法華経 / 譬喻品第三(15)
到於空地,離諸苦難。長者見子,得出火宅,住於四衢,坐師子座、而自慶言,我今快樂。 此諸子等,生育甚難,愚小無知,而入險宅。多諸毒蟲,魑魅可畏,大火猛炎、四面俱起, 而此諸子、貪著嬉戲,我已救之,令得脫難。是故諸人,我今快樂。爾時諸子、知父安坐, 皆詣父所、而白父言,願賜我等,三種寶車。如前所許,諸子出來,當以三車、隨汝所欲, 今正是時,惟垂給與。長者大富,庫藏眾多,金銀琉璃、硨磲瑪瑙,以眾寶物、造諸大車。 莊校嚴飾,周匝欄楯,四面懸鈴,金繩交絡。真珠羅網,張施其上,金華諸瓔,處處垂下, 眾彩雜飾,周匝圍繞,柔軟繒纊,以為茵蓐。上妙細疊,價值千億,鮮白淨潔,以覆其上。 有大白牛,肥壯多力,形體姝好,以駕寶車。多諸儐從,而侍衛之。以是妙車,等賜諸子。 諸子是時,歡喜踴躍,乘是寶車,遊於四方,嬉戲快樂,自在無礙。告舍利弗,我亦如是, 眾聖中尊,世間之父。一切眾生,皆是吾子,深著世樂,無有慧心。三界無安,猶如火宅, 眾苦充滿,甚可怖畏,常有生老、病死憂患,如是等火,熾燃不息。如來已離,三界火宅, 寂然閒居,安處林野。今此三界,皆是我有,其中眾生,悉是吾子。而今此處,多諸患難,
新字:到於空地,離諸苦難。長者見子,得出火宅,住於四衢,坐師子座、而自慶言,我今快楽。 此諸子等,生育甚難,愚小無知,而入険宅。多諸毒虫,魑魅可畏,大火猛炎、四面倶起, 而此諸子、貪著嬉戯,我已救之,令得脱難。是故諸人,我今快楽。爾時諸子、知父安坐, 皆詣父所、而白父言,願賜我等,三種宝車。如前所許,諸子出来,当以三車、随汝所欲, 今正是時,惟垂給与。長者大富,庫蔵衆多,金銀琉璃、硨磲瑪瑙,以衆宝物、造諸大車。 荘校厳飾,周匝欄楯,四面懸鈴,金縄交絡。真珠羅網,張施其上,金華諸瓔,処処垂下, 衆彩雑飾,周匝囲繞,柔軟繒纊,以為茵蓐。上妙細畳,価値千億,鮮白浄潔,以覆其上。 有大白牛,肥壮多力,形体姝好,以駕宝車。多諸儐従,而侍衛之。以是妙車,等賜諸子。 諸子是時,歓喜踴躍,乗是宝車,遊於四方,嬉戯快楽,自在無礙。告舎利弗,我亦如是, 衆聖中尊,世間之父。一切衆生,皆是吾子,深著世楽,無有慧心。三界無安,猶如火宅, 衆苦充満,甚可怖畏,常有生老、病死憂患,如是等火,熾燃不息。如来已離,三界火宅, 寂然閒居,安処林野。今此三界,皆是我有,其中衆生,悉是吾子。而今此処,多諸患難,
書き下し
空地に到りて、諸の苦難を離る。長者子の火宅を出でて、四衢に住するを見、師子座に坐して、自ら慶びて言わく、我今快楽なり、と。 此の諸子等は、生育甚だ難きに、愚小無知にして、険宅に入れり。多くの毒虫、魑魅畏る可く、大火猛炎、四面に倶に起こる、 而るに此の諸子は、嬉戯に貪著せり、我已に之を救い、脱難を得しめたり。是の故に諸人よ、我今快楽なり、と。爾の時、諸子は、父の安坐するを知りて、 皆父の所に詣りて、父に白して言わく、願わくは我等に、三種の宝車を賜え。前に許したまいし所の如く、諸子出で来たらば、当に三車を以て、汝が欲する所に随うべし、と。 今正に是れ時なり、惟だ垂れて給与したまえ。長者は大富にして、庫蔵衆多なり、金銀・琉璃・硨磲・瑪瑙、衆の宝物を以て、諸の大車を造る。 荘校厳飾し、周匝して欄楯あり、四面に鈴を懸け、金縄交絡す。真珠の羅網、其の上に張り施し、金華の諸瓔、処処に垂下す。 衆彩雑飾して、周匝して囲繞し、柔軟の繒纊を、以て茵蓐と為す。上妙の細畳、価値千億、鮮白浄潔にして、以て其の上を覆う。 大白牛有り、肥壮にして力多く、形体姝好にして、以て宝車に駕す。多くの儐従ありて、之を侍衛す。是の妙車を以て、等しく諸子に賜う。 諸子是の時、歓喜踴躍し、是の宝車に乗りて、四方に遊び、嬉戯快楽し、自在無礙なり。舎利弗に告ぐ、我も亦是の如し、 衆聖の中尊、世間の父なり。一切衆生は、皆是れ吾が子なるに、深く世楽に著して、慧心有ること無し。三界は安きこと無く、猶火宅の如し、 衆苦充満して、甚だ怖畏す可し、常に生老・病死の憂患有り、是の如き等の火、熾燃して息まず。如来は已に離れたり、三界の火宅を、 寂然として閑居し、林野に安処す。今此の三界は、皆是れ我が有なり、其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり。而るに今此の処は、多く諸の患難あり、
現代語訳
空き地に着き、さまざまな苦難を離れました。長者は子どもたちが火の家を出て、四つ辻に座っているのを見て、獅子座に坐り、自ら喜んで言いました。私は今、うれしい。この子どもたちは、育てるのが非常に難しかったのに、愚かで幼く無知で、危険な家に入ってしまった。毒虫が多く、魑魅が恐ろしく、大火が猛り、四面から一度に起こった。しかしこの子どもたちは遊びに夢中だったが、私はすでに彼らを救い、難から逃れさせた。だから皆さん、私は今うれしいのだ、と。そのとき子どもたちは、父が安らかに座っているのを知り、みな父のもとに行って申し上げました。どうか私たちに、三種の宝の車をください。以前お許しくださったとおり、子どもたちが出てきたら、三つの車を、望みのままに与えるとおっしゃいました。今がその時です。どうかお与えください。長者は大金持ちで、倉庫は多く、金銀、瑠璃、しゃこ、めのうなど、数々の宝物で、さまざまな大きな車を作りました。荘厳に飾り、周囲に欄干をめぐらし、四面に鈴を懸け、金の縄を交わし、真珠の網をその上に張り、金の花や飾りを、あちこちに垂らしました。多彩な飾りで取り巻き、柔らかい絹綿を、敷物とし、きわめて上質の細かい織物は、値は千億にもなり、鮮やかに白く清らかで、その上を覆いました。大きな白牛がいて、肥え太って力が強く、形が美しく、宝の車を引かせました。多くの従者が、これを守り仕えています。この妙なる車を、等しく子どもたちに与えました。子どもたちはそのとき、喜び躍り、この宝の車に乗り、四方に遊び、戯れて楽しみ、自在でさわりがありませんでした。舎利弗に告げます。私もまたこのようなのです。聖者たちの中で最も尊く、世間の父です。すべての衆生は皆私の子ですが、深く世の楽しみに執着し、智慧の心がありません。三界は安らぎがなく、火の家のようで、多くの苦しみが満ち、実に恐ろしく、常に生老病死の憂いがあり、これらの火が燃えさかって止むことがありません。如来はすでに三界の火の家を離れ、静かにのどかに暮らし、林や野に安らいでいます。今この三界は、すべて私の所有であり、その中の衆生は、すべて私の子です。しかし今この場所は、多くの災難があり、
解説

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法華経・譬喻品第三(9)「舎利弗、爾の時、長者各諸子に、等しく一の大車を賜う。其の車は高広にして、衆宝もて荘校し、周匝して欄楯あり、四面に鈴を懸く。又其の上に、幰蓋を張設し、亦珍奇の雑宝を以て之を厳飾し、宝縄交絡し、諸の華纓を垂れ、重ねて婉筵を敷き、丹枕を安置す。駕するに白牛を以てす、膚色充潔にして、形体姝好に、大筋力有り、行歩平正にして、其の疾きこと風の如し。又多く僕従ありて、之を侍衛す。所以は何ん。是の大長者は、財富無量にして、種種の諸蔵、悉く皆充溢せり。而して是の念を作す、我が財物は極まり無し、下劣の小車を以て、諸子等に与うべからず、今此の幼童は、皆是れ吾が子にして、愛偏党無し、我是の如き七宝の大車有り、其の数無量なり、応当に等心にして、各各之に与うべし、宜しく差別すべからず、と。所以は何ん。我が此の物を以て、一国に周給すとも、猶尚匱しからず、何に況んや諸子をや、と。是の時、諸子各大車に乗り、未曽有なることを得、本の望む所に非ず。」 「舎利弗、汝が意に於いて云何、是の長者、等しく諸子に珍宝の大車を与うるは、寧ろ虚妄有りや否や。」舎利弗言さく、「不なり、世尊、是の長者は、但諸子をして火難を免れ、其の軀命を全うせしむ、虚妄と為すに非ず。何を以ての故に。若し身命を全うせば、便ち已に玩好の具を得たりと為す、況んや復方便して、彼の火宅に於いて之を抜済せるをや。世尊、若し是の長者、乃至最小の一車をも与えずとも、猶虚妄ならず。何を以ての故に。是の長者、先に是の意を作せり、『我方便を以て、子をして出づることを得しむ』と。是の因縁を以て、虚妄無きなり。何に況んや長者、自ら財富無量なるを知り、諸子を饒益せんと欲して、等しく大車を与うるをや。」
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法華経・譬喻品第三(12)「舎利弗、彼の長者の、諸子等の安穏に火宅を出でて、無畏の処に到るを見、自ら財富無量なりと惟い、等しく大車を以て諸子に賜うが如く、如来も亦復是の如し。一切衆生の父として、若し無量億千の衆生の、仏教の門を以て三界の苦、怖畏の険道を出でて、涅槃の楽を得るを見ば、如来爾の時便ち是の念を作す、『我に無量無辺の智慧・力・無畏等、諸仏の法蔵有り。是の諸の衆生は、皆是れ我が子なり、等しく大乗を与えて、人の独り滅度を得ること有らしめじ』と。皆如来の滅度を以て、之を滅度せしむ。是の諸の衆生の三界を脱する者には、悉く諸仏の禅定・解脱等の娯楽の具を与う、皆是れ一相・一種にして、聖の称歎する所、能く浄妙第一の楽を生ず。」 「舎利弗、彼の長者の、初め三車を以て諸子を誘引し、然して後に但大車の、宝物荘厳して、安穏第一なるを与うるも、然も彼の長者は虚妄の咎無きが如く、如来も亦復是の如く、虚妄有ること無し。初め三乗を説きて衆生を引導し、然して後に但大乗を以て之を度脱す。何を以ての故に。如来には無量の智慧・力・無所畏の諸法の蔵有りて、能く一切衆生に大乗の法を与えんも、但尽くは能く受けざればなり。」 「舎利弗、是の因縁を以て、当に知るべし、諸仏の方便力の故に、一仏乗に於いて、分別して三を説きたまえり。」 仏、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説きて言わく、
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法華経・譬喻品第三(14)摧折し墮落し、牆壁崩倒す。諸の鬼神等、声を揚げて大いに叫ぶ。雕鷲の諸鳥、鳩槃荼等、周章惶怖して、自ら出づること能わず。 悪獣・毒虫、孔穴に蔵れ竄れ、毗舎闍鬼も亦其の中に住し、福徳薄きが故に、火に逼られ、共に相残害し、血を飲み肉を啖らう。 野干の属は、並びに已に前に死し、諸の大悪獣、競い来たりて食啖す。臭煙烽烰として、四面に充塞す。蜈蚣・蚰蜒、毒蛇の類、 火に焼かれ、争い走りて穴を出づれば、鳩槃荼鬼、随いて取りて之を食らう。又諸の餓鬼、頭上に火燃え、饑渇熱悩し、周章し悶え走る。 其の宅は是の如く、甚だ怖畏す可く、毒害火災、衆難一に非ず。是の時、宅主は、門外に在りて立ち、人の言える有るを聞く、汝が諸子等、 先に遊戯に因りて、来たりて此の宅に入り、稚小無知にして、歓娯し楽著す、と。長者聞き已りて、驚きて火宅に入り、方に宜しく救済して、焼害すること無からしむべし。 諸子に告喻して、衆の患難を説く、悪鬼・毒虫、災火蔓延し、衆苦次第に、相続して絶えず。毒蛇・蚖蝮、及び諸の夜叉、 鳩槃荼鬼、野干・狐狗、雕鷲・鴟梟、百足の属、饑渇し悩み急にして、甚だ怖畏す可し。此の苦難の処、況んや復大火をや。 諸子無知にして、父の誨えを聞くと雖も、猶故に楽著し、嬉戯して已まず。是の時、長者、是の念を作す、諸子此の如くんば、我が愁悩を益すなり。 今此の舎宅、一も楽しむ可き無きに、而も諸子等、耽湎して嬉戯し、我が教えを受けず、将に火の害を為さんとす。即便ち思惟して、諸の方便を設け、 諸子等に告ぐ、我に種種の、珍玩の具、妙宝の好車、羊車・鹿車、大牛の車有り、今門外に在り。汝等出で来たれ、 吾汝等の為に、此の車を造作せり、意の楽う所に随いて、以て遊戯す可し、と。諸子是の如き諸車を説くを聞き、即時に奔競し、馳走して出づ。
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法華経・譬喻品第三(7)「舎利弗、若し国邑聚落に、大長者有り、其の年衰邁にして、財富無量、多く田宅、及び諸の僮僕有り。其の家広大にして、唯一門のみ有り、多くの人衆、一百、二百、乃至五百人、其の中に止住す。堂閣朽故し、牆壁隤落し、柱根腐敗し、梁棟傾危して、周匝して倶時に、欻然として火起こり、舎宅を焚焼す。長者の諸子、若しは十、二十、或いは三十に至るまで、此の宅の中に在り。長者是の大火の四面より起こるを見て、即ち大いに驚怖し、是の念を作す、『我は此の焼くる所の門より、安穏に出づることを得と雖も、而も諸子等は、火宅の内に於いて、嬉戯に楽著し、覚らず知らず、驚かず怖れず、火来たりて身に逼り、苦痛己に切なるも、心に厭患せず、出づる意を求むること無し』と。」 「舎利弗、是の長者是の思惟を作す、『我が身手に力有り、当に衣祴を以て、若しは几案を以て、舎より之を出だすべし』と。復更に思惟す、『是の舎は、唯一門のみ有りて、復狭小なり。諸子は幼稚にして、未だ識る所有らず、戯処に恋著し、或いは当に墮落して、火の為に焼かるべし。我当に為に怖畏の事を説き、此の舎已に焼く、宜しく時に疾く出づべし、火の為に焼害せらしむること勿れと言うべし』と。是の念を作し已りて、思惟する所の如く、具さに諸子に告ぐ、汝等速やかに出でよ、と。父憐愍して、善言をもて誘喩すと雖も、而も諸子等は嬉戯に楽著し、信受を肯んぜず、驚かず畏れず、了に出づる心無し。亦復何者か是れ火、何者か是れ舎、云何なるを失と為すかを知らず、但東西に走戯して、父を視るのみ。」
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法華経・譬喻品第三(10)仏、舎利弗に告げたまわく、「善きかな善きかな、汝が言う所の如し。舎利弗、如来も亦復是の如く、則ち一切世間の父たり。諸の怖畏・衰悩・憂患・無明闇蔽に於いて、永く尽くして余無く、而も悉く無量の知見・力・無所畏を成就し、大神力及び智慧力有り、方便・智慧波羅蜜を具足し、大慈・大悲、常に懈倦無く、恒に善事を求めて、一切を利益す。而して三界の朽故の火宅に生まれて、衆生の生老病死・憂悲・苦悩・愚癡・闇蔽・三毒の火を度し、教化して阿耨多羅三藐三菩提を得しめんが為なり。諸の衆生の、生老病死・憂悲・苦悩の為に焼煮せらるるを見、亦五欲・財利の故に、種種の苦を受け、又貪著・追求するを以ての故に、現に衆苦を受け、後に地獄・畜生・餓鬼の苦を受け、若しは天上に生まれ、及び人間に在りても、貧窮困苦・愛別離苦・怨憎会苦、是の如き等の種種の諸苦あるを見る。衆生其の中に没在して、歓喜遊戯し、覚らず知らず、驚かず怖れず、亦厭を生ぜず、解脱を求めず。此の三界の火宅に於いて、東西に馳走し、大苦に遭うと雖も、以て患いと為さず。舎利弗、仏此れを見已りて、便ち是の念を作す、『我は衆生の父たり、応に其の苦難を抜き、無量無辺の仏の智慧の楽を与えて、其れをして遊戯せしむべし』と。」 「舎利弗、如来復是の念を作す、『若し我、但神力及び智慧力を以て、方便を捨てて、諸の衆生の為に如来の知見・力・無所畏を讃めば、衆生は是を以て度することを得じ。所以は何ん。是の諸の衆生は、未だ生老病死・憂悲・苦悩を免れずして、三界の火宅に焼かる、何に由りてか能く仏の智慧を解せん』と。」
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法華経・譬喻品第三(8)「爾の時、長者即ち是の念を作す、『此の舎已に大火の焼く所と為る、我及び諸子若し時に出でずば、必ず焚かるる所と為らん、我今当に方便を設け、諸子等をして斯の害を免るることを得しむべし』と。父、諸子の先の心に各好む所有り、種種の珍玩奇異の物には、情必ず楽著せんと知れり。而して之に告げて言わく、『汝等が玩好する所の、稀有にして得難きもの、汝若し取らずば、後に必ず憂悔せん。此の如き種種の羊車・鹿車・牛車、今門外に在り、以て遊戯す可し。汝等此の火宅に於いて、宜しく速やかに出で来たるべし、汝が欲する所に随いて、皆当に汝に与うべし』と。爾の時、諸子、父の説く所の珍玩の物を聞き、其の願いに適うが故に、心各勇鋭にして、互いに相推排し、競い共に馳走して、争いて火宅を出づ。是の時、長者、諸子等の安穏に出づることを得て、皆四衢道中の、露地に坐し、復障礙無きを見て、其の心泰然として、歓喜踴躍す。時に諸子等各父に白して言わく、『父先に許したまいし玩好の具、羊車・鹿車・牛車、願わくは時に賜与したまえ』と。」