法華経 / 妙音菩薩品第二十四(3)
文殊師利白佛言:「世尊,是菩薩種何善本?修何功德?而能有是大神通力?行何三昧?願為我等說是三昧名字,我等亦欲勤修行之,行此三昧,乃能見是菩薩色相大小,威儀進止。惟願世尊以神通力,彼菩薩來,令我得見。」爾時釋迦牟尼佛告文殊師利:「此久滅度多寶如來、當為汝等而現其相。」 時多寶佛告彼菩薩:「善男子、來,文殊師利法王子欲見汝身。」於時妙音菩薩於彼國沒,與八萬四千菩薩、俱共發來,所經諸國,六種震動,皆悉雨於七寶蓮華,百千天樂,不鼓自鳴。是菩薩目如廣大青蓮華葉,正使和合百千萬月,其面貌端正、復過於此,身真金色,無量百千功德莊嚴,威德熾盛,光明照曜,諸相具足,如那羅延堅固之身。入七寶台,上升虛空,去地七多羅樹,諸菩薩眾恭敬圍繞、而來詣此娑婆世界耆闍崛山。
新字:文殊師利白仏言:「世尊,是菩薩種何善本?修何功徳?而能有是大神通力?行何三昧?願為我等説是三昧名字,我等亦欲勤修行之,行此三昧,乃能見是菩薩色相大小,威儀進止。惟願世尊以神通力,彼菩薩来,令我得見。」爾時釈迦牟尼仏告文殊師利:「此久滅度多宝如来、当為汝等而現其相。」 時多宝仏告彼菩薩:「善男子、来,文殊師利法王子欲見汝身。」於時妙音菩薩於彼国没,与八万四千菩薩、倶共発来,所経諸国,六種震動,皆悉雨於七宝蓮華,百千天楽,不鼓自鳴。是菩薩目如広大青蓮華葉,正使和合百千万月,其面貌端正、復過於此,身真金色,無量百千功徳荘厳,威徳熾盛,光明照曜,諸相具足,如那羅延堅固之身。入七宝台,上升虚空,去地七多羅樹,諸菩薩衆恭敬囲繞、而来詣此娑婆世界耆闍崛山。
書き下し
文殊師利、仏に白して言さく、「世尊よ、この菩薩は何の善本を種え、何の功徳を修めて、能くこの大神通力有るや。何の三昧を行ずるや。願わくは我等のためにこの三昧の名字を説きたまえ。我等も亦勤めてこれを修行せん。この三昧を行ぜば、乃ちこの菩薩の色相の大小、威儀進止を見ることを能くせん。惟願わくは世尊、神通力を以て、かの菩薩来たらば、我をして見ることを得せしめたまえ。」その時、釈迦牟尼仏、文殊師利に告げたまわく、「この久しく滅度せる多宝如来、当に汝等のために其の相を現ずべし。」 時に多宝仏、かの菩薩に告げたまわく、「善男子よ、来たれ。文殊師利法王子、汝が身を見んと欲す。」ここにおいて妙音菩薩、かの国において没し、八万四千の菩薩と、倶共に発ちて来たる。経る所の諸国、六種に震動し、皆悉く七宝の蓮華を雨らし、百千の天楽、鼓せずして自ずから鳴る。この菩薩の目は広大なる青蓮華の葉の如し。正使い百千万の月を和合するも、その面貌の端正なること、復此に過ぎたり。身は真金色にして、無量百千の功徳荘厳し、威徳熾盛にして、光明照曜し、諸相具足し、那羅延の堅固の身の如し。七宝の台に入り、虚空に上り、地を去ること七多羅樹、諸の菩薩衆に恭敬囲繞せられて、この娑婆世界の耆闍崛山に来詣せり。
現代語訳
文殊師利は仏に申し上げました。「世尊よ、この菩薩はどんな善の根を植え、どんな功徳を修めて、これほどの大きな神通力を持っているのでしょうか。どんな三昧を行っているのでしょうか。どうか私たちのために、その三昧の名をお説きください。私たちも努めてそれを修行します。この三昧を行えば、この菩薩の姿の大きさや、立ち居振る舞いを見ることができるでしょう。どうか世尊、神通力で、その菩薩が来られたとき、私に見せてください。」そのとき釈迦牟尼仏は、文殊師利に告げられました。「遠い昔に涅槃に入られた多宝如来が、あなたたちのためにその姿を現すでしょう。」 そのとき多宝仏は、その菩薩に告げられました。「善男子よ、来なさい。文殊師利法王子が、あなたの姿を見たいと言っています。」そこで妙音菩薩は、その国から姿を消し、八万四千の菩薩と共に出発しました。通り過ぎる国々は六通りに震動し、七宝の蓮の花が雨のように降り、百千の天の音楽が、打たなくても自然に鳴りました。この菩薩の目は広く大きな青い蓮の花びらのようで、百千万の月を合わせても、その顔立ちの端正さはそれを超えていました。身体は真の金色で、無数の功徳に飾られ、威厳と徳が盛んで、光り輝き、すべての相を備え、那羅延という神の堅固な身のようでした。七宝の台に乗って虚空に上り、地面から七本の多羅樹の高さで、多くの菩薩に敬い囲まれ、この娑婆世界の耆闍崛山にやって来ました。
解説

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法華経・妙音菩薩品第二十四(4)到り已りて七宝の台より下り、価値百千の瓔珞を以て、持ちて釈迦牟尼仏の所に至り、頭面に足を礼し、瓔珞を奉上して、仏に白して言さく、「世尊よ、浄華宿王智仏、世尊を問訊したもう。少病・少悩にして、起居軽利、安楽に行じたもうや。四大調和なりや。世事は忍ぶべきや。衆生は度し易きや。貪欲・瞋恚・愚癡・嫉妬・慳慢多きこと無きや。父母に孝ならず、沙門を敬わず、邪見、不善の心、五情を摂せざること無きや。世尊よ、衆生は能く諸の魔怨を降伏せりや。久しく滅度せる多宝如来は、七宝の塔の中に在して、来たりて法を聴きたもうや。又、多宝如来を問訊したもう。安穏・少悩にして、堪忍して久しく住したもうや。世尊よ、我、今、多宝仏の身を見たてまつらんと欲す。惟願わくは世尊、我に示して見せしめたまえ。」 その時、釈迦牟尼仏、多宝仏に語りたまわく、「この妙音菩薩、相い見ることを得んと欲す。」時に多宝仏、妙音に告げて言わく、「善きかな、善きかな、汝能く釈迦牟尼仏を供養し、及び法華経を聴き、並びに文殊師利等を見んが為の故に、来たりてここに至れり。」 その時、華徳菩薩、仏に白して言さく、「世尊よ、この妙音菩薩は、何の善根を種え、何の功徳を修めて、この神力有るや。」仏、華徳菩薩に告げたまわく、「過去に仏有り、雲雷音王多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀と名づく。国を現一切世間と名づけ、劫を喜見と名づく。妙音菩薩は、万二千歳において、十万種の伎楽を以て雲雷音王仏を供養し、並びに八万四千の七宝の鉢を奉上せり。この因縁の果報を以て、今、浄華宿王智仏の国に生まれて、この神力有り。華徳よ、汝が意においていかん。その時の雲雷音王仏の所にて、伎楽をもって供養し、宝器を奉上せし妙音菩薩は、あに異人ならんや。今この妙音菩薩摩訶薩これなり。華徳よ、この妙音菩薩は、已に曾て無量の諸仏を供養し親近し、久しく徳本を植え、又、恒河沙等の百千万億那由他の仏に値えり。」
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法華経・妙音菩薩品第二十四(2)その時、浄華宿王智仏、妙音菩薩に告げたまわく、「汝、かの国を軽んずること莫れ、下劣の想いを生ずること莫れ。善男子よ、かの娑婆世界は、高下平らかならず、土石の諸山、穢悪充満し、仏身は卑小にして、諸の菩薩衆も、その形亦小なり。而るに汝が身は四万二千由旬、我が身は六百八十万由旬、汝が身は第一に端正にして、百千万の福あり、光明殊妙なり。この故に汝往かば、かの国を、もしは仏・菩薩、及び国土を軽んじて、下劣の想いを生ずること莫れ。」妙音菩薩、その仏に白して言さく、「世尊よ、我、今、娑婆世界に詣るは、皆これ如来の力、如来の神通遊戯、如来の功徳智慧の荘厳なり。」ここにおいて妙音菩薩、座を起たずして、身を動揺せず、而も三昧に入り、三昧の力を以て、耆闍崛山において、法座を去ること遠からず、八万四千の衆宝の蓮華を化作す。閻浮檀金を茎と為し、白銀を葉と為し、金剛を須と為し、甄叔迦宝を以てその台と為す。 その時、文殊師利法王子、この蓮華を見て、仏に白して言さく、「世尊よ、これ何の因縁にて、先ずこの瑞を現ずるや。若干千万の蓮華有り、閻浮檀金を茎と為し、白銀を葉と為し、金剛を須と為し、甄叔迦宝を以てその台と為す。」その時、釈迦牟尼仏、文殊師利に告げたまわく、「これ妙音菩薩摩訶薩、浄華宿王智仏の国より、八万四千の菩薩と、囲繞して来たりて、この娑婆世界に至り、供養し、親近し、礼拝し、我に於いてす。亦法華経を聴くことを供養せんと欲するなり。」
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法華経・妙音菩薩品第二十四(6)その時、華徳菩薩、仏に白して言さく、「世尊よ、この妙音菩薩は、深く善根を種えたまえり。世尊よ、この菩薩は、何の三昧に住して、能くかくの如く在る所に変現して、衆生を度脱したもうや。」仏、華徳菩薩に告げたまわく、「善男子よ、其の三昧は、現一切色身と名づく。妙音菩薩はこの三昧の中に住して、能くかくの如く無量の衆生を饒益す。」この妙音菩薩品を説きたもう時、妙音菩薩と俱に来たれる八万四千の人、皆現一切色身三昧を得、この娑婆世界の無量の菩薩も、亦この三昧、及び陀羅尼を得たり。 その時、妙音菩薩摩訶薩、釈迦牟尼仏、及び多宝仏の塔を供養し已りて、本土に還帰す。経る所の諸国、六種に震動し、宝蓮華を雨らし、百千万億種種の伎楽を作す。既に本国に到りて、八万四千の菩薩と、囲繞して浄華宿王智仏の所に至り、仏に白して言さく、「世尊よ、我、娑婆世界に到りて衆生を饒益し、釈迦牟尼仏、及び多宝仏の塔を見たてまつりて、礼拝し供養し、又、文殊師利法王子菩薩、及び薬王菩薩・得勤精進力菩薩・勇施菩薩等を見たてまつり、亦この八万四千の菩薩をして、現一切色身三昧を得しめたり。」この妙音来往品を説きたもう時、四万二千の天子は無生法忍を得、華徳菩薩は法華三昧を得たり。
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法華経・提婆達多品第十二(3)時に下方の多宝世尊に従える所の菩薩、名を智積と曰うもの、多宝仏に白さく、「当に本土に還るべし。」釈迦牟尼仏、智積に告げて曰わく、「善男子よ、且く須臾を待て。此に菩薩有り、名を文殊師利という。与に相見え、妙法を論説して、本土に還るべし。」 爾の時、文殊師利、千葉の蓮華に坐す。大いさ車輪の如し。俱に来たれる菩薩も亦た宝蓮華に坐し、大海の娑竭羅竜宮より自然に湧出し、虚空に住して、霊鷲山に詣り、蓮華より下りて、仏の所に至り、頭面に二世尊の足を敬礼す。修敬し已畢って、智積の所に往き、共に相慰問して、却いて一面に坐す。 智積菩薩、文殊師利に問う、「仁、竜宮に往きて、化する所の衆生、其の数幾何ぞ。」文殊師利の言わく、「其の数無量にして、称計すべからず。口の宣ぶる所に非ず、心の測る所に非ず。且く須臾を待て、自ずから当に証知すべし。」言う所、未だ竟らざるに、無数の菩薩、宝蓮華に坐し、海より湧出して、霊鷲山に詣り、虚空に住す。此の諸の菩薩は、皆是れ文殊師利の化度する所にして、菩薩行を具え、皆共に六波羅蜜を論説す。本、声聞の人なりしは、虚空の中に在りて声聞の行を説き、今は皆、大乗の空義を修行す。文殊師利、智積に謂いて曰わく、「海に於ける教化は、其の事、是の如し。」爾の時、智積菩薩、偈を以て讃えて曰わく、 大智徳勇健にして、無量の衆を化度したもう。今、此の諸の大会、及び我、皆已に見たり。実相の義を演暢し、一乗の法を開闡して、広く諸の衆生を導き、速やかに菩提を成ぜしめたもう、
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法華経・妙音菩薩品第二十四(1)その時、釈迦牟尼仏、大人相の肉髻の光明、及び眉間の白毫相の光を放ちて、遍く東方百八万億那由他恒河沙等の諸仏世界を照らしたまえり。この数を過ぎ已りて、世界有り、名を浄光荘厳という。その国に仏有り、浄華宿王智如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と号したてまつる。無量無辺の菩薩大衆に恭敬囲繞せられて、為に法を説きたもう。釈迦牟尼仏の白毫の光明は、遍くその国を照らせり。 その時、一切浄光荘厳国の中に、一りの菩薩有り、名づけて妙音と曰う。久しく已に衆の徳本を植え、無量百千万億の諸仏を供養し親近して、悉く甚深の智慧を成就せり。妙幢相三昧・法華三昧・浄徳三昧・宿王戯三昧・無縁三昧・智印三昧・解一切衆生語言三昧・集一切功徳三昧・清浄三昧・神通遊戯三昧・慧炬三昧・荘厳王三昧・浄光明三昧・浄蔵三昧・不共三昧・日旋三昧を得、かくの如き等の百千万億恒河沙等の諸の大三昧を得たり。釈迦牟尼仏の光、その身を照らし、即ち浄華宿王智仏に白して言さく、「世尊よ、我、当に娑婆世界に往詣して、釈迦牟尼仏を礼拝し、親近し、供養し、及び文殊師利法王子菩薩・薬王菩薩・勇施菩薩・宿王華菩薩・上行意菩薩・荘厳王菩薩・薬上菩薩を見たてまつるべし。」
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