法華経 / 從地湧出品第十五(2)
是諸菩薩從地出已,各詣虛空七寶妙塔多寶如來、釋迦牟尼佛、所,到已、向二世尊頭面禮足、及至諸寶樹下師子座上佛所、亦皆作禮,右繞三匝,合掌恭敬,以諸菩薩種種讚法、而以讚歎,住在一面,欣樂瞻仰於二世尊。是諸菩薩摩訶薩,從初湧出,以諸菩薩種種讚法、而讚於佛,如是時間、經五十小劫。是時釋迦牟尼佛默然而坐,及諸四眾、亦皆默然五十小劫,佛神力故,令諸大眾謂如半日。爾時四眾亦以佛神力故,見諸菩薩、遍滿無量百千萬億國土虛空。 是菩薩眾中、有四導師,一、名上行,二、名無邊行,三、名淨行,四、名安立行,是四菩薩,於其眾中、最為上首唱導之師,在大眾前,各共合掌,觀釋迦牟尼佛、而問訊言:「世尊,少病、少惱,安樂行否,所應度者,受教易否,不令世尊生疲勞耶?」 爾時四大菩薩而說偈言: 世尊安樂,少病少惱,教化眾生,得無疲倦。又諸眾生、受化易否,不令世尊,生疲勞耶。
新字:是諸菩薩従地出已,各詣虚空七宝妙塔多宝如来、釈迦牟尼仏、所,到已、向二世尊頭面礼足、及至諸宝樹下師子座上仏所、亦皆作礼,右繞三匝,合掌恭敬,以諸菩薩種種讃法、而以讃嘆,住在一面,欣楽瞻仰於二世尊。是諸菩薩摩訶薩,従初湧出,以諸菩薩種種讃法、而讃於仏,如是時間、経五十小劫。是時釈迦牟尼仏黙然而坐,及諸四衆、亦皆黙然五十小劫,仏神力故,令諸大衆謂如半日。爾時四衆亦以仏神力故,見諸菩薩、遍満無量百千万億国土虚空。 是菩薩衆中、有四導師,一、名上行,二、名無辺行,三、名浄行,四、名安立行,是四菩薩,於其衆中、最為上首唱導之師,在大衆前,各共合掌,観釈迦牟尼仏、而問訊言:「世尊,少病、少悩,安楽行否,所応度者,受教易否,不令世尊生疲労耶?」 爾時四大菩薩而説偈言: 世尊安楽,少病少悩,教化衆生,得無疲倦。又諸衆生、受化易否,不令世尊,生疲労耶。
書き下し
是の諸の菩薩は地より出で已りて、各、虚空の七宝の妙塔の多宝如来・釈迦牟尼仏の所に詣り、到り已りて、二世尊に向かい頭面に足を礼し、及び諸の宝樹下の師子座上の仏の所に至りても、亦た皆礼を作し、右に繞ること三匝し、合掌し恭敬して、諸の菩薩の種種の讃法を以て、而も讃歎し、住して一面に在りて、欣楽して二世尊を瞻仰す。是の諸の菩薩摩訶薩は、初め湧出せしより、諸の菩薩の種種の讃法を以て、而も仏を讃め、是の如くして時の間、五十小劫を経たり。是の時、釈迦牟尼仏は黙然として坐したまい、及び諸の四衆も、亦た皆黙然たること五十小劫なり。仏の神力の故に、諸の大衆をして、半日の如しと謂わしむ。爾の時、四衆も、亦た仏の神力を以ての故に、諸の菩薩の、無量百千万億の国土の虚空に遍満せるを見る。 是の菩薩衆の中に、四導師有り。一を上行と名づけ、二を無辺行と名づけ、三を浄行と名づけ、四を安立行と名づく。是の四菩薩は、其の衆の中に於いて、最も上首唱導の師と為り、大衆の前に在りて、各共に合掌し、釈迦牟尼仏を観て問訊して言わく、「世尊、少病少悩にして、安楽に行じたもうや。度すべき所の者は、教えを受くること易きや。世尊をして疲労を生ぜしめざるや」と。 爾の時、四大菩薩、偈を説いて言わく、 世尊は安楽にして、少病少悩にいましますや。衆生を教化して、疲倦無きを得たもうや。又た諸の衆生は、化を受くること易きや。世尊をして、疲労を生ぜしめざるや。
現代語訳
これらの菩薩たちは、地から出ると、それぞれ虚空にある七宝の妙なる塔の中の多宝如来と釈迦牟尼仏のもとに行き、着くと二人の世尊に向かって頭を地につけて足を礼拝し、また、宝樹の下の獅子座にいる仏たちのところにも行って礼拝し、右回りに三度めぐり、合掌して恭敬し、菩薩たちのさまざまな讃歎の法で讃えて、片側に立ち、歓んで二人の世尊を仰ぎ見ました。この菩薩摩訶薩たちは、湧き出たときから、菩薩たちのさまざまな讃歎の法で仏を讃え、こうして五十小劫が過ぎました。そのあいだ釈迦牟尼仏は黙って坐しておられ、四衆もまた五十小劫のあいだ黙っていました。仏の神通力によって、大衆には半日ほどのように感じられました。そのとき四衆も、仏の神通力によって、これらの菩薩が無量百千万億の国土の虚空に満ちているのを見ました。 この菩薩衆の中に、四人の導師がいました。第一を上行、第二を無辺行、第三を浄行、第四を安立行といいます。この四人の菩薩は、その衆の中で最も上に立つ導き手で、大衆の前で、それぞれ合掌し、釈迦牟尼仏を見てお見舞いのことばを述べました。「世尊よ、お体の具合や悩みは少なく、安楽にお過ごしでしょうか。お救いになる人々は、教えを受けやすいでしょうか。世尊を疲れさせてはいないでしょうか」と。 そのとき四人の大菩薩は、偈を説いて言いました。 世尊は安楽で、病や悩みは少ないでしょうか。人々を教え導いて、疲れを覚えてはおられないでしょうか。また、人々は教えを受けやすいでしょうか。世尊を疲れさせてはいないでしょうか。
解説

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法華経・從地湧出品第十五(3)爾の時、世尊は、菩薩大衆の中に於いて是の言を作したまわく、「是の如し、是の如し。諸の善男子よ、如来は安楽にして、少病少悩なり。諸の衆生等は、化度すべきこと易くして、疲労有ること無し。所以は何ん。是の諸の衆生は、世世已来、常に我が化を受け、亦た過去の諸仏に於いて、恭敬し尊重して、諸の善根を種えたり。此の諸の衆生は、始め我が身を見、我が所説を聞きて、即ち皆信受して、如来の慧に入る。先に修習して小乗を学べる者を除く。是の如き人も、我れ今亦た是の経を聞くことを得しめて、仏慧に入らしめん」と。爾の時、諸の大菩薩、偈を説いて言わく、 善いかな善いかな、大雄世尊よ。諸の衆生等は、化度すべきこと易し。能く諸仏の、甚深の智慧を問い、聞き已りて信じ行ず。我等は随喜す。 時に世尊、上首の諸の大菩薩を讃歎したまわく、「善いかな、善いかな、善男子よ。汝等は能く如来に於いて、随喜の心を発せり」と。爾の時、弥勒菩薩、及び八千恒河沙の諸の菩薩衆は、皆是の念を作さく、「我等は昔より已来、是の如き大菩薩摩訶薩衆の、地より湧出し、世尊の前に住して、合掌し供養して、如来に問訊するを、見ず聞かず」と。 時に弥勒菩薩摩訶薩は、八千恒河沙の諸の菩薩等の心に念ずる所を知り、並びに自ら所疑を決せんと欲して、合掌して仏に向かい、偈を以て問いて曰く、
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法華経・從地湧出品第十五(4)無量千万億の、大衆の諸の菩薩は、昔より未だ曽て見ざる所なり。願わくは両足尊よ、説きたまえ。是れ何れの所より来り、何の因縁を以て集まれる。巨身にして大神通あり、智慧は思議し叵し、 其の志念は堅固にして、大忍辱力有り。衆生の見んことを楽う所なり。為た何れの所より来れる。一一の諸菩薩の、将いたる所の諸の眷属は、其の数量有ること無く、恒河沙等の如し。 或いは大菩薩の、六万恒沙を将いたる有り。是の如き諸の大衆は、一心に仏道を求む。是の諸の大師等の、六万恒河沙は、倶に来りて仏を供養し、及び是の経を護持す。 五万の恒沙を将いたるは、其の数は是れに過ぎたり。四万及び三万、二万より一万、一千一百等、乃至、一恒沙、半及び三四分、億万分の一、 千万那由他、万億の諸の弟子、乃至、半億に於いてすら、其の数は復た上に過ぎたり。百万より一万、一千及び一百、五十と一十、乃至、三二一、 単己にして眷属無く、独処を楽う者は、倶に仏の所に来れり。其の数は転た上に過ぎたり。是の如き諸の大衆は、若し人、籌を行じて数えば、恒沙劫を過ぐれども、猶お尽く知ること能わず。 是の諸の大威徳、精進の菩薩衆は、誰か其の為に法を説き、教化して成就せしめたる。誰より初めて発心し、何れの仏法を称揚し、誰の経を受持し行じ、何れの仏道を修習せる。 是の如き諸の菩薩の、神通・大智力あり、四方の地は震裂して、皆中より湧出せり。世尊よ、我れ昔より来た、未だ曽て是の事を見ず。願わくは其の所従の、国土の名号を説きたまえ。 我れ常に諸国を遊ぶに、未だ曽て是の衆を見ず。我れ此の衆の中に於いて、乃ち一人をも識らず。忽然として地より出ず。願わくは其の因縁を説きたまえ。今此の大会の、無量百千億の 是の諸の菩薩等は、皆此の事を知らんと欲す。是の諸の菩薩衆の、本末の因縁を、無量徳の世尊よ、惟だ願わくは衆の疑いを決したまえ。
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法華経・從地湧出品第十五(5)爾の時、釈迦牟尼の分身の諸仏、無量千万億の他方国土より来れる者は、八方の諸の宝樹の下の師子座の上に在りて、結跏趺坐したまえり。其の仏の侍者は、各各是の菩薩大衆の、三千大千世界の四方より地より湧出して、虚空に住せるを見て、各其の仏に白して言さく、「世尊、此の諸の無量無辺阿僧祇の菩薩大衆は、何れの所より来れる」と。爾の時、諸仏は各侍者に告げたまわく、「諸の善男子よ、且く須臾を待て。菩薩摩訶薩有り、名づけて弥勒と曰う。釈迦牟尼仏の授記したまう所にして、次後に仏と作らん。已に斯の事を問えり。仏、今之に答えたもう。汝等は自ら当に是に因りて聞くことを得べし」と。 爾の時、釈迦牟尼仏、弥勒菩薩に告げたまわく、「善いかな、善いかな、阿逸多よ、乃ち能く仏に是の如き大事を問えり。汝等は当に共に一心に、精進の鎧を被、堅固の意を発すべし。如来は今、諸仏の智慧、諸仏の自在神通の力、諸仏の師子奮迅の力、諸仏の威猛大勢の力を顕発し宣示せんと欲す」と。 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 当に精進し一心なるべし。我れ此の事を説かんと欲す。疑悔を得ること勿れ。仏智は思議し叵し。汝は今、信力を出して、忍と善とに住せよ。昔より未だ聞かざる法を、今皆当に聞くことを得べし。 我れ今、汝を安慰す。疑懼を懐くこと勿れ。仏に不実の語無く、智慧は量るべからず。得る所の第一の法は、甚深にして分別し叵し。是の如きを今当に説くべし。汝等は一心に聴け。
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法華経・見寶塔品第十一(5)爾の時、東方の釈迦牟尼仏の分身したまう所の、百千万億那由他恒河沙等の国土の中の諸仏、各各、法を説き、来たって此に集まりたもう。是の如く次第に十方の諸仏、皆悉く来集して、八方に坐したもう。爾の時、一一の方に、四百万億那由他の国土の諸仏如来、其の中に遍満したまえり。是の時、諸仏、各おの宝樹の下に在りて師子座に坐し、皆、侍者を遣わして釈迦牟尼仏に問訊せしめ、各おの宝華を斎すること掬に満てて、之に告げて言わく、 「善男子、汝、耆闍崛山の釈迦牟尼仏の所に往詣して、我が辞の如く曰え、『少病少悩にして、気力安楽に、及び菩薩・声聞衆、悉く安穏なりや。』と。此の宝華をもて、仏に散じて供養し、而も是の言を作せ、『彼の某甲仏、此の宝塔を開かんと欲するに与したもう。』と。諸仏の使いを遣わしたもうこと、亦復た是の如し。」 爾の時、釈迦牟尼仏、分身の仏の悉く已に来集して、各おの師子の座に坐したもうを見、皆、諸仏の与に同じく宝塔を開かんと欲したもうを聞きたもう。即ち座より起って、虚空の中に住したもう。一切の四衆、起立し合掌して、一心に仏を観たてまつる。是に於いて釈迦牟尼仏、右の指をもて七宝塔の戸を開きたもうに、大音声を出ずること、関鑰を卻けて、大城の門を開くが如し。即時に一切の衆会、皆、多宝如来の、宝塔の中に於いて師子座に坐し、全身散ぜず、禅定に入るが如くなるを見る。又、其の言を聞く、「善き哉、善き哉、釈迦牟尼仏、快く是の法華経を説きたもう。我、是の経を聴かんが為の故に、而も此に来至せり。」爾の時、四衆等、過去無量千万億劫に滅度したまえる仏の、是の如き言を説きたもうを見て、未曽有なりと歎じ、天の宝華聚をもて、多宝仏及び釈迦牟尼仏の上に散ず。
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法華経・從地湧出品第十五(9)仏は昔、釈種より出家して、伽耶に近き、菩提樹に坐したまえり。爾しより来、尚お未だ久しからず。此の諸の仏子等は、其の数量るべからず。久しく已に仏道を行じ、神通力に住す。 善く菩薩の道を学び、世間の法に染まざること、蓮華の水に在るが如し。地より湧出して、皆恭敬の心を起こし、世尊の前に住せり。是の事は思議し難し。云何ぞ信ずべけんや。 仏の得道は甚だ近く、成就したまう所は甚だ多し。願わくは衆の疑いを除くために、実の如く分別して説きたまえ。譬えば少壮の人の、年始めて二十五なるが、人に百歳の子を示すに、髪白くして面皺あり、 是れ等は我が所生なり、子も亦た是れを父と説かんに、父は少くして子は老ゆ。世を挙げて信ぜざる所なり。世尊も亦た是の如し。道を得たまいてより来、甚だ近し。是の諸の菩薩等は、志は固くして怯弱無く、 無量劫より来、菩薩の道を行じ、難問答に巧みにして、其の心に畏るる所無し。忍辱の心は決定し、端正にして威徳有り、十方の仏の讃めたもう所、善く能く分別して説く。 人の衆に在るを楽わず、常に禅定に在るを好む。仏道を求めんが為の故に、下の空の中に住せり。我等は仏より聞きて、此の事に於いて疑い無し。願わくは仏、未来の為に、演説して開解せしめたまえ。 若し此の経に於いて、疑いを生じ信ぜざる者有らば、即ち当に悪道に堕つべし。願わくは今解説したまえ。是の無量の菩薩は、云何ぞ少時に於いて、教化して発心せしめ、不退の地に住せしめたまいしや。
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法華経・從地湧出品第十五(6)爾の時、世尊、此の偈を説き已りて、弥勒菩薩に告げたまわく、「我れ今此の大衆に於いて汝等に宣告す。阿逸多よ、是の諸の大菩薩摩訶薩の、無量無数阿僧祇にして地より湧出せる、汝等が昔より未だ見ざる所の者は、我れ是の娑婆世界に於いて阿耨多羅三藐三菩提を得已りて、是の諸の菩薩を教化し示導し、其の心を調伏して、道意を発さしめたり。此の諸の菩薩は、皆是の娑婆世界の下、此の界の虚空の中に於いて住し、諸の経典に於いて、読誦し通利し、思惟し分別し、正しく憶念す。阿逸多よ、是の諸の善男子等は、衆に在りて多く所説あるを楽わず、常に静処を楽い、勤行精進して、未だ曽て休息せず。亦た人天に依止して住せず。常に深智を楽いて、障礙有ること無く、亦た常に諸仏の法を楽い、一心に精進して、無上慧を求む」と。 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 阿逸よ、汝当に知るべし。是の諸の大菩薩は、無数劫より来、仏の智慧を修習せり。悉く是れ我が所化にして、大道心を発さしめたり。此れ等は是れ我が子、是の世界に依止す。 常に頭陀の事を行じ、志は静処を楽い、大衆の憒鬧を捨てて、多く所説あるを楽わず。是の如き諸子等は、我が道法を学習し、昼夜に常に精進す。仏道を求めんが為の故に、 娑婆世界の、下方の空中に在りて住し、志念力は堅固にして、常に勤めて智慧を求め、種種の妙法を説きて、其の心に畏るる所無し。我れ伽耶城の、菩提樹下に坐して、 最正覚を成ずることを得、無上の法輪を転じ、爾して乃ち之を教化し、初めて道心を発さしめ、今皆不退に住し、悉く当に成仏することを得べし。我れ今実語を説く。汝等は一心に信ぜよ。 我れ久遠より来、是れ等の衆を教化せり。