法華経 / 安樂行品第十四(10)
智慧光明,如日之照,若於夢中,但見妙事,見諸如來,坐師子座,諸比丘眾,圍繞說法。 又見龍神,阿修羅等,數如恒沙,恭敬合掌,自見其身,而為說法,又見諸佛,身相金色。 放無量光,照於一切,以梵音聲,演說諸法,佛為四眾,說無上法,見身處中,合掌讚佛。 聞法歡喜,而為供養,得陀羅尼,證不退智,佛知其心,深入佛道,即為授記,成最正覺。 汝善男子,當於來世,得無量智,佛之大道,國土嚴淨,廣大無比,亦有四眾,合掌聽法。 又見自身,在山林中,修習善法,證諸實相,深入禪定,見十方佛。 諸佛身金色,百福相莊嚴,聞法為人說,常有是好夢。又夢作國王,捨宮殿眷屬,及上妙五欲,行詣於道場。 在菩提樹下,而處師子座,求道過七日,得諸佛之智。成無上道已,起而轉法輪,為四眾說法,經千萬億劫。 說無漏妙法,度無量眾生,後當入涅槃,如煙盡燈滅。若後惡世中,說是第一法,是人得大利,如上諸功德。
新字:智慧光明,如日之照,若於夢中,但見妙事,見諸如来,坐師子座,諸比丘衆,囲繞説法。 又見竜神,阿修羅等,数如恒沙,恭敬合掌,自見其身,而為説法,又見諸仏,身相金色。 放無量光,照於一切,以梵音声,演説諸法,仏為四衆,説無上法,見身処中,合掌讃仏。 聞法歓喜,而為供養,得陀羅尼,証不退智,仏知其心,深入仏道,即為授記,成最正覚。 汝善男子,当於来世,得無量智,仏之大道,国土厳浄,広大無比,亦有四衆,合掌聴法。 又見自身,在山林中,修習善法,証諸実相,深入禅定,見十方仏。 諸仏身金色,百福相荘厳,聞法為人説,常有是好夢。又夢作国王,捨宮殿眷属,及上妙五欲,行詣於道場。 在菩提樹下,而処師子座,求道過七日,得諸仏之智。成無上道已,起而転法輪,為四衆説法,経千万億劫。 説無漏妙法,度無量衆生,後当入涅槃,如煙尽灯滅。若後悪世中,説是第一法,是人得大利,如上諸功徳。
書き下し
智慧の光明は、日の照らすが如し。若し夢の中に於いて、但だ妙なる事を見ん。諸の如来の、師子座に坐して、諸の比丘衆の、囲繞して法を説くを見ん。 又た竜神・阿修羅等の、数は恒沙の如くなるが、恭敬し合掌するを見、自ら其の身の、為に法を説くを見ん。又た諸仏の、身相金色なるを見る。 無量の光を放ちて、一切を照らし、梵音声を以て、諸法を演説したもう。仏は四衆の為に、無上の法を説きたもう。身の中に処りて、合掌して仏を讃むるを見る。 法を聞きて歓喜し、而も供養を為し、陀羅尼を得、不退の智を証す。仏、其の心の、深く仏道に入れるを知りて、即ち為に授記して、最正覚を成ぜしむ。 「汝、善男子よ、当に来世に於いて、無量の智、仏の大道を得、国土は厳浄にして、広大なること比い無く、亦た四衆有りて、合掌して法を聴かん」と。 又た自ら身の、山林の中に在りて、善法を修習し、諸の実相を証し、深く禅定に入りて、十方の仏を見るを見る。 諸仏の身は金色にして、百福の相もて荘厳したもう。法を聞きて人の為に説かば、常に是の好き夢有らん。又た夢に国王と作り、宮殿・眷属、及び上妙の五欲を捨てて、道場に行き詣る。 菩提樹下に在りて、師子座に処し、道を求むること七日を過ぎて、諸仏の智を得。無上道を成じ已りて、起ちて法輪を転じ、四衆の為に法を説くこと、千万億劫を経ん。 無漏の妙法を説きて、無量の衆生を度し、後に当に涅槃に入ること、煙尽きて灯の滅するが如し。若し後の悪世の中に、是の第一の法を説かば、是の人は大利を得ること、上の如き諸の功徳あらん。
現代語訳
智慧の光明は、太陽が照らすようです。夢の中でも、ただすばらしいことを見るでしょう。諸の如来が獅子座に坐り、比丘たちに囲まれて法を説いておられるのを見ます。また、竜神や阿修羅などが、ガンジス川の砂ほどの数で、恭敬して合掌するのを見ます。自分の身が、その人々のために法を説いているのを見ます。また、諸仏の身が金色であるのを見ます。 仏は無数の光を放って一切を照らし、梵天のような声で諸法を説かれます。仏は四衆のために無上の法を説かれ、自分は人々の中にいて、合掌して仏を讃えているのを見ます。法を聞いて歓び、供養をして、陀羅尼を得、不退の智を証します。仏はその人の心が深く仏道に入っていることを知り、すぐに授記して、最高の正覚を成就させます。 「善男子よ、あなたは来世に、無量の智と仏の大道を得るでしょう。国土は荘厳で清らかで、広大で比べるものがなく、四衆もいて、合掌して法を聴くでしょう」と。 また、自分の身が山林の中にいて、善い法を修め、諸法の実相を証し、深く禅定に入って、十方の仏を見るのを見ます。諸仏の身は金色で、数々の福の相で飾られています。法を聞いて人のために説くなら、いつもこのような良い夢を見るでしょう。また、夢の中で国王となり、宮殿も家族も、すぐれた五欲もすべて捨てて、道場に行きます。 菩提樹の下で獅子座に坐り、道を求めて七日が過ぎ、諸仏の智を得ます。無上道を成じ終えると、起って法輪を転じ、四衆のために法を説くことは、千万億劫に及びます。煩悩のない妙法を説いて、無数の衆生を救い、その後に涅槃に入るさまは、煙が尽き灯が消えるようです。もし後の悪世にこの第一の法を説くなら、その人は大きな利益を得ます。上に述べたような諸々の功徳です。
解説

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