法華経 / 如來壽量品第十六(4)
「又善男子,諸佛如來,法皆如是,為度眾生,皆實不虛。譬如良醫,智慧聰達,明練方藥,善治眾病。其人多諸子息,若十二十,乃至百數,以有事緣,遠至餘國。諸子於後,飲他毒藥,藥發,悶亂,宛轉於地。是時其父還來歸家,諸子飲毒,或失本心,或不失者,遙見其父,皆大歡喜,拜跪,問訊,善安隱歸:『我等愚癡,誤服毒藥,願見救療,更賜壽命。』父見子等苦惱如是,依諸經方,求好藥草,色香美味,皆悉具足,搗篩和合,與子令服,而作是言:『此大良藥,色香美味、皆悉具足,汝等可服,速除苦惱,無復眾患。』」
新字:「又善男子,諸仏如来,法皆如是,為度衆生,皆実不虚。譬如良医,智慧聰達,明練方薬,善治衆病。其人多諸子息,若十二十,乃至百数,以有事縁,遠至余国。諸子於後,飲他毒薬,薬発,悶乱,宛転於地。是時其父還来帰家,諸子飲毒,或失本心,或不失者,遥見其父,皆大歓喜,拝跪,問訊,善安隠帰:『我等愚痴,誤服毒薬,願見救療,更賜寿命。』父見子等苦悩如是,依諸経方,求好薬草,色香美味,皆悉具足,搗篩和合,与子令服,而作是言:『此大良薬,色香美味、皆悉具足,汝等可服,速除苦悩,無復衆患。』」
書き下し
「又た善男子よ、諸仏如来は、法は皆是の如くにして、衆生を度せんが為に、皆実にして虚ならず。譬えば良医の、智慧聡達にして、方薬に明練し、善く衆病を治す。其の人に諸の子息多く、若しは十、二十、乃至百数あり。事の縁有るを以て、遠く余国に至る。諸子は後に於いて、他の毒薬を飲み、薬発して、悶乱し、地に宛転す。是の時、其の父は還り来りて家に帰る。諸子の毒を飲めるは、或いは本心を失い、或いは失わざる者あり。遙かに其の父を見て、皆大いに歓喜し、拝跪し問訊す、『善く安穏に帰りたまえり。我等は愚癡にして、誤りて毒薬を服せり。願わくは救療を見て、更に寿命を賜え』と。父は子等の苦悩せること是の如くなるを見て、諸の経方に依りて、好き薬草の、色・香・美味、皆悉く具足せるを求め、搗き篩い和合して、子に与えて服せしめ、是の言を作す、『此の大良薬は、色・香・美味、皆悉く具足せり。汝等は服すべし。速やかに苦悩を除き、復た衆患無けん』と。」
現代語訳
「また、善男子たちよ、諸仏如来の法は、みなこのようなもので、衆生を救うために、すべて真実で偽りではありません。たとえば、智慧にすぐれ、薬の調合に通じ、あらゆる病をよく治す、よい医者がいるとします。その人には、十人、二十人、百人にもなる多くの子がいました。ある用事があって、遠く他の国に出かけました。子どもたちは、その後で他の毒薬を飲み、薬が効いて、もだえ苦しみ、地面に転げ回りました。このとき父は帰ってきて家に着きます。子どもたちが毒を飲んだ状態は、本心を失った者もあれば、失っていない者もありました。遠くから父を見て、みな大いに喜び、ひざまずいて挨拶しました。『ご無事でお帰りになりました。私たちは愚かで、誤って毒薬を飲みました。どうか救い治してください、そして私たちの命を取り戻してください』と。父は、子どもたちが苦しんでいる様子を見て、さまざまな医書に従い、色、香り、味がすべてそなわったよい薬草を求め、つき、ふるい、混ぜ合わせて、子どもたちに与えて飲ませ、こう言いました。『この大良薬は、色、香り、味がすべてそなわっています。あなたたちは飲みなさい。すぐに苦しみが除かれ、もう病に悩むことはなくなります』と。」
解説

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法華経・如來壽量品第十六(5)「其の諸子の中に、心を失わざる者は、此の良薬の、色・香俱に好きを見て、即便ち之を服し、病は尽く除き愈ゆ。余の心を失える者は、其の父の来れるを見て、亦た歓喜し問訊して、病を治せんことを求索すと雖も、然も其の薬を与うるに、肯えて服せず。所以は何ん。毒気深く入りて、本心を失えるが故に、此の好き色・香の薬に於いて、而も美からずと謂えり。父は是の念を作さく、『此の子は愍れむべし。毒に中てられて、心皆顛倒せり。我れを見て喜び、救療を求索すと雖も、是の如き好き薬を、而も肯えて服せず。我れ今当に方便を設けて、此の薬を服せしむべし』と。即ち是の言を作す、『汝等は当に知るべし、我れ今衰老して、死する時已に至れり。是の好き良薬を、今留めて此に在く。汝は取りて服すべし。瘥えざらんことを憂うること勿れ』と。是の教えを作し已りて、復た他国に至り、使いを遣わして還りて告げしむ、『汝が父は已に死せり』と。是の時、諸子は父の背喪を聞き、心大いに憂悩して、是の念を作さく、『若し父在さば、我等を慈愍して、能く救護したまわん。今者、我等を捨てて、遠く他国に喪したもう』と。自ら惟うに孤露にして、復た恃怙無しと。常に悲感を懐くに、心遂に醒悟し、乃ち此の薬の色・味・香の美なるを知り、即ち取りて之を服し、毒病は皆愈ゆ。其の父は子の悉く已に瘥ゆるを得たるを聞き、尋いで便ち来り帰りて、咸く之を見せしむ。」 「諸の善男子よ、意に於いて云何。頗る人の、能く此の良医の虚妄の罪を説く有りや否や。」「不なり、世尊よ。」仏の言わく、「我れも亦た是の如し。成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫なり。衆生の為の故に、方便力を以て、当に滅度すべしと言う。亦た能く法の如く我が虚妄の過を説く者有ること無し。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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法華経・信解品第四(2)「世尊、我等今者、譬喩を説きて以て斯の義を明らかにせんと楽う。譬えば人有りて、年既に幼稚にして、父を捨てて逃げ逝き、久しく他国に住すること、或いは十、二十、五十歳に至り、年既に長大にして、加えて復窮困し、四方に馳騁して、以て衣食を求め、漸漸に遊行して、遇たま本国に向かう。其の父は先に来たりて、子を求むれども得ず、中ごろ一城に止まれり。其の家は大富にして、財宝無量なり、金・銀・琉璃・珊瑚・琥珀・玻璃・珠等あり、其の諸の倉庫は、悉く皆盈溢し、多く僮僕・臣佐・吏民あり、象・馬・車乗・牛羊、無数なり、出入息利は、乃ち他国に遍く、商估・賈客も亦甚だ衆多なり。時に貧窮の子、諸の聚落に遊び、国邑を経歴して、遂に其の父の止まる所の城に到る。父母は子を念い、子と離別すること五十余年なるも、未だ曽て人に此の如き事を説かず、但自ら思惟して、心に悔恨を懐く、自ら念えらく、老朽して、多く財物あり、金銀珍宝、倉庫盈溢すれども、子息無し、一旦終没せば、財物散失して、委付する所無からん、是を以て殷勤に、毎に其の子を憶う、と。復是の念を作す、『我若し子を得て、財物を委付せば、坦然として快楽し、復憂慮無けん』と。」
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法華経・信解品第四(8)遙かに其の子を見て、黙して之を識り、即ち使者に敕して、追い捉えて将い来らしむ。窮子、驚き喚び、迷悶して地に躄れ、是の人、我を執う、必ず当に殺さるべし、何ぞ衣食を用って、我をして此に至らしむるや、と。 長者、子の愚癡狭劣にして、我が言を信ぜず、是れ父なりと信ぜざるを知り、即ち方便を以て、更に余人を遣わす。 眇目矬陋にして、威徳無き者なり、汝、之に語るべし、当に相雇いて、諸の糞穢を除かしむべし、倍して汝に価を与えん、と。窮子、之を聞き、歓喜して随い来り、 為に糞穢を除き、諸の房舎を浄む。長者、牖に於て、常に其の子を見、子の愚劣にして鄙事を楽うを念い、是に於て長者、敝垢の衣を著、 除糞の器を執り、子の所に往到して、方便して附近し、語りて勤め作さしむ。既に汝が価を益し、並びに足に塗る油を与え、飲食充足し、薦席厚く暖かなり、 是くの如き苦言、汝、当に勤め作すべし、又、軟語を以て、我が子の若く如くせん、と。長者は智有り、漸く出入せしめ、二十年を経て、家事を執作せしむ、 其の金銀、真珠、玻瓈、諸物の出入を示して、皆知らしむ。猶お門外に処し、草庵に止宿して、自ら貧事を念う、我に此の物無し、と。 父、子の心の漸く已に広大なるを知り、財物を与えんと欲して、即ち親族、国王、大臣、刹利、居士を聚め、此の大衆に於て、是れ我が子なり、と説く、 我を捨てて他行し、五十歳を経たり、子の来るを見てより、已に二十年なり、昔、某城に於て、是の子を失い、周行して求索し、遂に来りて此に至れり、 凡そ我が所有の舎宅、人民、悉く以て之に付す、其の用うる所を恣にせしむ、と。子は昔の貧にして、志意下劣なるを念い、今、父の所に於て、大いに珍宝を獲、 並びに舎宅、一切の財物を及ぼして、甚だ大いに歓喜し、未曾有なることを得たり。仏も亦是くの如く、我が小を楽うを知りて、未だ曾て説いて言わず、汝等作仏すべし、と、
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法華経・藥草喻品第五(2)「爾の時、無数千万億種の衆生、仏の所に来至して、法を聴く。如来、時に於て、是の衆生の諸根の利鈍、精進、懈怠を観て、其の堪うる所に随いて、為に法を説きたもうこと、種種無量にして、皆歓喜せしめ、快く善利を得しむ。」 「是の諸の衆生、是の法を聞き已りて、現世は安穏に、後生は善処にして、道を以て楽を受け、亦た法を聞くことを得。既に法を聞き已りて、諸の障礙を離れ、諸法の中に於て、力の能う所に任せ、漸く道に入るを得。彼の大雲の、一切の卉木叢林、及び諸の薬草に雨ふらして、其の種性の如く、具足して蒙潤し、各生長することを得るが如し。」 「如来の説法は、一相一味なり、所謂、解脱相、離相、滅相にして、究竟して一切種智に至る。其れ衆生有りて、如来の法を聞き、若しくは持ち読誦し、説の如く修行せば、得る所の功徳、自ら覚知せず。所以は何ん。唯だ如来のみ、此の衆生の種相体性を知る、何の事を念い、何の事を思い、何の事を修し、云何に念い、云何に思い、云何に修し、何の法を以て念い、何の法を以て思い、何の法を以て修し、何の法を以て何の法を得るかを。衆生は種種の地に住す、唯だ如来のみ、如実に之を見て、明了にして礙げ無し。彼の卉木叢林、諸の薬草等の、自ら上中下の性を知らざるが如し。如来は是の一相一味の法を知る、所謂、解脱相、離相、滅相、究竟涅槃、常寂滅相にして、終に空に帰す。仏、是れを知り已りて、衆生の心欲を観て、之を将護す、是の故に即ちには、為に一切種智を説かず。汝等迦葉、甚だ稀有なりと為す、能く如来の宜しきに随いて説法したもうを知り、能く信じ能く受く。所以は何ん。諸仏世尊、宜しきに随いて説法したもうこと、解し難く知り難し。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説きて言わく、
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法華経・如來壽量品第十六(7)我が此の土は安穏にして、天・人常に充満せり。園林・諸の堂閣、種種の宝もて荘厳し、宝樹に花果多くして、衆生の遊楽する所なり。諸天は天鼓を撃ちて、常に衆の伎楽を作し、曼陀羅華を雨らして、仏及び大衆に散ず。 我が浄土は毀れざるに、而も衆は焼け尽くと見、憂怖の諸の苦悩、是の如く悉く充満せり。是の諸の罪の衆生は、悪業の因縁を以て、阿僧祇劫を過ぐれども、三宝の名を聞かず。 諸の功徳を修め、柔和質直なる者有らば、則ち皆我が身の、此に在りて法を説くを見る。或る時は此の衆の為に、仏寿無量なりと説き、久しくして乃ち仏を見る者には、為に仏は値い難しと説く。 我が智力は是の如く、慧光は無量を照らし、寿命は無数劫なり。久しく業を修して得る所なり。汝等有智の者は、此に於いて疑いを生ずること勿れ。当に断じて永く尽きしむべし。仏語は実にして虚ならず。 医の善き方便をもって、狂子を治せんが為の故に、実には在るに而も死すと言うに、能く虚妄を説くもの無きが如し。我れも亦た為れ世の父として、諸の苦患を救う者なり。凡夫の顛倒せるが為に、実には在るに而も滅すと言う。 常に我れを見るを以ての故に、而も憍恣の心を生じ、放逸にして五欲に著し、悪道の中に堕せん。我れ常に衆生の、道を行ずると、道を行ぜざるとを知り、度すべき所に随いて、為に種種の法を説く。 毎に自ら是の意を作す、何を以てか衆生をして、無上の慧に入り、速やかに仏身を成就することを得せしめんと。
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法華経・譬喻品第三(15)空地に到りて、諸の苦難を離る。長者子の火宅を出でて、四衢に住するを見、師子座に坐して、自ら慶びて言わく、我今快楽なり、と。 此の諸子等は、生育甚だ難きに、愚小無知にして、険宅に入れり。多くの毒虫、魑魅畏る可く、大火猛炎、四面に倶に起こる、 而るに此の諸子は、嬉戯に貪著せり、我已に之を救い、脱難を得しめたり。是の故に諸人よ、我今快楽なり、と。爾の時、諸子は、父の安坐するを知りて、 皆父の所に詣りて、父に白して言わく、願わくは我等に、三種の宝車を賜え。前に許したまいし所の如く、諸子出で来たらば、当に三車を以て、汝が欲する所に随うべし、と。 今正に是れ時なり、惟だ垂れて給与したまえ。長者は大富にして、庫蔵衆多なり、金銀・琉璃・硨磲・瑪瑙、衆の宝物を以て、諸の大車を造る。 荘校厳飾し、周匝して欄楯あり、四面に鈴を懸け、金縄交絡す。真珠の羅網、其の上に張り施し、金華の諸瓔、処処に垂下す。 衆彩雑飾して、周匝して囲繞し、柔軟の繒纊を、以て茵蓐と為す。上妙の細畳、価値千億、鮮白浄潔にして、以て其の上を覆う。 大白牛有り、肥壮にして力多く、形体姝好にして、以て宝車に駕す。多くの儐従ありて、之を侍衛す。是の妙車を以て、等しく諸子に賜う。 諸子是の時、歓喜踴躍し、是の宝車に乗りて、四方に遊び、嬉戯快楽し、自在無礙なり。舎利弗に告ぐ、我も亦是の如し、 衆聖の中尊、世間の父なり。一切衆生は、皆是れ吾が子なるに、深く世楽に著して、慧心有ること無し。三界は安きこと無く、猶火宅の如し、 衆苦充満して、甚だ怖畏す可し、常に生老・病死の憂患有り、是の如き等の火、熾燃して息まず。如来は已に離れたり、三界の火宅を、 寂然として閑居し、林野に安処す。今此の三界は、皆是れ我が有なり、其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり。而るに今此の処は、多く諸の患難あり、