法華経 / 信解品第四(8)
遙見其子,默而識之,即敕使者、追捉將來。窮子驚喚,迷悶躄地,是人執我,必當見殺, 何用衣食、使我至此。長者知子,愚癡狹劣,不信我言,不信是父。即以方便,更遣餘人, 眇目矬陋、無威德者,汝可語之,云當相雇,除諸糞穢,倍與汝價。窮子聞之,歡喜隨來, 為除糞穢,淨諸房舍。長者於牖、常見其子,念子愚劣,樂為鄙事。於是長者,著敝垢衣, 執除糞器,往到子所,方便附近,語令勤作。既益汝價,並塗足油,飲食充足,薦席厚暖, 如是苦言、汝當勤作,又以軟語、若如我子。長者有智,漸令入出,經二十年,執作家事, 示其金銀、真珠玻璃、諸物出入,皆使令知。猶處門外,止宿草庵,自念貧事,我無此物。 父知子心,漸已廣大,欲與財物,即聚親族、國王大臣、剎利居士。於此大眾,說是我子, 捨我他行、經五十歲,自見子來、已二十年,昔於某城,而失是子,周行求索,遂來至此。 凡我所有、舍宅人民,悉以付之,恣其所用。子念昔貧,志意下劣,今於父所、大獲珍寶, 並及舍宅、一切財物,甚大歡喜,得未曾有。佛亦如是,知我樂小,未曾說言,汝等作佛,
新字:遥見其子,黙而識之,即勅使者、追捉将来。窮子驚喚,迷悶躄地,是人執我,必当見殺, 何用衣食、使我至此。長者知子,愚痴狭劣,不信我言,不信是父。即以方便,更遣余人, 眇目矬陋、無威徳者,汝可語之,云当相雇,除諸糞穢,倍与汝価。窮子聞之,歓喜随来, 為除糞穢,浄諸房舎。長者於牖、常見其子,念子愚劣,楽為鄙事。於是長者,著敝垢衣, 執除糞器,往到子所,方便附近,語令勤作。既益汝価,並塗足油,飲食充足,薦席厚暖, 如是苦言、汝当勤作,又以軟語、若如我子。長者有智,漸令入出,経二十年,執作家事, 示其金銀、真珠玻璃、諸物出入,皆使令知。猶処門外,止宿草庵,自念貧事,我無此物。 父知子心,漸已広大,欲与財物,即聚親族、国王大臣、刹利居士。於此大衆,説是我子, 捨我他行、経五十歳,自見子来、已二十年,昔於某城,而失是子,周行求索,遂来至此。 凡我所有、舎宅人民,悉以付之,恣其所用。子念昔貧,志意下劣,今於父所、大獲珍宝, 並及舎宅、一切財物,甚大歓喜,得未曽有。仏亦如是,知我楽小,未曽説言,汝等作仏,
書き下し
遙かに其の子を見て、黙して之を識り、即ち使者に敕して、追い捉えて将い来らしむ。窮子、驚き喚び、迷悶して地に躄れ、是の人、我を執う、必ず当に殺さるべし、何ぞ衣食を用って、我をして此に至らしむるや、と。 長者、子の愚癡狭劣にして、我が言を信ぜず、是れ父なりと信ぜざるを知り、即ち方便を以て、更に余人を遣わす。 眇目矬陋にして、威徳無き者なり、汝、之に語るべし、当に相雇いて、諸の糞穢を除かしむべし、倍して汝に価を与えん、と。窮子、之を聞き、歓喜して随い来り、 為に糞穢を除き、諸の房舎を浄む。長者、牖に於て、常に其の子を見、子の愚劣にして鄙事を楽うを念い、是に於て長者、敝垢の衣を著、 除糞の器を執り、子の所に往到して、方便して附近し、語りて勤め作さしむ。既に汝が価を益し、並びに足に塗る油を与え、飲食充足し、薦席厚く暖かなり、 是くの如き苦言、汝、当に勤め作すべし、又、軟語を以て、我が子の若く如くせん、と。長者は智有り、漸く出入せしめ、二十年を経て、家事を執作せしむ、 其の金銀、真珠、玻瓈、諸物の出入を示して、皆知らしむ。猶お門外に処し、草庵に止宿して、自ら貧事を念う、我に此の物無し、と。 父、子の心の漸く已に広大なるを知り、財物を与えんと欲して、即ち親族、国王、大臣、刹利、居士を聚め、此の大衆に於て、是れ我が子なり、と説く、 我を捨てて他行し、五十歳を経たり、子の来るを見てより、已に二十年なり、昔、某城に於て、是の子を失い、周行して求索し、遂に来りて此に至れり、 凡そ我が所有の舎宅、人民、悉く以て之に付す、其の用うる所を恣にせしむ、と。子は昔の貧にして、志意下劣なるを念い、今、父の所に於て、大いに珍宝を獲、 並びに舎宅、一切の財物を及ぼして、甚だ大いに歓喜し、未曾有なることを得たり。仏も亦是くの如く、我が小を楽うを知りて、未だ曾て説いて言わず、汝等作仏すべし、と、
現代語訳
長者は遠くからわが子を見て、黙ってそれと見分け、すぐに使者に命じて追いかけて捕まえさせ、連れて来させました。窮子は驚いて叫び、目がくらんで地に倒れ伏し、この人は私を捕らえた、きっと殺されるに違いない、衣食を得るために、なぜこんな所に来てしまったのか、と思いました。 長者は、子が愚かで心が狭く、自分の言葉を信じず、これが父だとも信じられないことを知り、方便を使って、さらに別の人を遣わしました。片目が不自由で背が低く醜く、威厳のない者です。長者はその人に言いました。「あの子に話しなさい。雇って、様々な汚物を除く仕事をさせる、賃金は倍出す、と」。窮子はそれを聞いて喜んでついて来て、汚物を取り除き、家々の部屋を清めました。長者は窓から常にその子を見て、愚かで劣り、卑しい仕事を好むことを思い、そこで自分も粗末で垢じみた衣を着て、掃除の道具を持ち、子のもとへ行き、方便を使って近づき、励んで働くよう語りました。すでにあなたの賃金を増やし、足に塗る油も与えた。飲食は十分で、敷物は厚く暖かい。このような厳しい言葉でも、あなたはしっかり励みなさい。また優しい言葉で、わが子のようにしよう、と。長者は智慧があり、少しずつ出入りさせ、二十年を経て家の仕事を任せました。金銀や真珠、玻璃など、物の出入りを示して、すべて知らせました。それでもなお門の外に住み、草の庵に泊まり、自分は貧しい、私にはこんな物はない、と思っていました。 父は子の心がしだいに広くなったことを知り、財物を与えようとして、親族、国王、大臣、武人、在家の有力者を集め、この大衆の前で、これは私の子だと宣言しました。私を捨てて他へ行き、五十年を経た。子の来るのを見てから、すでに二十年になる。昔、ある城でこの子を失い、各地を巡って探し、ついにここに来た。私の持つ家や人民をことごとくこの子に託し、思うままに用いさせよう、と。子は昔の貧しさと、志の低かったことを思い、今、父のもとで大いに宝を得て、家屋も一切の財物も受け、とても喜び、かつてない思いを得ました。仏もこのとおりで、私たちが小さな教えを好むと知って、これまで、あなたたちは仏になれる、とは説かれませんでした。
解説

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法華経・信解品第四(4)「爾の時、長者、将に其の子を誘引せんと欲して、方便を設け、密かに二人を遣わす。形色憔悴して、威徳無き者なり。『汝、彼に詣りて、徐ろに窮子に語れ、此に作す処有り、倍して汝に値を与えん、と。窮子、若し許さば、将い来りて、作さしめよ。若し、何の作す所をか欲すると言わば、便ち之に語るべし、汝を雇いて糞を除かしむ、我ら二人も、亦汝と共に作さん、と。』時に二使人、即ち窮子を求め、既に已に之を得て、具に上の事を陳ぶ。爾の時、窮子、先ず其の価を取り、尋いで糞を除く。其の父、子を見て、愍れみて之を怪しむ。又他日を以て、窓牖の中より、遙かに子の身を見るに、羸瘦憔悴し、糞土塵坌して、汚穢不浄なり。即ち瓔珞、細軟の上服、厳飾の具を脱ぎ、更に粗敝垢膩の衣を著け、塵土身に坌し、右手に除糞の器を執持し、状、畏るる所有るが如し。諸の作人に語る、『汝等、勤めて作せ、懈息することを得る勿れ』と。方便を以ての故に、其の子に近づくことを得たり。後に復告げて言わく、『咄、男子よ、汝、常に此に作せ、復余に去ること勿れ、当に汝が価を加うべし。諸有る所需、盆器、米麺、塩酢の属、自ら疑難すること莫れ、亦老敝の使人有り、需むる者には相給せん、好く自ら意を安んぜよ、我、汝が父の如し、復憂慮すること勿れ。所以は何ん。我は年老大にして、汝は少壮なり、汝、常に作す時、欺怠、瞋恨、怨言有ること無く、都て汝に此の諸悪有ること、余の作人の如きを見ず、自今已後は、所生の子の如くせん』と。即時に長者、更に字を与え、之を名づけて児と為す。爾の時、窮子、此の遇を欣ぶと雖も、猶故自ら謂えらく、客作の賤人なりと。是の故に由りて、二十年の中に於て、常に糞を除かしむ。是を過ぎて已後、心相体信し、入出に難無けれども、然も其の止まる所は、猶本処に在り。」
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法華経・信解品第四(7)我等、今日、仏の音教を聞き、歓喜踊躍して、未曾有なることを得たり。仏は説きたまう、声聞も、当に作仏することを得べし、と。無上の宝聚、求めずして自ら得たり。 譬えば童子の、幼稚にして無識なる、父を捨てて逃げ逝き、遠く他土に到り、諸国を周流すること、五十余年なるが如し。其の父は憂念し、四方に推求す、 之を求むること既に疲れて、頓に一城に止まり、舎宅を造立し、五欲もて自ら娯しむ。其の家は巨富にして、多く金銀、硨磲、瑪瑙、真珠、瑠璃、 象馬牛羊、輦輿車乗、田業僮僕あり、人民衆多にして、出内息利、乃ち他国に遍く、商估賈人、処として有らざる無し、 千万億の衆、囲繞し恭敬し、常に王者の愛念する所と為り、群臣豪族、皆共に宗重す。諸の縁を以ての故に、往来する者衆し、 豪富なること是くの如く、大力勢有り。而も年朽邁して、益々子を憂念し、夙夜に惟念すらく、死する時将に至らんとす、癡子、我を捨てて、五十余年なり、 庫蔵の諸物、当に之を如何すべき、と。爾の時、窮子、衣食を求索し、邑より邑に、国より国に至り、或いは得る所有り、或いは得る所無く、 飢餓羸瘦して、体に瘡癬を生じ、漸次に経歴して、父の住む城に到り、傭賃展転して、遂に父の舎に至る。爾の時、長者、其の門内に於て、 大宝帳を施し、師子座に処し、眷属囲繞し、諸人侍衛し、或いは計算する有り、金銀宝物、財産を出内し、券疏に注記す。 窮子、父の豪貴尊厳なるを見て、謂えらく、是れ国王、若しくは国王に等しき者ならん、と。驚怖して自ら怪しむ、何が故に此に至れるや、と。覆た自ら念言すらく、我、若し久しく住まらば、 或いは逼迫せられ、強いて駆り使い作さしめられん、と。思惟し是れ已りて、馳せ走りて去り、貧里を借問して、往きて傭作せんと欲す。長者、是の時、師子座に在りて、
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法華経・信解品第四(2)「世尊、我等今者、譬喩を説きて以て斯の義を明らかにせんと楽う。譬えば人有りて、年既に幼稚にして、父を捨てて逃げ逝き、久しく他国に住すること、或いは十、二十、五十歳に至り、年既に長大にして、加えて復窮困し、四方に馳騁して、以て衣食を求め、漸漸に遊行して、遇たま本国に向かう。其の父は先に来たりて、子を求むれども得ず、中ごろ一城に止まれり。其の家は大富にして、財宝無量なり、金・銀・琉璃・珊瑚・琥珀・玻璃・珠等あり、其の諸の倉庫は、悉く皆盈溢し、多く僮僕・臣佐・吏民あり、象・馬・車乗・牛羊、無数なり、出入息利は、乃ち他国に遍く、商估・賈客も亦甚だ衆多なり。時に貧窮の子、諸の聚落に遊び、国邑を経歴して、遂に其の父の止まる所の城に到る。父母は子を念い、子と離別すること五十余年なるも、未だ曽て人に此の如き事を説かず、但自ら思惟して、心に悔恨を懐く、自ら念えらく、老朽して、多く財物あり、金銀珍宝、倉庫盈溢すれども、子息無し、一旦終没せば、財物散失して、委付する所無からん、是を以て殷勤に、毎に其の子を憶う、と。復是の念を作す、『我若し子を得て、財物を委付せば、坦然として快楽し、復憂慮無けん』と。」
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法華経・信解品第四(3)「世尊、爾の時窮子、傭賃して展転し、遇たま父の舎に到り、門側に住立す。遙かに其の父の、師子の床に踞し、宝几もて足を承け、諸の婆羅門・刹利・居士、皆恭敬して囲繞し、真珠の瓔珞、価値千万なるを以て、其の身を荘厳し、吏民・僮僕、手に白払を執りて、左右に侍立するを見る。覆うに宝帳を以てし、諸の華幡を垂れ、香水を地に灑ぎ、衆の名華を散らし、宝物を羅列し、出内取与す、是の如き等の種種の厳飾有りて、威徳特に尊し。窮子父の大力勢有るを見て、即ち恐怖を懐き、此に来たりしを悔ゆ。竊かに是の念を作す、此れ或いは是れ王、或いは是れ王に等しき者にして、我が傭力して物を得る処に非ず、如かず貧里に往至せんには、力を肆にするに地有り、衣食得易し、若し久しく此に住せば、或いは逼迫せられ、強いて我に作さしめん、と。是の念を作し已りて、疾く走りて去る。」 「時に富める長者は師子座に於いて、子を見て便ち識り、心に大歓喜す。即ち是の念を作す、『我が財物庫蔵、今付する所有り、我常に此の子を思念すれども、之を見るに由無し、而るに忽ち自ら来たる、甚だ我が願いに適えり、我年朽ちたりと雖も、猶故貪惜す』と。即ち傍人を遣わし、急ぎ追いて将い還らしむ。爾の時使者、疾く走りて往きて捉う。窮子驚愕し、怨みを称えて大いに喚ぶ、『我は相犯さず、何為れぞ捉えらるるや』と。使者之を執ること愈急にして、強いて牽きて将い還る。時に窮子、自ら罪無きに囚執せらると念い、此れ必ず定めて死なんと、転た更に惶怖し、悶絶して地に躄る。父遙かに之を見て、使に語りて言わく、『此の人を需いず、強いて将い来たること勿れ、冷水を以て面に灑ぎ、醒悟することを得しめよ、復与に語ること莫れ』と。所以は何ん。父其の子の、志意下劣なるを知り、自ら豪貴にして、子の難とする所と為るを知り、審らかに是れ子なりと知れども、方便を以て、他人に語らず、是れ我が子なりと云わず。使者之に語る、『我今汝を放つ、意の趨く所に随え』と。窮子歓喜し、未曽有なることを得て、地より起ちて、貧里に往至し、以て衣食を求む。」
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法華経・信解品第四(5)「世尊、爾の時、長者、疾有り、自ら死の久しからざるを知る。窮子に語りて言わく、『我、今、多く金銀珍宝有り、倉庫盈ち溢れたり。其の中の多少、取り与うべき所は、汝、悉く之を知れ。我が心、是くの如し、当に此の意を体すべし。所以は何ん。今、我と汝と、便ち異ならず、宜しく用心を加え、漏失せしむること無かれ』と。爾の時、窮子、即ち教勅を受け、衆物、金銀珍宝、及び諸の庫蔵を領知すれども、一餐を希い取る意無し。然も其の止まる所は、故に本処に在り、下劣の心も、亦未だ捨つること能わず。復少時を経て、父、子の意、漸く已に通泰して、大志を成就し、先の心を自ら鄙しむを知る。終らんと欲する時に臨みて、其の子に命じ、並びに親、族、国王、大臣、刹利、居士を会し、皆悉く已に集まるや、即ち自ら宣言す、『諸君、当に知るべし、此れは是れ我が子にして、我が生む所なり、某の城の中に於て、吾を捨てて逃走し、伶俜辛苦すること、五十余年なり、其の本の字は某、我が名は某甲、昔、本城に在りて、憂いを懐きて推覓し、忽ちに此の間に於て、遇い会いて之を得たり、此れは実に我が子、我は実に其の父なり、今、我が所有の一切の財物は、皆是れ子の有なり、先に出内する所は、是れ子の知る所なり』と。世尊、是の時、窮子、父の此の言を聞き、即ち大いに歓喜し、未曾有なることを得て、是の念を作さく、我、本心に希求する所有ること無かりしに、今、此の宝蔵、自然にして至れり、と。」
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法華経・信解品第四(6)「世尊、大富の長者は、則ち是れ如来なり、我等は皆、仏子に似たり、如来は常に説きたまわく、我等を子と為す、と。世尊、我等は三苦を以ての故に、生死の中に於て、諸の熱悩を受け、迷惑無知にして、小法を楽著す。今日、世尊、我等をして諸法の戯論の糞を思惟し捐除せしめたまう、我等、其の中に於て勤めて精進を加え、涅槃の一日の価を得るに至れり、既に此れを得已りて、心大いに歓喜し、自ら以て足れりと為し、便ち自ら謂いて言わく、仏法の中に於て勤め精進せるが故に、得る所宏多なり、と。然るに世尊、先に我等が心の敝欲に著し、小法を楽うを知りて、便ち縦捨せられ、為に分別せず、汝等、当に如来の知見の宝蔵の分有るべし、と。世尊、方便力を以て、如来の智慧を説きたまうに、我等、仏に従いて、涅槃の一日の価を得て、以て大いに得たりと為し、此の大乗に於て、志求有ること無し。我等、又、如来の智慧に因りて、諸の菩薩の為に、開示演説すれども、自ら此に於て志願有ること無し。所以は何ん。仏は我等が心の小法を楽うを知り、方便力を以て、我等に随いて説きたまうに、我等は真に是れ仏子なることを知らず。今、我等、方に世尊の仏智慧に於て、吝惜する所無きことを知れり。所以は何ん。我等、昔より来、真に是れ仏子なるに、但だ小法を楽えり、若し我等、大を楽う心有らば、仏は則ち我が為に大乗の法を説きたまわん。此の経の中に於て、唯だ一乗を説きたまう、而るに昔、菩薩の前に於て、声聞の小法を楽う者を毀呰したまいしは、然も仏は実に大乗を以て教化したまえるなり、是の故に我等、本より心に希求する所有ること無し、と説く。今、法王の大宝、自然にして至れり、仏子の応に得べき所の如きは、皆已に之を得たり。」 爾の時、摩訶迦葉、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説きて言わく、