法華経 / 序品第一(4)
文殊師利,導師何故、眉間白毫,大光普照。雨曼陀羅、曼殊沙華,栴檀香風,悅可眾心。 以是因緣,地皆嚴淨,而此世界、六種震動。時四部眾、咸皆歡喜,身意快然,得未曾有。 眉間光明,照於東方,萬八千土,皆如金色,從阿鼻獄、上至有頂。諸世界中,六道眾生, 生死所趨、善惡業緣、受報好醜,於此悉見。又睹諸佛、聖主師子、演說經典,微妙第一。 其聲清淨,出柔軟音,教諸菩薩、無數億萬,梵音深妙,令人樂聞。各於世界,講說正法、 種種因緣。以無量喻,照明佛法,開悟眾生。若人遭苦,厭老病死,為說涅槃,盡諸苦際。 若人有福,曾供養佛,志求勝法,為說緣覺。若有佛子、修種種行,求無上慧,為說淨道。 文殊師利,我住於此,見聞若斯,及千億事,如是眾多,今當略說。我見彼土,恒沙菩薩, 種種因緣、而求佛道。或有行施,金銀珊瑚、真珠摩尼、硨磲瑪瑙、金剛諸珍,奴婢車乘、 寶飾輦輿,歡喜布施。回向佛道,願得是乘,三界第一,諸佛所歎。或有菩薩,駟馬寶車、
新字:文殊師利,導師何故、眉間白毫,大光普照。雨曼陀羅、曼殊沙華,栴檀香風,悦可衆心。 以是因縁,地皆厳浄,而此世界、六種震動。時四部衆、咸皆歓喜,身意快然,得未曽有。 眉間光明,照於東方,万八千土,皆如金色,従阿鼻獄、上至有頂。諸世界中,六道衆生, 生死所趨、善悪業縁、受報好醜,於此悉見。又睹諸仏、聖主師子、演説経典,微妙第一。 其声清浄,出柔軟音,教諸菩薩、無数億万,梵音深妙,令人楽聞。各於世界,講説正法、 種種因縁。以無量喩,照明仏法,開悟衆生。若人遭苦,厭老病死,為説涅槃,尽諸苦際。 若人有福,曽供養仏,志求勝法,為説縁覚。若有仏子、修種種行,求無上慧,為説浄道。 文殊師利,我住於此,見聞若斯,及千億事,如是衆多,今当略説。我見彼土,恒沙菩薩, 種種因縁、而求仏道。或有行施,金銀珊瑚、真珠摩尼、硨磲瑪瑙、金剛諸珍,奴婢車乗、 宝飾輦輿,歓喜布施。回向仏道,願得是乗,三界第一,諸仏所嘆。或有菩薩,駟馬宝車、
書き下し
文殊師利、導師何が故ぞ、眉間の白毫、大光普く照らす。曼陀羅・曼殊沙華を雨らし、栴檀の香風、衆の心を悦可す。 是の因縁を以て、地皆な厳浄にして、而も此の世界、六種に震動す。時に四部の衆、咸な皆な歓喜し、身意快然として、未曾有を得たり。 眉間の光明、東方、万八千土を照らして、皆な金色の如し。阿鼻獄より、上は有頂に至るまで、諸の世界の中の、六道の衆生、 生死の趨く所、善悪の業縁、報を受くる好醜、此に於いて悉く見る。又た諸仏、聖主師子の、経典を演説したもうを睹るに、微妙第一なり。 其の声清浄にして、柔軟の音を出だし、諸の菩薩、無数億万を教えたもう。梵音深妙にして、人をして聞くを楽わしむ。各おの世界に於いて、正法を講説したもう、 種種の因縁、無量の喩を以て、仏法を照明して、衆生を開悟したもう。若し人、苦に遭い、老病死を厭うには、為に涅槃を説いて、諸の苦の際を尽くさしめ、 若し人、福有りて、曾て仏を供養し、志して勝法を求むるには、為に縁覚を説き、若し仏子の、種種の行を修し、無上慧を求むる有らば、為に浄道を説きたもう。 文殊師利、我れ此に住して、見聞すること斯の若く、及び千億の事、是くの如く衆多なり。今、当に略して説くべし。我れ彼の土の、恒沙の菩薩の、 種種の因縁をもって、仏道を求むるを見る。或いは行施する有り、金銀・珊瑚、真珠・摩尼、硨磲・瑪瑙、金剛の諸珍、奴婢・車乗、 宝飾の輦輿、歓喜して布施し、仏道に回向して、是の乗を得んと願う。三界第一にして、諸仏の歎めたもう所なり。或いは菩薩有り、駟馬の宝車、
現代語訳
文殊師利よ、導師はなぜ眉間の白毫から大きな光を放ち、あまねく照らされるのでしょうか。曼陀羅華や曼殊沙華が降り、栴檀の香りの風が人々の心を喜ばせます。 この因縁によって、大地はすべて清らかに整えられ、この世界は六通りに震えました。そのとき四衆はみな歓喜し、身も心も心地よく、いまだかつてない思いを得ました。 眉間の光は東方の一万八千の国土を照らし、すべてが金色のようになりました。阿鼻地獄から上は有頂天にいたるまで、あらゆる世界の六道の衆生が見えます。 生死に赴く様子、善悪の業の縁、報いを受けて良い境遇か悪い境遇か、そのすべてがここから見えます。また諸仏、すなわち聖なる主であり獅子のような方々が、経典を説いておられるのも見えます。その教えは微妙で、第一のものです。 その声は清らかで、やわらかな音を出し、数えきれない億万の菩薩を教えておられます。梵天の音は深く妙で、聞く人に聞く喜びを与えます。それぞれの世界で正法を説いておられます。 さまざまな因縁と数多くの譬えによって仏法を明らかにし、人々を目覚めさせておられます。苦に遭い、老いや病や死を厭う人には涅槃を説いて、あらゆる苦の果てを尽くさせます。 福があり、かつて仏を供養し、すぐれた法を求める志をもつ人には縁覚の道を説き、仏子として種々の行を修め、この上ない智慧を求める人には清らかな道を説かれます。 文殊師利よ、私はここにいて、このように見聞きしており、千億にもおよぶ出来事がこのように多くあります。いま、そのあらましを述べましょう。私はあの国々で、ガンジス川の砂の数ほどの菩薩が、 さまざまな因縁によって仏道を求めているのを見ます。ある者は布施を行い、金銀、珊瑚、真珠、摩尼、硨磲、瑪瑙、金剛などの宝物、奴婢や車や乗り物、 宝で飾った輿などを喜んで施し、それを仏道に振り向けて、この大乗を得たいと願っています。大乗は三界で第一であり、諸仏が讃えられるものです。また、ある菩薩は、四頭立ての宝の車を、
解説

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法華経・序品第一(5)欄楯・華蓋・軒飾をもって布施す。復た菩薩の、身肉・手足、及び妻子を施して、無上道を求むるを見る。又た菩薩の、頭目・身体を、 欣楽して施与し、仏の智慧を求むるを見る。文殊師利、我れ諸王の、仏所に往詣して、無上道を問い、便ち楽土、宮殿・臣妾を捨て、 鬚髪を剃除して、法服を被るを見る。或いは菩薩の、比丘と作りて、独り閑静に処し、楽しんで経典を誦するを見る。又た菩薩の、勇猛精進して、 深山に入り、仏道を思惟するを見る。又た欲を離れ、常に空閑に処して、深く禅定を修し、五神通を得るを見る。又た菩薩の、安禅合掌して、 千万の偈をもって、諸の法王を讃うるを見る。復た菩薩の、智深く志固くして、能く諸仏に問い、聞きて悉く受持するを見る。又た仏子の、定慧具足して、 無量の喩をもって、衆の為に法を講じ、欣楽して法を説き、諸の菩薩を化し、魔の兵衆を破りて、法鼓を撃つを見る。又た菩薩の、寂然として宴默し、 天龍恭敬すれども、以て喜びと為さざるを見る。又た菩薩の、林に処して光を放ち、地獄の苦を済い、仏道に入らしむるを見る。又た仏子の、未だ嘗て睡眠せず、 林中に経行して、勤めて仏道を求むるを見る。又た戒を具して、威儀欠くること無く、浄きこと宝珠の如くにして、以て仏道を求むるを見る。又た仏子の、忍辱の力に住し、 増上慢の人の、悪み罵り捶ち打つも、皆な悉く能く忍びて、以て仏道を求むるを見る。又た菩薩の、諸の戯笑、及び癡の眷属を離れ、智者に親近し、 一心に乱を除き、念を山林に摂めて、億千万歳、以て仏道を求むるを見る。或いは菩薩の、肴膳・飲食、百種の湯薬を、仏及び僧に施すを見る。
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法華経・序品第一(10)「弥勒当に知るべし、爾の時の妙光菩薩は、豈に異人ならんや、我が身是れなり。求名菩薩は、汝が身是れなり。今此の瑞を見るに、本と異なること無し。是の故に惟忖するに、今日、如来、当に大乗経の妙法蓮華と名づくるを説き、菩薩を教うる法にして、仏の護念したまう所なるを説きたまうべし」と。 その時、文殊師利、大衆の中に於いて、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 我れ過去世の、無量無数劫を念うに、仏有りて人中の尊なり、号を日月燈明と曰う。 世尊、法を演説して、無量の衆生、無数億の菩薩を度し、仏の智慧に入らしめたまえり。 仏、未だ出家したまわざる時、生ぜる所の八王子は、大聖の出家したまうを見て、亦た随いて梵行を修せり。 時に仏、大乗を説きたまい、経を無量義と名づけ、諸の大衆の中に於いて、為に広く分別したまう。 仏、此の経を説き已りて、即ち法座の上に於いて、跏趺して三昧に坐したもう、無量義処と名づく。 天より曼陀華を雨らし、天鼓自然に鳴り、諸の天・龍・鬼神、人中の尊を供養す。 一切の諸の仏土、即時に大いに震動す。仏、眉間の光を放ち、諸の稀有の事を現じたもう。 此の光、東方の、万八千の仏土を照らし、一切衆生の、生死業報の処を示す。 諸の仏土の、衆宝をもって荘厳せるを見る有り、琉璃・玻璃の色なり、斯れ仏光の照らすに由る。 及び諸の天・人、龍神・夜叉の衆、乾闥・緊那羅の、各おの其の仏を供養するを見る。 又た諸の如来の、自然に仏道を成じたまえるを見る。身の色は金山の如く、端厳にして甚だ微妙なり、 浄き琉璃の中に、内に真金の像を現ずるが如し。世尊、大衆に在して、深き法義を敷演したもう。 一一の諸の仏土に、声聞の衆、無数なり。仏の光の照らす所に因りて、悉く彼の大衆を見る。 或いは諸の比丘の、山林の中に在りて、精進して浄戒を持つこと、猶し明珠を護るが如くなる有り。 又た諸の菩薩の、施・忍辱等を行ずること、其の数恒沙の如くなるを見る。斯れ仏光の照らすに由る。
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法華経・序品第一(7)その時、文殊師利、弥勒菩薩摩訶薩、及び諸の大士、善男子等に語る、「我が惟忖するが如きは、今、仏世尊、大法を説かんと欲し、大法の雨を雨らし、大法の螺を吹き、大法の鼓を撃ち、大法の義を演べんとす。諸の善男子、我れ過去の諸仏に於いて、曾て此の瑞を見る。斯の光を放ち已りて、即ち大法を説きたまえり。是の故に当に知るべし、今、仏の光を現ずるも、亦復た是くの如し。衆生をして、咸な一切世間の難信の法を聞知することを得しめんと欲す。故に斯の瑞を現じたもう」と。 「諸の善男子、過去の無量無辺不可思議阿僧祇劫の如き、爾の時に仏有り、号を日月燈明如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と曰う。正法を演説したもうに、初めも善く、中も善く、後も善く、其の義深遠に、其の語巧妙にして、純一無雑、清白の梵行の相を具足したまえり。声聞を求むる者の為には、応ずる四諦の法を説いて、生老病死を度し、涅槃を究竟せしめ、辟支仏を求むる者の為には、応ずる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には、応ずる六波羅蜜を説いて、阿耨多羅三藐三菩提を得しめ、一切種智を成ぜしめたまえり」と。
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法華経・序品第一(12)比丘・比丘尼の、其の数恒沙の如きも、倍復た精進を加えて、以て無上道を求む。 是の妙光法師は、仏の法蔵を奉持して、八十小劫の中、広く法華経を宣べたり。 是の諸の八王子は、妙光の開化する所にして、無上道に堅固にして、当に無数の仏を見るべし。 諸仏を供養し已りて、大道を随順して行じ、相い継いで成仏することを得て、転次に授記せらる。 最後の天中天は、号を燃燈仏と曰い、諸仙の導師として、無量の衆を度脱したまえり。 是の妙光法師に、時に一りの弟子有り、心に常に懈怠を懐き、名利に貪著せり。 名利を求めて厭くこと無く、多く族姓の家に遊び、習い誦するところを棄捨し、廃忘して通利せず。 是の因縁を以ての故に、之を号して求名と為す。亦た衆の善業を行じ、無数の仏を見ることを得、 諸仏を供養し、大道を随順して行じ、六波羅蜜を具して、今釈師子を見る。 其の後に当に作仏すべし、号を名づけて弥勒と曰い、広く諸の衆生を度すること、其の数、量有ること無からん。 彼の仏の滅度の後、懈怠せし者は汝是れなり。妙光法師は、今、則ち我が身是れなり。 我れ燈明仏の、本の光瑞の此の如くなるを見る。是を以て今の仏、法華経を説かんと欲するを知る。 今の相は本の瑞の如し、是れ諸仏の方便なり。今の仏、光明を放ちて、実相の義を助発したもう。 諸人よ、今当に知るべし、合掌し一心に待て。仏、当に法雨を雨らして、道を求むる者を充足せしめたもうべし。 諸の三乗を求むる人、若し疑悔有らば、仏、当に為に除断して、尽く余り有ること無からしめたもうべし。