏を供養し、さらに八万四千の七宝の鉢を差し上げた。この因縁の報いによって、今、浄華宿王智仏の国に生まれ、この神力を持っている。華徳よ、あなたはどう思うか。そのとき雲雷音王仏のもとで、音楽で供養し、宝の器を差し上げた妙音菩薩は、別の人だろうか。今のこの妙音菩薩です。華徳よ、この妙音菩薩は、すでに無数の諸仏を供養し親しみ仕え、長く徳の根を植え、またガンジス河の砂の数ほどの百千万億那由他の仏に会ってきました。」

解説

妙音菩薩が釈尊と多宝仏に挨拶し、仏が妙音の神力の由来を前世の供養の積み重ねとして語る節です。浄華宿王智仏からの安否伺いは、体調や衆生の様子を気遣う丁寧な伝言で、遠い相手への礼儀の模範ともいえます。神力が前世の供養の果報だという因果の語り方は当時の仏教の枠組みで、現代では、長い年月の積み重ねが力を生むという意味で読むのが穏当です。目立つ能力の背後に長い地道な積み重ねがある、という見方は、人材評価の視点にも通じます。
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この章句が説くこと

問訊多宝仏華徳菩薩雲雷音王仏伎楽供養宿世の因縁

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