法華経 / 如來壽量品第十六(5)
「其諸子中,不失心者,見此良藥,色香俱好,即便服之,病盡除愈。餘失心者,見其父來,雖亦歡喜問訊,求索治病,然與其藥,而不肯服。所以者何。毒氣深入,失本心故,於此好色香藥,而謂不美。父作是念:『此子可愍,為毒所中,心皆顛倒,雖見我喜,求索救療,如是好藥,而不肯服,我今當設方便、令服此藥。』即作是言:『汝等當知,我今衰老,死時已至,是好良藥,今留在此,汝可取服,勿憂不瘥。』作是教已,復至他國,遣使還告:『汝父已死。』是時諸子聞父背喪,心大憂惱,而作是念:『若父在者,慈愍我等,能見救護,今者、捨我遠喪他國。』自惟孤露,無復恃怙,常懷悲感,心遂醒悟,乃知此藥色味香美。即取服之,毒病皆愈。其父聞子悉已得瘥,尋便來歸,咸使見之。」 「諸善男子,於意云何,頗有人,能說此良醫虛妄罪否?」「不也,世尊。」佛言:「我亦如是,成佛已來、無量無邊百千萬億那由他阿僧祇劫,為眾生故,以方便力、言當滅度,亦無有能如法說我虛妄過者。」 爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:
新字:「其諸子中,不失心者,見此良薬,色香倶好,即便服之,病尽除愈。余失心者,見其父来,雖亦歓喜問訊,求索治病,然与其薬,而不肯服。所以者何。毒気深入,失本心故,於此好色香薬,而謂不美。父作是念:『此子可愍,為毒所中,心皆顛倒,雖見我喜,求索救療,如是好薬,而不肯服,我今当設方便、令服此薬。』即作是言:『汝等当知,我今衰老,死時已至,是好良薬,今留在此,汝可取服,勿憂不瘥。』作是教已,復至他国,遣使還告:『汝父已死。』是時諸子聞父背喪,心大憂悩,而作是念:『若父在者,慈愍我等,能見救護,今者、捨我遠喪他国。』自惟孤露,無復恃怙,常懐悲感,心遂醒悟,乃知此薬色味香美。即取服之,毒病皆愈。其父聞子悉已得瘥,尋便来帰,咸使見之。」 「諸善男子,於意云何,頗有人,能説此良医虚妄罪否?」「不也,世尊。」仏言:「我亦如是,成仏已来、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫,為衆生故,以方便力、言当滅度,亦無有能如法説我虚妄過者。」 爾時世尊欲重宣此義,而説偈言:
書き下し
「其の諸子の中に、心を失わざる者は、此の良薬の、色・香俱に好きを見て、即便ち之を服し、病は尽く除き愈ゆ。余の心を失える者は、其の父の来れるを見て、亦た歓喜し問訊して、病を治せんことを求索すと雖も、然も其の薬を与うるに、肯えて服せず。所以は何ん。毒気深く入りて、本心を失えるが故に、此の好き色・香の薬に於いて、而も美からずと謂えり。父は是の念を作さく、『此の子は愍れむべし。毒に中てられて、心皆顛倒せり。我れを見て喜び、救療を求索すと雖も、是の如き好き薬を、而も肯えて服せず。我れ今当に方便を設けて、此の薬を服せしむべし』と。即ち是の言を作す、『汝等は当に知るべし、我れ今衰老して、死する時已に至れり。是の好き良薬を、今留めて此に在く。汝は取りて服すべし。瘥えざらんことを憂うること勿れ』と。是の教えを作し已りて、復た他国に至り、使いを遣わして還りて告げしむ、『汝が父は已に死せり』と。是の時、諸子は父の背喪を聞き、心大いに憂悩して、是の念を作さく、『若し父在さば、我等を慈愍して、能く救護したまわん。今者、我等を捨てて、遠く他国に喪したもう』と。自ら惟うに孤露にして、復た恃怙無しと。常に悲感を懐くに、心遂に醒悟し、乃ち此の薬の色・味・香の美なるを知り、即ち取りて之を服し、毒病は皆愈ゆ。其の父は子の悉く已に瘥ゆるを得たるを聞き、尋いで便ち来り帰りて、咸く之を見せしむ。」 「諸の善男子よ、意に於いて云何。頗る人の、能く此の良医の虚妄の罪を説く有りや否や。」「不なり、世尊よ。」仏の言わく、「我れも亦た是の如し。成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫なり。衆生の為の故に、方便力を以て、当に滅度すべしと言う。亦た能く法の如く我が虚妄の過を説く者有ること無し。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
現代語訳
「その子どもたちの中で、本心を失わなかった者は、この良薬の色と香りが共によいのを見て、すぐに飲み、病はすっかり治りました。他の本心を失った者は、父が来たのを見て、やはり喜んで挨拶し、病を治してほしいと求めましたが、薬を与えても、飲もうとしません。なぜなら、毒の気が深く入って本心を失っているので、このよい色と香りの薬を、美しくないと思うからです。父はこう考えました。『この子たちは哀れだ。毒に当たって、心がみな逆さまになっている。私を見て喜び、救いを求めはするが、このようなよい薬を飲もうとしない。いま、方便を設けて、この薬を飲ませよう』と。そこでこう言いました。『あなたたちは知りなさい。私は今、年老いて衰え、死ぬ時がきた。このよい良薬を、今ここに置いていく。あなたたちは取って飲みなさい。治らないことを心配してはいけない』と。この教えを残して、また他の国へ行き、使いを遣わして帰らせ、こう告げさせました。『あなたたちの父は、すでに亡くなりました』と。このとき子どもたちは、父が亡くなったと聞いて、心に深く悲しみ、こう思いました。『もし父がいてくださったら、私たちを慈しみ、救ってくださっただろう。いま、私たちを捨てて、遠い他国で亡くなってしまった』と。自分たちはみなしごで、もう頼れる人がいないと思って、常に悲しみを抱くうちに、心はついに目覚め、この薬の色、味、香りがすぐれていることを知り、すぐに取って飲み、毒の病はすべて治りました。父は、子どもたちがすっかり治ったと聞いて、まもなく帰ってきて、みなに姿を見せました。」 「善男子たちよ、どう思いますか。この良医に、虚妄の罪があると言える人がいるでしょうか。」「いいえ、世尊よ。」仏は言われました。「私もまたそのとおりです。成仏してから、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫が経っています。衆生のために、方便の力で、まもなく滅度すると言いました。しかも、法のとおりに私の虚妄の過ちを説ける者はいません。」 そのとき世尊は、重ねてこの意味を述べようとして、偈を説いて言われました。
解説

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