法華経 / 藥王菩薩本事品第二十三(6)
「宿王華,譬如一切川流江河,諸水之中,海為第一,此法華經、亦復如是,於諸如來所說經中,最為深大。又如土山、黑山、小鐵圍山、大鐵圍山、及十寶山,眾山之中,須彌山為第一,此法華經、亦復如是,於諸經中、最為其上。又如眾星之中,月天子最為第一,此法華經亦復如是,於千萬億種諸經法中、最為照明。又如日天子能除諸闇,此經亦復如是,能破一切不善之闇。又如諸小王中,轉輪聖王最為第一,此經亦復如是,於眾經中、最為其尊。又如帝釋、於三十三天中王,此經亦復如是,諸經中王。又如大梵天王、一切眾生之父,此經亦復如是,一切賢聖、學、無學、及發菩薩心者之父。又如一切凡夫人中,須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支佛、為第一,此經亦復如是,一切如來所說、若菩薩所說、若聲聞所說、諸經法中,最為第一,有能受持是經典者,亦復如是,於一切眾生中、亦為第一。一切聲聞辟支佛中,菩薩為第一,此經亦復如是,於一切諸經法中、最為第一。如佛為諸法王,此經亦復如是,諸經中王。」
新字:「宿王華,譬如一切川流江河,諸水之中,海為第一,此法華経、亦復如是,於諸如来所説経中,最為深大。又如土山、黒山、小鉄囲山、大鉄囲山、及十宝山,衆山之中,須弥山為第一,此法華経、亦復如是,於諸経中、最為其上。又如衆星之中,月天子最為第一,此法華経亦復如是,於千万億種諸経法中、最為照明。又如日天子能除諸闇,此経亦復如是,能破一切不善之闇。又如諸小王中,転輪聖王最為第一,此経亦復如是,於衆経中、最為其尊。又如帝釈、於三十三天中王,此経亦復如是,諸経中王。又如大梵天王、一切衆生之父,此経亦復如是,一切賢聖、学、無学、及発菩薩心者之父。又如一切凡夫人中,須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支仏、為第一,此経亦復如是,一切如来所説、若菩薩所説、若声聞所説、諸経法中,最為第一,有能受持是経典者,亦復如是,於一切衆生中、亦為第一。一切声聞辟支仏中,菩薩為第一,此経亦復如是,於一切諸経法中、最為第一。如仏為諸法王,此経亦復如是,諸経中王。」
書き下し
「宿王華よ、譬えば一切の川流江河、諸水の中に、海を第一と為すが如く、この法華経も亦復かくの如し。諸の如来の所説の経の中において、最も深大なりと為す。又、土山・黒山・小鉄囲山・大鉄囲山、及び十宝山、衆山の中に、須弥山を第一と為すが如く、この法華経も亦復かくの如し。諸経の中において、最も其の上と為す。又、衆星の中に、月天子を最も第一と為すが如く、この法華経も亦復かくの如し。千万億種の諸の経法の中において、最も照明と為す。又、日天子の能く諸の闇を除くが如く、この経も亦復かくの如し。能く一切の不善の闇を破る。又、諸の小王の中に、転輪聖王を最も第一と為すが如く、この経も亦復かくの如し。衆経の中において、最も其の尊と為す。又、帝釈の、三十三天の中の王なるが如く、この経も亦復かくの如し。諸経の中の王なり。又、大梵天王の、一切衆生の父なるが如く、この経も亦復かくの如し。一切の賢聖、学・無学、及び菩薩心を発せる者の父なり。又、一切の凡夫人の中に、須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢・辟支仏を第一と為すが如く、この経も亦復かくの如し。一切如来の所説、もしは菩薩の所説、もしは声聞の所説の、諸の経法の中において、最も第一と為す。能くこの経典を受持する者有らば、亦復かくの如し。一切衆生の中において、亦第一と為す。一切の声聞・辟支仏の中に、菩薩を第一と為すが如く、この経も亦復かくの如し。一切の諸経法の中において、最も第一と為す。仏の諸法の王たるが如く、この経も亦復かくの如し。諸経の中の王なり。」
現代語訳
「宿王華よ、たとえば、あらゆる川や江や河や水の中で、海が第一であるように、この法華経も同じです。如来の説かれた経のなかで、最も深く大きいのです。また、土の山、黒い山、小鉄囲山、大鉄囲山、十の宝の山など、あらゆる山のなかで、須弥山が第一であるように、この法華経も同じです。諸経のなかで最も上にあります。また、多くの星のなかで、月の神が第一であるように、この法華経も同じです。千万億種の諸経のなかで、最も明るく照らします。また、太陽の神が闇を除くように、この経も同じです。あらゆる不善の闇を破ります。また、小さな王たちのなかで転輪聖王が第一であるように、この経も同じです。諸経のなかで最も尊いのです。また、帝釈天が三十三天の王であるように、この経も同じです。諸経の王です。また、大梵天王があらゆる衆生の父であるように、この経も同じです。すべての賢者や聖者、学ぶ人、学びを終えた人、悟りを求める心を起こした人の父です。また、あらゆる凡夫のなかで、須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支仏が第一であるように、この経も同じです。如来が説かれた経、菩薩が説いた経、声聞が説いた経のなかで、最も第一です。この経典を受持できる人もまた同じで、あらゆる衆生のなかで第一です。声聞や辟支仏のなかで菩薩が第一であるように、この経もあらゆる経のなかで最も第一です。仏がすべての法の王であるように、この経も同じく、諸経の王です。」
解説

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関連する章句
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法華経・法師品第十(3)若し仏道に住して、自然智を成就せんと欲せば、常に当に勤めて、法華を受持する者を供養すべし。其れ疾く一切種智慧を得んと欲すること有らば、当に是の経を受持し、並びに持者を供養すべし。 若し能く、妙法華経を受持する者有らば、当に知るべし、仏の所使にして、諸の衆生を愍念すと。諸有る能く妙法華経を受持する者は、清浄の土を捨てて、衆を愍れむが故に此に生ず。 当に知るべし、是の如き人は、自在に生ぜんと欲する所にして、能く此の悪世に於いて、広く無上の法を説く。応に天の華香、及び天の宝衣服、天上の妙宝聚を以て、説法者を供養すべし。 吾が滅後の悪世に、能く是の経を持つ者をば、当に合掌して礼敬すること、世尊を供養するが如くすべし。上饌・衆の甘美、及び種種の衣服をもて、是の仏子を供養し、冀わくは須臾も聞くことを得ん。 若し能く後世に、是の経を受持せん者は、我、遣わして人中に在りて、如来の事を行ぜしむ。若し一劫の中に、常に不善の心を懐き、色を作して仏を罵らば、無量の重罪を獲ん。 其れ是の法華経を読誦し持つこと有らん者を、須臾も悪言を加えば、其の罪、復た彼に過ぎん。人有りて仏道を求め、而も一劫の中に、合掌して我が前に在り、無数の偈を以て讃えんに、 是の仏を讃うるに由るが故に、無量の功徳を得ん。持経者を歎美せば、其の福、復た彼に過ぎん。八十億劫に於いて、最妙の色・声、及び香・味・触を以て、持経者を供養せんに、 是の如く供養し已って、若し須臾も聞くことを得ば、則ち応に自ら欣慶すべし、我、今、大利を獲たりと。藥王、今汝に告ぐ、我が説く所の諸経の中に於いて、此の経の中に、法華最も第一なり。 爾の時、仏、復た藥王菩薩摩訶薩に告げたまわく、「我が説く所の経典は、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経は、最も難信難解なり。藥王、此の経は是れ諸仏の秘要の蔵なり。分布して、妄りに人に授与すべからず。諸仏世尊の守護したもう所にして、昔より已来、未だ曽て顕説せず。而も此の経は、如来の現在すら、猶お怨嫉多し。況んや滅度の後をや。」
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法華経・藥王菩薩本事品第二十三(7)「宿王華よ、この経は能く一切衆生を救う者なり。この経は能く一切衆生をして諸の苦悩を離れしむ。この経は能く大いに一切衆生を饒益し、その願を充満せしむ。清涼の池の、能く一切の渇乏する者を満たすが如く、寒き者の火を得るが如く、裸なる者の衣を得るが如く、商人の主を得るが如く、子の母を得るが如く、渡るに船を得るが如く、病に医を得るが如く、暗に燈を得るが如く、貧に宝を得るが如く、民の王を得るが如く、賈客の海を得るが如く、炬の暗を除くが如く、この法華経も亦復かくの如し。能く衆生をして一切の苦、一切の病痛を離れしめ、能く一切生死の縛を解く。もし人、この法華経を聞くことを得て、もしは自ら書き、もしは人をして書かしめば、得る所の功徳は、仏の智慧を以て、多少を籌量するも、その辺を得ず。もしこの経巻を書きて、華・香・瓔珞・焼香・末香・塗香・幡蓋・衣服、種種の燈、酥燈・油燈・諸の香油燈・瞻蔔油燈・須曼那油燈・波羅羅油燈・婆利師迦油燈・那婆摩利油燈をもって供養せば、得る所の功徳も、亦復無量なり。」
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法華経・安樂行品第十四(8)「文殊師利、如来も亦復た是の如し。禅定・智慧の力を以て、法の国土を得、三界に王たるに、而も諸の魔王は肯えて順伏せず。如来の賢聖の諸将は、之と共に戦う。其の功有る者には、心も亦た歓喜して、四衆の中に於いて、為に諸経を説き、其の心をして悦ばしめ、賜うに禅定・解脱・無漏の根力・諸法の財を以てし、又復た賜与するに涅槃の城を以てし、滅度を得と言いて、其の心を引導し、皆歓喜せしむれども、而も為に是の法華経を説かず。」 「文殊師利、転輪王の、諸の兵衆に大功有る者を見て、心甚だ歓喜し、此の信じ難きの珠の、久しく髻の中に在りて、妄りに人に与えざりしを、而も今之を与うるが如く、如来も亦復た是の如し。三界の中に於いて、大法王と為りて、法を以て一切衆生を教化し、賢聖の軍の、五陰魔・煩悩魔・死魔と共に戦い、大功勲有りて、三毒を滅し、三界を出で、魔網を破るを見て、爾の時、如来も亦た大いに歓喜す。此の法華経は、能く衆生をして一切智に至らしむ。一切世間は怨多くして信じ難く、先に未だ説かざる所なるを、而も今之を説く。」 「文殊師利、此の法華経は、是れ諸の如来の第一の説にして、諸説の中に於いて、最も甚深なり。末後に賜与すること、彼の強力の王の、久しく明珠を護りて、今乃ち之を与うるが如し。文殊師利、此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵にして、諸経の中に於いて、最も其の上に在り。長夜に守護して、妄りに宣説せず、今日に始めて、乃ち汝等と与に之を敷演す。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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法華経・法師品第十(6)爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 諸の懈怠を捨てんと欲せば、応当に此の経を聴くべし。是の経は聞くことを得難く、信受する者も亦た難し。人の渇して水を需め、高原に窄鑿するに、猶お乾燥の土を見て、水を去ること尚お遠きを知り、 漸く湿土の泥を見て、決定して水に近きを知るが如し。藥王、汝当に知るべし、是の如き諸人等は、法華経を聞かざれば、仏智を去ること甚だ遠し。若し是の深経を聞かば、声聞の法を決了す。 是れ諸経の王なり。聞き已って諦らかに思惟せば、当に知るべし、此の人等は、仏の智慧に近し。若し人、此の経を説かば、応に如来の室に入り、如来の衣を著て、如来の座に坐すべし。 衆に処して畏るる所無く、広く為に分別して説け。大慈悲を室と為し、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座と為して、此に処して為に法を説け。若し此の経を説く時、人有りて悪口して罵り、 刀杖・瓦石を加うとも、仏を念ずるが故に応に忍ぶべし。我は千万億土に、清浄堅固の身を現じ、無量億劫に於いて、衆生の為に法を説く。若し我が滅度の後、能く此の経を説かん者には、 我、化の四衆、比丘・比丘尼、及び清信の士女を遣わして、法師を供養し、諸の衆生を引導し、之を集めて法を聴かしめん。若し人、悪を加えんと欲して、刀杖及び瓦石あらば、 則ち変化の人を遣わして、之が為に衛護を作さん。若し説法の人、独り空閑処に在りて、寂寞として人の声無く、此の経典を読誦せば、我、爾の時、為に清浄光明の身を現ぜん。 若し章句を忘失せば、為に説いて通利せしめん。若し人、是の徳を具えて、或いは四衆の為に説き、空処にて経を読誦せば、皆、我が身を見ることを得ん。若し人、空閑に在らば、我、天・竜王、 夜叉・鬼神等を遣わして、為に聴法の衆と作さしめん。是の人は説法を楽い、分別して罣礙無く、諸仏の護念したもうが故に、能く大衆をして喜ばしむ。若し法師に親近せば、速やかに菩薩道を得ん。 是の師に隨順して学ばば、恒沙の仏を見ることを得ん。
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法華経・法師品第十(5)「藥王よ、譬えば人有りて、渇乏して水を需め、彼の高原に於いて、穿鑿して之を求むるに、猶お乾ける土を見て、水尚お遠きことを知り、功を施して已まざれば、転た湿れる土を見、遂に漸く泥に至りて、其の心決定して、水の必ず近きことを知るが如し。菩薩も亦復た是の如し。若し未だ聞かず、未だ解せず、未だ是の法華経を修習すること能わざる者は、当に知るべし、是の人は阿耨多羅三藐三菩提を去ること尚お遠し。若し聞き、解し、思惟し、修習することを得ば、必ず阿耨多羅三藐三菩提に近きことを知らん。所以は何ん。一切の菩薩の阿耨多羅三藐三菩提は、皆、此の経に属す。此の経は方便の門を開き、真実の相を示す。是の法華経蔵は、深固幽遠にして、人の能く到る無し。今、仏、菩薩を教化し成就せんが為に、而も為に開示したもう。」 「藥王よ、若し菩薩有りて、是の法華経を聞いて、驚き疑い怖畏せば、当に知るべし、是れ新発意の菩薩と為す。若し声聞人にして是の経を聞いて、驚き疑い怖畏せば、当に知るべし、是れ増上慢の者と為す。藥王よ、若し善男子・善女人有りて、如来の滅後に、四衆の為に是の法華経を説かんと欲せば、云何が説くべき。是の善男子・善女人は、如来の室に入り、如来の衣を著、如来の座に坐して、爾して乃ち応に四衆の為に広く斯の経を説くべし。如来の室とは、一切衆生の中の大慈悲心是れなり。如来の衣とは、柔和忍辱の心是れなり。如来の座とは、一切法空是れなり。是の中に安住して、然して後に不懈怠の心を以て、諸の菩薩及び四衆の為に、広く是の法華経を説け。」 「藥王よ、我、余国に於いて、化人を遣わして、其の為に聴法の衆を集め、亦た化の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷を遣わして、其の説法を聴かしむ。是の諸の化人は、法を聞いて信受し、随順して逆らわず。若し説法者、空閑処に在らば、我、時に広く天・竜・鬼神・乾闥婆・阿修羅等を遣わして、其の説法を聴かしめん。我、異国に在りと雖も、時時、説法者をして我が身を見ることを得せしめん。若し此の経に於いて句読を忘失せば、我、還って為に説いて、具足することを得せしめん。」
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法華経・藥草喻品第五(1)爾の時、世尊、摩訶迦葉、及び諸の大弟子に告げたまわく、「善いかな、善いかな、迦葉は善く如来の真実の功徳を説けり。誠に言う所の如し、如来には復た無量無辺阿僧祇の功徳有り、汝等、若し無量億劫に於て説くとも、尽くすこと能わず。迦葉、当に知るべし、如来は是れ諸法の王なり、若し説く所有らば、皆虚しからざるなり。一切の法に於て、智方便を以て之を演説し、其の説く所の法は、皆悉く一切智地に到る。如来は一切の諸法の帰趣する所を観知し、亦た一切衆生の深心の行ずる所を知りて、通達して礙げ無く、又、諸法に於て究め尽くして明了にして、諸の衆生に一切の智慧を示したもう。」 「迦葉、譬えば三千大千世界の、山川渓谷の土地に生ずる所の、卉木叢林、及び諸の薬草の、種類若干にして、名色各異なるが如し。密雲彌く布き、遍く三千大千世界を覆い、一時に等しく澍ぎ、其の沢普く洽う。卉木叢林、及び諸の薬草、小根小茎、小枝小葉、中根中茎、中枝中葉、大根大茎、大枝大葉、諸樹の大小、上中下に随いて、各受くる所有り、一雲の雨る所、其の種性に称いて生長することを得、華果敷き実る。一地の生ずる所、一雨の潤す所なりと雖も、而も諸の草木、各差別有り。」 「迦葉、当に知るべし、如来も亦復是くの如し、世に出現すること、大雲の起るが如く、大音声を以て、普く世界の天、人、阿修羅に遍し、彼の大雲の遍く三千大千の国土を覆うが如し。大衆の中に於て、是の言を唱う、『我は是れ如来、応供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊なり、未だ度せざる者をば度せしめ、未だ解せざる者をば解せしめ、未だ安んぜざる者をば安んぜしめ、未だ涅槃せざる者をば涅槃を得しむ、今世後世、如実に之を知る。我は是れ一切知者、一切見者、知道者、開道者、説道者なり、汝等天、人、阿修羅衆は、皆応に此に到るべし、法を聴かんが為の故に』と。」