法華経 / 法師功德品第十九(10)
是人意清淨,明利無濁穢,以此妙意根,知上中下法。乃至聞一偈,通達無量義,次第如法說,月四月至歲。 是世界內外,一切諸眾生,若天龍及人,夜叉鬼神等。其在六趣中,所念若干種,持法華之報,一時皆悉知。 十方無數佛,百福莊嚴相,為眾生說法,悉聞能受持。思惟無量義,說法亦無量,終始不忘錯,以持法華故。 悉知諸法相,隨義識次第,達名字語言,如所知演說。此人有所說,皆是先佛法,以演此法故,於眾無所畏。 持法華經者,意根淨若斯,雖未得無漏,先有如是相,是人持此經,安住稀有地,為一切眾生,歡喜而愛敬。 能以千萬種,善巧之語言,分別而說法,持法華經故。
新字:是人意清浄,明利無濁穢,以此妙意根,知上中下法。乃至聞一偈,通達無量義,次第如法説,月四月至歳。 是世界内外,一切諸衆生,若天竜及人,夜叉鬼神等。其在六趣中,所念若干種,持法華之報,一時皆悉知。 十方無数仏,百福荘厳相,為衆生説法,悉聞能受持。思惟無量義,説法亦無量,終始不忘錯,以持法華故。 悉知諸法相,随義識次第,達名字語言,如所知演説。此人有所説,皆是先仏法,以演此法故,於衆無所畏。 持法華経者,意根浄若斯,雖未得無漏,先有如是相,是人持此経,安住稀有地,為一切衆生,歓喜而愛敬。 能以千万種,善巧之語言,分別而説法,持法華経故。
書き下し
是の人は意清浄にして、明利にして濁穢無し。此の妙なる意根を以て、上中下の法を知る。乃至、一偈を聞きて、無量の義に通達し、次第に法の如く説くこと、月、四月より歳に至る。 是の世界の内外の、一切の諸の衆生、若しは天、龍及び人、夜叉、鬼神等、其の六趣の中に在りて、念う所の若干種なるを、法華を持つ報いにて、一時に皆な悉く知る。 十方の無数の仏の、百福荘厳の相にて、衆生の為に法を説きたもうを、悉く聞きて能く受持す。無量の義を思惟し、説法も亦た無量にして、終始忘錯せず、法華を持つを以ての故なり。 悉く諸法の相を知り、義に随いて次第を識り、名字語言に達して、知る所の如く演説す。此の人の説く所有るは、皆な是れ先仏の法なり、此の法を演ぶるを以ての故に、衆に於いて畏るる所無し。 法華経を持つ者は、意根の浄きこと斯くの若し。未だ無漏を得ずと雖も、先に是くの如き相有り。是の人、此の経を持ちて、稀有の地に安住し、一切衆生の為に、歓喜して愛敬せらる。 能く千万種の、善巧の語言を以て、分別して法を説く、法華経を持つが故なり。
現代語訳
この人は意が清らかで、明らかで鋭く、濁りや汚れがありません。この妙なる意根で、上中下の法を知ります。たとえ一偈を聞いても、量りない意味に通じ、順序立てて法のとおりに、一か月、四か月、さらには一年に至るまで説きます。 この世界の内外の、あらゆる衆生、すなわち天、龍、人、夜叉、鬼神などが、六道の中でさまざまに思うことを、法華経を持つ報いによって、一度にすべて知ります。 十方の数えきれない仏が、多くの福で飾られた姿で、衆生のために法を説かれるのを、すべて聞いてよく受持します。量りない意味を思い、説法もまた量りなく、始めから終わりまで忘れたり誤ったりしません。法華経を持つからです。 あらゆる法の相を知り、意味に従って順序を理解し、名や言葉に通じて、知るとおりに説きます。この人の説くところは、みな先の仏たちの法であり、この法を述べるからこそ、衆の中で畏れるところがありません。 法華経を持つ者は、意根の清らかさがこのようです。まだ煩悩のない境地を得ていなくても、先にこのような相があります。この人はこの経を持って、稀有の境地に安住し、すべての衆生のために、喜んで愛され敬われます。 よく千万種の巧みな言葉で、分別して法を説くのは、法華経を持つからです。
解説

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