法華経 / 安樂行品第十四(9)
常行忍辱,哀愍一切,乃能演說,佛所讚經,後末世時,持此經者,於家出家、及非菩薩。 應生慈悲,斯等不聞,不信是經,則為大失,我得佛道,以諸方便,為說此法,令住其中。 譬如強力,轉輪之王,兵戰有功,賞賜諸物,象馬車乘,嚴身之具,及諸田宅,聚落城邑。 或與衣服,種種珍寶,奴婢財物,歡喜賜與,如有勇健,能為難事,王解髻中,明珠賜之。 如來亦爾,為諸法王,忍辱大力,智慧寶藏,以大慈悲,如法化世,見一切人,受諸苦惱。 欲求解脫,與諸魔戰。為是眾生,說種種法,以大方便,說此諸經,既知眾生,得其力已。 末後乃為,說是法華,如王解髻,明珠與之,此經為尊,眾經中上,我常守護,不妄開示。 今正是時,為汝等說,我滅度後,求佛道者,欲得安隱,演說斯經,應當親近,如是四法。 讀是經者,常無憂惱,又無病痛,顏色鮮白,不生貧窮,卑賤醜陋,眾生樂見,如慕賢聖。 天諸童子,以為給使,刀杖不加,毒不能害,若人惡罵,口則閉塞,遊行無畏,如師子王。
新字:常行忍辱,哀愍一切,乃能演説,仏所讃経,後末世時,持此経者,於家出家、及非菩薩。 応生慈悲,斯等不聞,不信是経,則為大失,我得仏道,以諸方便,為説此法,令住其中。 譬如強力,転輪之王,兵戦有功,賞賜諸物,象馬車乗,厳身之具,及諸田宅,聚落城邑。 或与衣服,種種珍宝,奴婢財物,歓喜賜与,如有勇健,能為難事,王解髻中,明珠賜之。 如来亦爾,為諸法王,忍辱大力,智慧宝蔵,以大慈悲,如法化世,見一切人,受諸苦悩。 欲求解脱,与諸魔戦。為是衆生,説種種法,以大方便,説此諸経,既知衆生,得其力已。 末後乃為,説是法華,如王解髻,明珠与之,此経為尊,衆経中上,我常守護,不妄開示。 今正是時,為汝等説,我滅度後,求仏道者,欲得安隠,演説斯経,応当親近,如是四法。 読是経者,常無憂悩,又無病痛,顔色鮮白,不生貧窮,卑賤醜陋,衆生楽見,如慕賢聖。 天諸童子,以為給使,刀杖不加,毒不能害,若人悪罵,口則閉塞,遊行無畏,如師子王。
書き下し
常に忍辱を行じ、一切を哀愍して、乃ち能く仏の讃めたもう所の経を演説せよ。後の末世の時、此の経を持たん者には、家と出家と、及び菩薩に非ざるとに、 応に慈悲を生ずべし。斯れ等は是の経を聞かず、信ぜざれば、則ち大いなる失を為す。我、仏道を得て、諸の方便を以て、為に此の法を説き、其の中に住せしめん。 譬えば強力の、転輪の王の、兵戦いて功有るに、諸物を賞賜するが如し。象・馬・車乗、厳身の具、及び諸の田宅、聚落・城邑、 或いは衣服、種種の珍宝、奴婢・財物を、歓喜して賜与す。如し勇健にして、能く難事を為す者有らば、王は髻中の明珠を解きて之に賜う。 如来も亦た爾り、諸の法王として、忍辱の大力、智慧の宝蔵あり、大慈悲を以て、法の如く世を化す。一切の人の、諸の苦悩を受くるを見て、 解脱を求めんと欲して、諸魔と戦う。是の衆生の為に、種種の法を説き、大方便を以て、此の諸経を説けり。既に衆生の、其の力を得已るを知りて、 末後に乃ち為に、是の法華を説く。王の髻を解きて、明珠を之に与うるが如し。此の経は尊と為し、衆経の中の上なり。我れ常に守護して、妄りに開示せず。 今正に是れ時なり、汝等の為に説く。我が滅度の後、仏道を求むる者の、安穏に、斯の経を演説せんと欲せば、応当に是の如き四法に親近すべし。 是の経を読む者は、常に憂悩無く、又た病痛無く、顔色鮮白にして、貧窮・卑賤・醜陋に生ぜず。衆生は見んことを楽うこと、賢聖を慕うが如し。 天の諸の童子は、以て給使と為り、刀杖も加えず、毒も害すること能わず、若し人悪しく罵らば、口は則ち閉塞し、遊行して畏れ無きこと、師子王の如し。
現代語訳
いつも忍耐を行じ、すべての人を憐れんで、そうして仏が讃えられたこの経を説きなさい。後の末世にこの経を持つ者は、在家の人にも出家の人にも、また菩薩でない人にも、慈悲を向けなさい。この人たちがこの経を聞かず、信じなければ、大きな損をしています。私は仏道を得て、さまざまな方便を用い、この人たちのためにこの法を説き、その中にとどまらせましょう。 たとえば、強い力をもつ転輪王が、兵が戦って功をあげたとき、いろいろな物を賞として与えるようなものです。象や馬、車、身を飾る道具、田や家、村や町や城、衣服やさまざまな珍宝、奴婢や財物を、歓んで与えます。もし勇ましく、困難なことをよくやり遂げた者がいれば、王は髻の中の明珠を解いて、その者に与えます。 如来もまたそのとおりです。諸法の王として、忍辱の大きな力と智慧の宝蔵をそなえ、大いなる慈悲をもって、法のとおりに世を教え導きます。すべての人がさまざまな苦しみを受けているのを見て、解脱を求めるために諸魔と戦います。人々のために種々の法を説き、大いなる方便によってこれらの経を説きました。人々がその力を得たと知ったうえで、最後にこの法華経を説きます。王が髻を解いて明珠を与えるのと同じです。この経は尊く、数ある経典の中で最上のものです。私は常に守り、軽々しく示しません。今こそその時であり、あなたたちのために説きます。 私の滅度の後、仏道を求める者が、安らかにこの経を説こうとするなら、この四つの法に親しみ近づくべきです。この経を読む者は、常に憂いや悩みがなく、病や痛みもなく、顔色は白く美しく、貧しさ、卑しさ、醜さの身に生まれません。人々は、賢者や聖者を慕うように、その人に会いたがります。天の童子たちが給仕となり、刀や杖も加えられず、毒も害することができず、もし人が悪口を言っても、その口はふさがり、恐れることなく歩むさまは、獅子王のようです。
解説

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法華経・安樂行品第十四(7)「又、文殊師利、菩薩摩訶薩は、後の末世、法の滅せんと欲する時に、是の法華経を持つ者は、在家・出家の人の中に於いて、大慈の心を生じ、菩薩に非ざる人の中に於いて、大悲の心を生じ、応に是の念を作すべし。『是の如き人は、則ち大いなる失を為す。如来は方便して宜しきに随いて法を説きたもうに、聞かず、知らず、覚らず、問わず、信ぜず、解せず。其の人は是の経を問わず、信ぜず、解せずと雖も、我、阿耨多羅三藐三菩提を得ん時、何れの地に在るに随いても、神通力・智慧力を以て、之を引きて、是の法の中に住することを得せしめん』と。文殊師利、是の菩薩摩訶薩は、如来の滅後に、此の第四の法を成就すること有らば、是の法を説かん時、過失有ること無く、常に比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、国王、王子、大臣、人民、婆羅門、居士等に、供養し、恭敬し、尊重し、讃歎せられん。虚空の諸天は、法を聴かんが為の故に、亦た常に随侍し、若しは聚落・城邑・空閑の林中に在りて、人有りて来りて、難問せんと欲せば、諸天は昼夜に、常に法の為の故に之を衛護し、能く聴く者をして皆歓喜を得せしめん。所以は何ん。此の経は是れ一切の過去・未来・現在の諸仏の神力に護らるるが故なり。文殊師利、是の法華経は、無量の国中に於いて、乃至、名字すら聞くことを得べからず、何に況んや見ること、受持し読誦することを得んや。」 「文殊師利、譬えば強力の転輪聖王の、威勢を以て諸国を降伏せんと欲するに、而も諸の小王、其の命に順ぜず、時に転輪王、種種の兵を起こして、往きて討罰するが如し。王、兵衆の戦いて功有る者を見て、即ち大いに歓喜し、功に随いて賞賜し、或いは田宅・聚落・城邑を与え、或いは衣服・厳身の具を与え、或いは種種の珍宝、金・銀、瑠璃、硨磲、瑪瑙、珊瑚、琥珀、象・馬・車乗、奴婢・人民を与えて、惟だ髻中の明珠のみは、以て之に与えず。所以は何ん。独り王の頂上にのみ此の一珠有り、若し以て之に与えば、王の諸の眷属、必ず大いに驚き怪しまん。」
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法華経・法師品第十(6)爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 諸の懈怠を捨てんと欲せば、応当に此の経を聴くべし。是の経は聞くことを得難く、信受する者も亦た難し。人の渇して水を需め、高原に窄鑿するに、猶お乾燥の土を見て、水を去ること尚お遠きを知り、 漸く湿土の泥を見て、決定して水に近きを知るが如し。藥王、汝当に知るべし、是の如き諸人等は、法華経を聞かざれば、仏智を去ること甚だ遠し。若し是の深経を聞かば、声聞の法を決了す。 是れ諸経の王なり。聞き已って諦らかに思惟せば、当に知るべし、此の人等は、仏の智慧に近し。若し人、此の経を説かば、応に如来の室に入り、如来の衣を著て、如来の座に坐すべし。 衆に処して畏るる所無く、広く為に分別して説け。大慈悲を室と為し、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座と為して、此に処して為に法を説け。若し此の経を説く時、人有りて悪口して罵り、 刀杖・瓦石を加うとも、仏を念ずるが故に応に忍ぶべし。我は千万億土に、清浄堅固の身を現じ、無量億劫に於いて、衆生の為に法を説く。若し我が滅度の後、能く此の経を説かん者には、 我、化の四衆、比丘・比丘尼、及び清信の士女を遣わして、法師を供養し、諸の衆生を引導し、之を集めて法を聴かしめん。若し人、悪を加えんと欲して、刀杖及び瓦石あらば、 則ち変化の人を遣わして、之が為に衛護を作さん。若し説法の人、独り空閑処に在りて、寂寞として人の声無く、此の経典を読誦せば、我、爾の時、為に清浄光明の身を現ぜん。 若し章句を忘失せば、為に説いて通利せしめん。若し人、是の徳を具えて、或いは四衆の為に説き、空処にて経を読誦せば、皆、我が身を見ることを得ん。若し人、空閑に在らば、我、天・竜王、 夜叉・鬼神等を遣わして、為に聴法の衆と作さしめん。是の人は説法を楽い、分別して罣礙無く、諸仏の護念したもうが故に、能く大衆をして喜ばしむ。若し法師に親近せば、速やかに菩薩道を得ん。 是の師に隨順して学ばば、恒沙の仏を見ることを得ん。
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法華経・法師品第十(3)若し仏道に住して、自然智を成就せんと欲せば、常に当に勤めて、法華を受持する者を供養すべし。其れ疾く一切種智慧を得んと欲すること有らば、当に是の経を受持し、並びに持者を供養すべし。 若し能く、妙法華経を受持する者有らば、当に知るべし、仏の所使にして、諸の衆生を愍念すと。諸有る能く妙法華経を受持する者は、清浄の土を捨てて、衆を愍れむが故に此に生ず。 当に知るべし、是の如き人は、自在に生ぜんと欲する所にして、能く此の悪世に於いて、広く無上の法を説く。応に天の華香、及び天の宝衣服、天上の妙宝聚を以て、説法者を供養すべし。 吾が滅後の悪世に、能く是の経を持つ者をば、当に合掌して礼敬すること、世尊を供養するが如くすべし。上饌・衆の甘美、及び種種の衣服をもて、是の仏子を供養し、冀わくは須臾も聞くことを得ん。 若し能く後世に、是の経を受持せん者は、我、遣わして人中に在りて、如来の事を行ぜしむ。若し一劫の中に、常に不善の心を懐き、色を作して仏を罵らば、無量の重罪を獲ん。 其れ是の法華経を読誦し持つこと有らん者を、須臾も悪言を加えば、其の罪、復た彼に過ぎん。人有りて仏道を求め、而も一劫の中に、合掌して我が前に在り、無数の偈を以て讃えんに、 是の仏を讃うるに由るが故に、無量の功徳を得ん。持経者を歎美せば、其の福、復た彼に過ぎん。八十億劫に於いて、最妙の色・声、及び香・味・触を以て、持経者を供養せんに、 是の如く供養し已って、若し須臾も聞くことを得ば、則ち応に自ら欣慶すべし、我、今、大利を獲たりと。藥王、今汝に告ぐ、我が説く所の諸経の中に於いて、此の経の中に、法華最も第一なり。 爾の時、仏、復た藥王菩薩摩訶薩に告げたまわく、「我が説く所の経典は、無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経は、最も難信難解なり。藥王、此の経は是れ諸仏の秘要の蔵なり。分布して、妄りに人に授与すべからず。諸仏世尊の守護したもう所にして、昔より已来、未だ曽て顕説せず。而も此の経は、如来の現在すら、猶お怨嫉多し。況んや滅度の後をや。」
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法華経・安樂行品第十四(5)菩薩は常に楽って、安穏に法を説く。清浄の地に於いて、床座を施し、油を以て身に塗り、塵穢を澡浴し、新しき浄き衣を著て、内外倶に浄くして、 法座に安処して、問いに随いて為に説け。若し比丘、及び比丘尼、諸の優婆塞、及び優婆夷、国王・王子、群臣・士民有らば、 微妙の義を以て、和顔にして為に説き、若し難問有らば、義に随いて答え、因縁・譬喩もて、敷演し分別し、是の方便を以て、皆発心せしめ、 漸漸に増益して、仏道に入らしめよ。懶惰の意、及び懈怠の想を除き、諸の憂悩を離れ、慈心もて法を説き、昼夜に常に、無上道の教えを説け。 諸の因縁、無量の譬喩を以て、衆生に開示し、咸く歓喜せしめよ。衣服・臥具、飲食・医薬に、而も其の中に於いて、希望する所無く、 但だ一心に、説法の因縁を念じ、仏道を成ぜんことを願い、衆をして亦た爾らしめよ。是れ則ち大利、安楽の供養なり。我が滅度の後、若し比丘有りて、 能く斯の妙法華経を演説せば、心に嫉恚、諸の悩み障礙無く、亦た憂愁、及び罵詈する者無く、又た怖畏、刀杖を加うる等無く、 亦た擯出せらるること無けん。忍に安住するが故に、智者は是の如く、善く其の心を修め、能く安楽に住すること、我が上に説くが如し。其の人の功徳は、千万億劫に、 算数・譬喩もて、説くとも尽くすこと能わず。
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法華経・法師品第十(2)「藥王よ、当に知るべし、是の人は自ら清浄の業報を捨て、我が滅度の後に、衆生を愍れむが故に、悪世に生まれて、広く此の経を演べん。若し是れ善男子・善女人にして、我が滅度の後、能く竊かに一人の為にも法華経を説き、乃至一句なりとも説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使いにして、如来の遣わす所、如来の事を行ずるなり。何ぞ況んや大衆の中に於いて、広く人の為に説かんをや。」 「藥王よ、若し悪人有りて、不善の心を以て、一劫の中に於いて、仏前に現じて、常に仏を毀り罵らんは、其の罪尚お軽し。若し人、一の悪言を以て、在家・出家の法華経を読誦する者を毀呰せば、其の罪甚だ重し。」 「藥王よ、其れ法華経を読誦すること有らん者は、当に知るべし、是の人は仏の荘厳を以て自ら荘厳し、則ち如来の肩に荷担せらるる所なり。其の至る所の方には、応に随って向かい礼し、一心に合掌し、恭敬・供養し、尊重・讃歎し、華・香・瓔珞、末香・塗香・焼香、繒蓋・幢幡、衣服・肴饌、諸の伎楽を作し、人中の上供を以て之を供養すべし。応に天の宝を持して之を散じ、天上の宝聚をば、応に以て奉献すべし。所以は何ん。是の人は歓喜して法を説き、須臾も之を聞かば、即ち究竟して阿耨多羅三藐三菩提を得るが故なり。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、