法華経 / 序品第一(10)
「彌勒當知,爾時妙光菩薩、豈異人乎,我身是也,求名菩薩,汝身是也。今見此瑞、與本無異,是故惟忖,今日如來當說大乘經,名妙法蓮華、教菩薩法、佛所護念。」 爾時文殊師利於大眾中,欲重宣此義,而說偈言: 我念過去世,無量無數劫,有佛人中尊,號日月燈明。 世尊演說法,度無量眾生、無數億菩薩,令入佛智慧。 佛未出家時、所生八王子,見大聖出家,亦隨修梵行。 時佛說大乘,經名無量義,於諸大眾中,而為廣分別。 佛說此經已,即於法座上、跏趺坐三昧,名無量義處。 天雨曼陀華,天鼓自然鳴,諸天龍鬼神,供養人中尊。 一切諸佛土,即時大震動。佛放眉間光,現諸稀有事, 此光照東方,萬八千佛土,示一切眾生,生死業報處。 有見諸佛土,以眾寶莊嚴,琉璃玻璃色,斯由佛光照。 及見諸天人、龍神夜叉眾、乾闥緊那羅,各供養其佛。 又見諸如來,自然成佛道,身色如金山,端嚴甚微妙, 如淨琉璃中,內現真金像。世尊在大眾,敷演深法義。 一一諸佛土,聲聞眾無數,因佛光所照,悉見彼大眾。 或有諸比丘,在於山林中,精進持淨戒,猶如護明珠。 又見諸菩薩,行施忍辱等,其數如恒沙,斯由佛光照。
新字:「弥勒当知,爾時妙光菩薩、豈異人乎,我身是也,求名菩薩,汝身是也。今見此瑞、与本無異,是故惟忖,今日如来当説大乗経,名妙法蓮華、教菩薩法、仏所護念。」 爾時文殊師利於大衆中,欲重宣此義,而説偈言: 我念過去世,無量無数劫,有仏人中尊,号日月灯明。 世尊演説法,度無量衆生、無数億菩薩,令入仏智慧。 仏未出家時、所生八王子,見大聖出家,亦随修梵行。 時仏説大乗,経名無量義,於諸大衆中,而為広分別。 仏説此経已,即於法座上、跏趺坐三昧,名無量義処。 天雨曼陀華,天鼓自然鳴,諸天竜鬼神,供養人中尊。 一切諸仏土,即時大震動。仏放眉間光,現諸稀有事, 此光照東方,万八千仏土,示一切衆生,生死業報処。 有見諸仏土,以衆宝荘厳,琉璃玻璃色,斯由仏光照。 及見諸天人、竜神夜叉衆、乾闥緊那羅,各供養其仏。 又見諸如来,自然成仏道,身色如金山,端厳甚微妙, 如浄琉璃中,内現真金像。世尊在大衆,敷演深法義。 一一諸仏土,声聞衆無数,因仏光所照,悉見彼大衆。 或有諸比丘,在於山林中,精進持浄戒,猶如護明珠。 又見諸菩薩,行施忍辱等,其数如恒沙,斯由仏光照。
書き下し
「弥勒当に知るべし、爾の時の妙光菩薩は、豈に異人ならんや、我が身是れなり。求名菩薩は、汝が身是れなり。今此の瑞を見るに、本と異なること無し。是の故に惟忖するに、今日、如来、当に大乗経の妙法蓮華と名づくるを説き、菩薩を教うる法にして、仏の護念したまう所なるを説きたまうべし」と。 その時、文殊師利、大衆の中に於いて、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 我れ過去世の、無量無数劫を念うに、仏有りて人中の尊なり、号を日月燈明と曰う。 世尊、法を演説して、無量の衆生、無数億の菩薩を度し、仏の智慧に入らしめたまえり。 仏、未だ出家したまわざる時、生ぜる所の八王子は、大聖の出家したまうを見て、亦た随いて梵行を修せり。 時に仏、大乗を説きたまい、経を無量義と名づけ、諸の大衆の中に於いて、為に広く分別したまう。 仏、此の経を説き已りて、即ち法座の上に於いて、跏趺して三昧に坐したもう、無量義処と名づく。 天より曼陀華を雨らし、天鼓自然に鳴り、諸の天・龍・鬼神、人中の尊を供養す。 一切の諸の仏土、即時に大いに震動す。仏、眉間の光を放ち、諸の稀有の事を現じたもう。 此の光、東方の、万八千の仏土を照らし、一切衆生の、生死業報の処を示す。 諸の仏土の、衆宝をもって荘厳せるを見る有り、琉璃・玻璃の色なり、斯れ仏光の照らすに由る。 及び諸の天・人、龍神・夜叉の衆、乾闥・緊那羅の、各おの其の仏を供養するを見る。 又た諸の如来の、自然に仏道を成じたまえるを見る。身の色は金山の如く、端厳にして甚だ微妙なり、 浄き琉璃の中に、内に真金の像を現ずるが如し。世尊、大衆に在して、深き法義を敷演したもう。 一一の諸の仏土に、声聞の衆、無数なり。仏の光の照らす所に因りて、悉く彼の大衆を見る。 或いは諸の比丘の、山林の中に在りて、精進して浄戒を持つこと、猶し明珠を護るが如くなる有り。 又た諸の菩薩の、施・忍辱等を行ずること、其の数恒沙の如くなるを見る。斯れ仏光の照らすに由る。
現代語訳
「弥勒よ、知りなさい。そのときの妙光菩薩は、ほかの人でありましょうか。私の身がそれです。求名菩薩は、あなたの身がそれです。いまこの瑞相を見ると、かつてのものと異なるところがありません。それゆえ私は思うのです。今日、如来は、妙法蓮華という名の大乗経を説かれるでしょう。それは菩薩を教える法で、仏が心にかけて守られるものです」。 そのとき文殊師利は、大衆の中で、この意味を重ねて述べようとして、偈を説いて言いました。 私は過去の、数えきれないほどの昔を思います。そのとき仏がおられ、人々の中で尊い方で、日月燈明と号しました。 世尊は法を説いて、無数の衆生と無数億の菩薩を救い、仏の智慧に入らせられました。 仏がまだ出家されなかったときに生まれた八人の王子は、大聖が出家されたのを見て、彼らも従って清らかな行いを修めました。 そのとき仏は大乗を説かれ、その経を無量義といい、大衆の中で、広く丁寧に解き明かされました。 仏はこの経を説き終えると、すぐに法座の上で跏趺して三昧に入られました。その三昧を無量義処といいます。 天から曼陀華が降り、天の太鼓が自然に鳴り、天、龍、鬼神は、人々の中で尊い方を供養しました。 すべての仏国土は、その時、大きく震え動きました。仏は眉間から光を放ち、数々の稀有なことを現されました。 この光は東方の一万八千の仏国土を照らし、すべての衆生の、生死と業の報いの所を示しました。 多くの宝で飾られた仏国土が見えました。琉璃や玻璃の色で、これは仏の光に照らされたからです。 また、天や人、龍神や夜叉の群れ、乾闥婆や緊那羅たちが、それぞれの仏を供養しているのが見えました。 また諸の如来が、自然に仏道を成就されたのが見えました。身の色は金の山のようで、端正で荘厳であり、たいへん妙なるものです。 清らかな琉璃の中に、真金の像が内側に現れているようです。世尊は大衆のなかにおられ、深い法の意味を述べ広げておられます。 一つ一つの仏国土に、声聞の衆が無数にいます。仏の光に照らされて、あの大衆がことごとく見えました。 あるいは、比丘たちが山林の中にあって、精進し、清らかな戒を保つことは、明珠を護るようである者がいます。 また、菩薩たちが布施や忍辱などを行じているのが見えました。その数はガンジス川の砂の数ほどで、これは仏の光に照らされたからです。
解説

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