法華経 / 法師功德品第十九(4)
「復次、常精進,若善男子、善女人,受持是經,若讀,若誦,若解說,若書寫,成就八百鼻功德。以是清淨鼻根,聞於三千大千世界、上下內外種種諸香,須曼那華香、闍提華香、末利華香、瞻卜華香、波羅羅華香、赤蓮華香、青蓮華香、白蓮華香、華樹香、果樹香、栴檀香、沈水香、多摩羅跋香、多伽羅香,及千萬種和香,若末、若丸、若塗香,持是經者,於此間住,悉能分別。又復別知眾生之香、象香、馬香、牛羊等香,男香、女香、童子香、童女香,及草木叢林香,若近,若遠,所有諸香,悉皆得聞,分別不錯。持是經者,雖住於此,亦聞天上諸天之香,波利質多羅、拘鞞陀羅樹香,及曼陀羅華香、摩訶曼陀羅華香、曼殊沙華香、摩訶曼殊沙華香、栴檀、沈水、種種末香、諸雜華香、如是等天香、和合所出之香,無不聞知。又聞諸天身香,釋提桓因,在勝殿上,五欲娛樂嬉戲時香,若在妙法堂上,為忉利諸天說法時香,若於諸園遊戲時香,及餘天等、男女身香,皆悉遙聞。如是展轉,乃至梵世,上至有頂,諸天身香,亦皆聞之。並聞諸天所燒之香,及聲聞香、辟支佛香、菩薩香、諸佛身香,亦皆遙聞,知其所在。雖聞此香,然於鼻根不壞不錯,若欲分別為他人說,憶念不謬。」 爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:
新字:「復次、常精進,若善男子、善女人,受持是経,若読,若誦,若解説,若書写,成就八百鼻功徳。以是清浄鼻根,聞於三千大千世界、上下内外種種諸香,須曼那華香、闍提華香、末利華香、瞻卜華香、波羅羅華香、赤蓮華香、青蓮華香、白蓮華香、華樹香、果樹香、栴檀香、沈水香、多摩羅跋香、多伽羅香,及千万種和香,若末、若丸、若塗香,持是経者,於此間住,悉能分別。又復別知衆生之香、象香、馬香、牛羊等香,男香、女香、童子香、童女香,及草木叢林香,若近,若遠,所有諸香,悉皆得聞,分別不錯。持是経者,雖住於此,亦聞天上諸天之香,波利質多羅、拘鞞陀羅樹香,及曼陀羅華香、摩訶曼陀羅華香、曼殊沙華香、摩訶曼殊沙華香、栴檀、沈水、種種末香、諸雑華香、如是等天香、和合所出之香,無不聞知。又聞諸天身香,釈提桓因,在勝殿上,五欲娯楽嬉戯時香,若在妙法堂上,為忉利諸天説法時香,若於諸園遊戯時香,及余天等、男女身香,皆悉遥聞。如是展転,乃至梵世,上至有頂,諸天身香,亦皆聞之。並聞諸天所焼之香,及声聞香、辟支仏香、菩薩香、諸仏身香,亦皆遥聞,知其所在。雖聞此香,然於鼻根不壊不錯,若欲分別為他人説,憶念不謬。」 爾時世尊欲重宣此義,而説偈言:
書き下し
「復た次に、常精進、若し善男子、善女人、是の経を受持し、若しは読み、若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せば、八百の鼻の功徳を成就せん。是の清浄の鼻根を以て、三千大千世界の、上下内外の種種の諸香、須曼那華香、闍提華香、末利華香、瞻卜華香、波羅羅華香、赤蓮華香、青蓮華香、白蓮華香、華樹香、果樹香、栴檀香、沈水香、多摩羅跋香、多伽羅香、及び千万種の和香、若しは末、若しは丸、若しは塗香を聞き、経を持つ者は、此の間に住して、悉く能く分別せん。又た復た別に衆生の香、象の香、馬の香、牛羊等の香、男の香、女の香、童子の香、童女の香、及び草木叢林の香を知り、若しは近く、若しは遠く、所有る諸香、悉く皆な聞くことを得て、分別して錯わず。経を持つ者は、此に住すと雖も、亦た天上の諸天の香、波利質多羅、拘鞞陀羅樹の香、及び曼陀羅華香、摩訶曼陀羅華香、曼殊沙華香、摩訶曼殊沙華香、栴檀、沈水、種種の末香、諸の雑華の香、是くの如き等の天香の、和合して出ずる所の香を聞き、聞き知らざること無し。又た諸天の身の香、釈提桓因の、勝殿の上に在りて、五欲娯楽嬉戯せる時の香、若しは妙法堂の上に在りて、忉利の諸天の為に説法せる時の香、若しは諸園に於いて遊戯せる時の香、及び余の天等、男女の身の香を聞き、皆な悉く遥かに聞く。是くの如く展転して、乃至、梵世、上は有頂に至るまでの、諸天の身の香も、亦た皆な之を聞く。並びに諸天の焼く所の香、及び声聞の香、辟支仏の香、菩薩の香、諸仏の身の香を聞き、亦た皆な遥かに聞きて、其の所在を知る。此の香を聞くと雖も、然も鼻根に於いて壊れず錯わず、若し分別して他人の為に説かんと欲せば、憶念して謬らず。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
現代語訳
「さらに次に、常精進よ、もし善男子善女人がこの経を受持し、読み、誦し、解説し、書き写すなら、八百の鼻の功徳を成就するでしょう。この清らかな鼻の働きで、三千大千世界の上下内外のさまざまな香、すなわち須曼那華の香、闍提華の香、末利華の香、瞻卜華の香、波羅羅華の香、赤蓮華の香、青蓮華の香、白蓮華の香、花の咲く木の香、実のなる木の香、栴檀の香、沈水の香、多摩羅跋の香、多伽羅の香、および千万種の合わせ香、粉の香、丸めた香、塗る香を嗅ぎ、経を持つ者は、ここに住しながら、すべてよく嗅ぎ分けます。さらにまた、衆生の香、象の香、馬の香、牛や羊などの香、男の香、女の香、男の子の香、女の子の香、草木や叢林の香を知り、近くも遠くも、あらゆる香をすべて嗅ぎ分けて、間違えることがありません。経を持つ者は、ここにいながら、天上の諸天の香、波利質多羅や拘鞞陀羅の樹の香、曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華の香、栴檀、沈水、さまざまな粉の香、多くの雑華の香、このような天の香が混ざり合って出る香を嗅ぎ、嗅ぎ知らないものはありません。また諸天の身の香、釈提桓因が勝殿の上で五欲の楽しみに遊んでいるときの香、あるいは妙法堂の上で忉利天の諸天のために説法しているときの香、あるいは園で遊び戯れているときの香、そのほかの天人たち、男女の身の香も、みな遠くから嗅ぎます。このように次々と、梵世、上は有頂天に至るまでの、諸天の身の香も、みな嗅ぎます。あわせて、諸天が焚く香、声聞の香、辟支仏の香、菩薩の香、諸仏の身の香も、みな遠くから嗅いで、その所在を知ります。これらの香を嗅いでも、鼻の働きは損なわれず、誤りもなく、もし分別して他の人のために説こうとするなら、思い起こして誤ることがありません。」 そのとき世尊は、この意味を重ねて述べようとして、偈を説いて言われました。
解説

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法華経・法師功德品第十九(6)種種の諸の瓔珞、能く其の価を識る無きも、香を聞きて貴賤、出処及び所在を知る。天上の諸華等、曼陀、曼殊沙、波利質多樹も、香を聞きて悉く能く知る。 天上の諸の宮殿の、上中下の差別、衆宝の花に荘厳せるも、香を聞きて悉く能く知る。天の園林、勝殿、諸の観、妙法堂の、中に在りて娯楽するも、香を聞きて悉く能く知る。 諸天の若しは法を聴き、或いは五欲を受くる時、来往し行き坐臥するも、香を聞きて悉く能く知る。天女の著くる所の衣、好き華香に荘厳し、周旋して遊戯する時も、香を聞きて悉く能く知る。 是くの如く展転して上り、乃至、梵世に於いて、禅に入り禅より出ずる者も、香を聞きて悉く能く知る。光音、遍浄天、乃至、有頂に於いて、初めて生じ及び退没するも、香を聞きて悉く能く知る。 諸の比丘衆等の、法に於いて常に精進し、若しは坐し若しは経行し、及び経典を読誦し、或いは林樹の下に在りて、専精に坐禅するも、経を持つ者は香を聞きて、悉く其の所在を知る。 菩薩の志堅固にして、坐禅し若しは読誦し、或いは人の為に法を説くも、香を聞きて悉く能く知る。在在方方の世尊の、一切に恭敬せられ、衆を愍みて法を説きたもうも、香を聞きて悉く能く知る。 衆生の仏前に在りて、経を聞きて皆な歓喜し、法の如く修行するも、香を聞きて悉く能く知る。未だ菩薩の無漏法生の鼻を得ずと雖も、而も是の経を持つ者は、先ず此の鼻相を得。
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法華経・法師功德品第十九(2)「復た次に、常精進、若し善男子、善女人、此の経を受持し、若しは読み、若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せば、千二百の耳の功徳を得ん。是の清浄の耳を以て、三千大千世界の、下は阿鼻地獄に至り、上は有頂に至る、其の中の内外の種種の語言音声、象の声、馬の声、牛の声、車の声、啼哭の声、愁歎の声、螺の声、鼓の声、鐘の声、鈴の声、笑う声、語る声、男の声、女の声、童子の声、童女の声、法の声、非法の声、苦の声、楽の声、凡夫の声、聖人の声、喜ぶ声、喜ばざる声、天の声、龍の声、夜叉の声、乾闥婆の声、阿修羅の声、迦楼羅の声、緊那羅の声、摩睺羅伽の声、火の声、水の声、風の声、地獄の声、畜生の声、餓鬼の声、比丘の声、比丘尼の声、声聞の声、辟支仏の声、菩薩の声、仏の声を聞かん。要を以て之を言わば、三千大千世界の中の、一切の内外に所有る諸の声、未だ天耳を得ずと雖も、父母所生の清浄の常の耳を以て、皆な悉く聞き知り、是くの如く種種の音声を分別して、而も耳根を壊せず。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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