法華経 / 常不輕菩薩品第二十(5)
過去有佛,號威音王,神智無量,將導一切,天人龍神、所共供養。是佛滅後,法欲盡時, 有一菩薩、名常不輕。時諸四眾、計著於法。不輕菩薩、往到其所,而語之言,我不輕汝, 汝等行道,皆當作佛。諸人聞已,輕毀罵詈,不輕菩薩,能忍受之。其罪畢已,臨命終時, 得聞此經,六根清淨,神通力故,增益壽命,復為諸人,廣說是經。諸著法眾,皆蒙菩薩, 教化成就、令住佛道。不輕命終,值無數佛,說是經故,得無量福,漸具功德,疾成佛道。 彼時不輕,則我身是。時四部眾、著法之者,聞不輕言、汝當作佛,以是因緣,值無數佛。 此會菩薩、五百之眾,並及四部,清信士女,今於我前,聽法者是。我於前世,勸是諸人, 聽受斯經,第一之法。開示教人,令住涅槃,世世受持,如是經典。億億萬劫,至不可議, 時乃得聞,是法華經。億億萬劫,至不可議,諸佛世尊、時說是經。是故行者、於佛滅後, 聞如是經,勿生疑惑。應當一心、廣說此經,世世值佛,疾成佛道。
新字:過去有仏,号威音王,神智無量,将導一切,天人竜神、所共供養。是仏滅後,法欲尽時, 有一菩薩、名常不軽。時諸四衆、計著於法。不軽菩薩、往到其所,而語之言,我不軽汝, 汝等行道,皆当作仏。諸人聞已,軽毀罵詈,不軽菩薩,能忍受之。其罪畢已,臨命終時, 得聞此経,六根清浄,神通力故,增益寿命,復為諸人,広説是経。諸著法衆,皆蒙菩薩, 教化成就、令住仏道。不軽命終,値無数仏,説是経故,得無量福,漸具功徳,疾成仏道。 彼時不軽,則我身是。時四部衆、著法之者,聞不軽言、汝当作仏,以是因縁,値無数仏。 此会菩薩、五百之衆,並及四部,清信士女,今於我前,聴法者是。我於前世,勧是諸人, 聴受斯経,第一之法。開示教人,令住涅槃,世世受持,如是経典。億億万劫,至不可議, 時乃得聞,是法華経。億億万劫,至不可議,諸仏世尊、時説是経。是故行者、於仏滅後, 聞如是経,勿生疑惑。応当一心、広説此経,世世値仏,疾成仏道。
書き下し
過去に仏有り、威音王と号したまう。神智無量にして、一切を将導し、天・人・竜・神の、共に供養する所なり。この仏の滅後、法の尽きんと欲する時、 一りの菩薩有り、名を常不軽という。時に諸の四衆、法に計著せり。不軽菩薩、その所に往到して、これに語りて言わく、我れ汝を軽しめず、 汝等、道を行ぜば、皆当に作仏すべし、と。諸人聞き已りて、軽毀し罵詈せしも、不軽菩薩、能くこれを忍受せり。その罪畢り已りて、命終の時に臨み、 この経を聞くことを得て、六根清浄なり。神通力の故に、寿命を増益し、復諸人のために、広くこの経を説けり。諸の著法の衆、皆菩薩の、 教化を蒙りて成就し、仏道に住せしむ。不軽命終して、無数の仏に値い、この経を説く故に、無量の福を得、漸く功徳を具えて、疾く仏道を成ぜり。 かの時の不軽は、則ち我が身これなり。時の四部の衆、法に著せし者、不軽の言、汝当に作仏すべしと聞きしを以て、この因縁をもって、無数の仏に値えり。 この会の菩薩、五百の衆、並びに四部の清信の士女、今、我が前にして、法を聴く者これなり。我、前世において、この諸人に勧めて、 この経、第一の法を聴受せしめ、開示して人を教え、涅槃に住せしめ、世々にかくの如き経典を受持せしむ。億億万劫、不可議に至りて、 時にして乃ちこの法華経を聞くことを得。億億万劫、不可議に至りて、諸仏世尊、時にこの経を説きたまう。この故に行者、仏の滅後において、 かくの如き経を聞かば、疑惑を生ずること勿れ。応当に一心に、広くこの経を説くべし。世々に仏に値い、疾く仏道を成ぜん。
現代語訳
遠い過去に、威音王という仏がおられました。智慧は計り知れず、すべての人を導き、天・人・竜・神が共に供養する方でした。この仏が亡くなり、教えが尽きようとするころ、 常不軽という一人の菩薩がいました。そのとき出家在家の四衆は、教えの形にとらわれていました。不軽菩薩はその人々のもとへ行き、こう語りかけました。私はあなたたちを軽んじません。 あなたたちが道を行えば、みな仏になるのですから、と。人々はそれを聞いて、侮り、ののしりましたが、不軽菩薩はそれをよく耐え忍びました。その罪が尽きて、命が終わろうとするとき、 この経を聞くことができ、六根が清らかになりました。神通の力で寿命を延ばし、さらに人々のために広くこの経を説きました。教えにとらわれていた人々は、みな菩薩の導きを受けて成就し、仏の道に落ち着きました。不軽菩薩は命を終えたのち、数えきれない仏にお会いし、この経を説いたことで限りない福を得て、しだいに功徳をそなえ、速やかに仏道を成就しました。 そのときの不軽は、私自身です。当時の四衆で教えにとらわれていた人々は、不軽が、あなたは仏になると言うのを聞いた縁によって、数えきれない仏にお会いしました。 この集まりにいる五百の菩薩、そして四部の信心ある男女が、今、私の前で教えを聞いている人々です。私は前世でこれらの人々に勧めて、 この第一の教えを聞き受けさせ、開き示して人を教え、涅槃に落ち着かせ、世々にこのような経典を受持させました。限りなく長い年月を経て、 ようやくこの法華経を聞くことができるのです。限りなく長い年月を経て、諸仏世尊は、ときにこの経を説かれます。だから修行する人は、仏の滅後に、 このような経を聞いたなら、疑いを起こしてはなりません。一心に広くこの経を説きなさい。そうすれば世々に仏にお会いし、速やかに仏道を成就するでしょう。
解説

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『十善法語』巻第六・不惡口戒此中一ノ因縁アリ。有信ノ者思惟スヘシ。法華経ニ。過去無量却ノ時ニ仏アリ。威音王仏ト名ツク。其威音王如来滅後。像法ノ中。一菩薩比丘アリ。常不軽ト名ツク。此人学問セズ。誦経セズ。只四衆ニアヘハ。貴賤ノワカチナク。皆尊重心ヲ起シ。礼拝讃嘆シテ此言ヲ作ス。吾汝ヲ軽ンセス。汝ヲ敬フ。汝等ミナ当来ニ作仏スヘシト。常ニカクアル故ニ。人呼テ常不軽ト云。其時四衆ノ中ニ。瞋恚不浄ナル者アリ。悪口罵詈シテ。此無智ノ比丘何処ヨリ来レル。我等コノ虚妄ノ授記ヲ用ヒスト云ヒ。或ハ杖木或瓦石ヲ以テ打擲ス。其時遠クサケ走テ。尚高声ニ唱フ。我敢テ汝等ヲ軽ンセス。汝等当作仏ト。此比丘後命終ノトキ。虚空ノ中ニ威音王仏ヲ見奉リ。六根浄ノ功徳ヲ成就シ。更ニ寿命ヲ增セシトアル。
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法華経・常不輕菩薩品第二十(2)「最初の威音王如来、既に滅度したまい、正法滅して後、像法の中に、増上慢の比丘、大勢力有り。爾の時、一りの菩薩比丘有り、常不軽と名づく。得大勢、何の因縁を以て、常不軽と名づくるや。是の比丘、凡そ見る所有る、若しは比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷を、皆な悉く礼拝し讃歎して、是の言を作す、『我れ深く汝等を敬う、敢えて軽慢せず。所以は何ん。汝等は皆な菩薩道を行じて、当に作仏することを得べければなり。』と。而も是の比丘、専ら経典を読誦せず、但だ礼拝を行ずるのみ。乃至、遠く四衆を見ても、亦復た故らに往きて礼拝し讃歎して、是の言を作す、『我れ敢えて汝等を軽しめず、汝等は皆な当に作仏すべし。』と。四衆の中に、瞋恚を生じ、心不浄なる者有り、悪口罵詈して言わく、『是の無智の比丘、何れの所より来たる。自ら我れ汝を軽しめずと言いて、而も我等に授記して、当に作仏することを得べしという。我等は是くの如き虚妄の授記を用いず。』と。此くの如く多年を経歴して、常に罵詈せられ、瞋恚を生ぜず、常に是の言を作す、『汝、当に作仏すべし。』と。是の語を説く時、衆人或いは杖木瓦石を以て之を打擲すれば、避け走りて遠く住し、猶お高声に唱えて言わく、『我れ敢えて汝等を軽しめず、汝等は皆な当に作仏すべし。』と。其の常に是の語を作すを以ての故に、増上慢の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、之を号して常不軽と為す。」
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法華経・常不輕菩薩品第二十(3)「是の比丘、終わりに臨まんと欲する時、虚空の中に於いて、具さに威音王仏の、先に説きたまいし所の法華経二十千万億偈を聞き、悉く能く受持し、即ち上の如き眼根清浄、耳鼻舌身意根清浄を得たり。是の六根清浄を得已りて、更に寿命を増すこと二百万億那由他歳、広く人の為に是の法華経を説く。時に於いて増上慢の四衆、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の、是の人を軽賤して、為に不軽の名を作せる者、其の大神通力、楽説弁力、大善寂力を得たるを見、其の所説を聞きて、皆な信伏随従す。是の菩薩、復た千万億の衆を化して、阿耨多羅三藐三菩提に住せしむ。命終の後、二千億の仏に値うことを得、皆な日月燈明と号す、其の法の中に於いて、是の法華経を説く。是の因縁を以て、復た二千億の仏に値う、同じく雲自在燈王と号す。此の諸仏の法の中に於いて、受持し読誦し、諸の四衆の為に此の経典を説く故に、是の常の眼清浄、耳鼻舌身意の諸根清浄を得て、四衆の中に於いて法を説くに、心に畏るる所無し。」
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法華経・常不輕菩薩品第二十(1)爾の時、仏、得大勢菩薩摩訶薩に告げたまわく、「汝、今当に知るべし、若しは比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、法華経を持つ者を、若し悪口、罵詈、誹謗すること有らば、大罪報を獲ること、前に説く所の如し。其の得る所の功徳は、向に説く所の如く、眼耳鼻舌身意清浄なり。得大勢、乃往古昔、無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぎて、仏有しき、威音王如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と名づく。劫の名は離衰、国の名は大成なり。其の威音王仏、彼の世の中に於いて、天、人、阿修羅の為に法を説きたまう。声聞を求むる者の為には、応ぜる四諦の法を説いて、生老病死を度し、究竟して涅槃せしめ、辟支仏を求むる者の為には、応ぜる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には、阿耨多羅三藐三菩提に因りて、応ぜる六波羅蜜の法を説いて、仏慧を究竟せしめたもう。得大勢、是の威音王仏は、寿四十万億那由他恒河沙劫、正法の世に住すること劫数は一閻浮提の微塵の如く、像法の世に住すること劫数は四天下の微塵の如し。其の仏、衆生を饒益し已りて、然して後に滅度したもう。正法像法滅尽の後に、此の国土に於いて、復た仏の出ずること有り、亦た威音王如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と号す。是くの如く次第に二万億の仏有り、皆な同じ一号なり。」
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法華経・常不輕菩薩品第二十(4)「得大勢よ、この常不軽菩薩摩訶薩は、かくの如き若干の諸仏を供養し、恭敬し、尊重し、讃歎し、諸の善根を種え、後に復千万億の仏に値い、亦諸仏の法の中において、この経典を説き、功徳成就して、当に作仏することを得たり。得大勢よ、意においていかん。その時の常不軽菩薩は、あに異人ならんや、則ち我が身これなり。もし我、宿世において、この経を受持し読誦し、他人のために説かざりせば、疾く阿耨多羅三藐三菩提を得ること能わざりしならん。我、先仏の所にして、この経を受持し読誦し、人のために説きしが故に、疾く阿耨多羅三藐三菩提を得たり。得大勢よ、かの時の四衆、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷は、瞋恚の意を以て、我を軽賤せしが故に、二百億劫、常に仏に値わず、法を聞かず、僧を見ず、千劫、阿鼻地獄において大苦悩を受け、この罪を畢え已りて、復常不軽菩薩に遇い、阿耨多羅三藐三菩提を教化せられたり。得大勢よ、汝が意においていかん。その時の四衆、常にこの菩薩を軽んぜし者は、あに異人ならんや、今この会中の、跋陀婆羅等の五百の菩薩、師子月等の五百の比丘、尼思仏等の五百の優婆塞、皆阿耨多羅三藐三菩提において不退転なる者これなり。得大勢よ、当に知るべし、この法華経は、大いに諸の菩薩摩訶薩を饒益し、能く阿耨多羅三藐三菩提に至らしむ。この故に諸の菩薩摩訶薩は、如来の滅後において、常に応にこの経を受持し、読誦し、解説し、書写すべし。」 その時世尊、重ねてこの義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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法華経・法師品第十(6)爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 諸の懈怠を捨てんと欲せば、応当に此の経を聴くべし。是の経は聞くことを得難く、信受する者も亦た難し。人の渇して水を需め、高原に窄鑿するに、猶お乾燥の土を見て、水を去ること尚お遠きを知り、 漸く湿土の泥を見て、決定して水に近きを知るが如し。藥王、汝当に知るべし、是の如き諸人等は、法華経を聞かざれば、仏智を去ること甚だ遠し。若し是の深経を聞かば、声聞の法を決了す。 是れ諸経の王なり。聞き已って諦らかに思惟せば、当に知るべし、此の人等は、仏の智慧に近し。若し人、此の経を説かば、応に如来の室に入り、如来の衣を著て、如来の座に坐すべし。 衆に処して畏るる所無く、広く為に分別して説け。大慈悲を室と為し、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座と為して、此に処して為に法を説け。若し此の経を説く時、人有りて悪口して罵り、 刀杖・瓦石を加うとも、仏を念ずるが故に応に忍ぶべし。我は千万億土に、清浄堅固の身を現じ、無量億劫に於いて、衆生の為に法を説く。若し我が滅度の後、能く此の経を説かん者には、 我、化の四衆、比丘・比丘尼、及び清信の士女を遣わして、法師を供養し、諸の衆生を引導し、之を集めて法を聴かしめん。若し人、悪を加えんと欲して、刀杖及び瓦石あらば、 則ち変化の人を遣わして、之が為に衛護を作さん。若し説法の人、独り空閑処に在りて、寂寞として人の声無く、此の経典を読誦せば、我、爾の時、為に清浄光明の身を現ぜん。 若し章句を忘失せば、為に説いて通利せしめん。若し人、是の徳を具えて、或いは四衆の為に説き、空処にて経を読誦せば、皆、我が身を見ることを得ん。若し人、空閑に在らば、我、天・竜王、 夜叉・鬼神等を遣わして、為に聴法の衆と作さしめん。是の人は説法を楽い、分別して罣礙無く、諸仏の護念したもうが故に、能く大衆をして喜ばしむ。若し法師に親近せば、速やかに菩薩道を得ん。 是の師に隨順して学ばば、恒沙の仏を見ることを得ん。