法華経 / 提婆達多品第十二(5)
時舍利弗語龍女言:「汝謂不久得無上道,是事難信。所以者何。女身垢穢,非是法器,云何能得無上菩提。佛道懸曠,經無量劫、勤苦積行,具修諸度,然後乃成。又女人身、猶有五障,一者、不得作梵天王,二者、帝釋,三者、魔王,四者、轉輪聖王,五者、佛身,云何女身速得成佛?」 爾時龍女有一寶珠,價值三千大千世界,持以上佛。佛即受之。龍女謂智積菩薩、尊者舍利弗言:「我獻寶珠,世尊納受,是事疾否?」答言:「甚疾。」女言:「以汝神力、觀我成佛,復速於此。」當時眾會,皆見龍女、忽然之間、變成男子,具菩薩行,即往南方無垢世界,坐寶蓮華,成等正覺,三十二相、八十種好,普為十方一切眾生、演說妙法。爾時娑婆世界、菩薩、聲聞、天龍八部、人與非人,皆遙見彼龍女成佛,普為時會人天說法,心大歡喜,悉遙敬禮。無量眾生、聞法解悟,得不退轉,無量眾生、得受道記,無垢世界、六反震動,娑婆世界、三千眾生住不退地、三千眾生發菩提心、而得受記。智積菩薩、及舍利弗,一切眾會,默然信受。
新字:時舎利弗語竜女言:「汝謂不久得無上道,是事難信。所以者何。女身垢穢,非是法器,云何能得無上菩提。仏道懸曠,経無量劫、勤苦積行,具修諸度,然後乃成。又女人身、猶有五障,一者、不得作梵天王,二者、帝釈,三者、魔王,四者、転輪聖王,五者、仏身,云何女身速得成仏?」 爾時竜女有一宝珠,価値三千大千世界,持以上仏。仏即受之。竜女謂智積菩薩、尊者舎利弗言:「我献宝珠,世尊納受,是事疾否?」答言:「甚疾。」女言:「以汝神力、観我成仏,復速於此。」当時衆会,皆見竜女、忽然之間、変成男子,具菩薩行,即往南方無垢世界,坐宝蓮華,成等正覚,三十二相、八十種好,普為十方一切衆生、演説妙法。爾時娑婆世界、菩薩、声聞、天竜八部、人与非人,皆遥見彼竜女成仏,普為時会人天説法,心大歓喜,悉遥敬礼。無量衆生、聞法解悟,得不退転,無量衆生、得受道記,無垢世界、六反震動,娑婆世界、三千衆生住不退地、三千衆生発菩提心、而得受記。智積菩薩、及舎利弗,一切衆会,黙然信受。
書き下し
時に舎利弗、竜女に語って言わく、「汝、謂えらく、久しからずして無上道を得んと。是の事は信じ難し。所以は何ん。女身は垢穢にして、是れ法器に非ず。云何ぞ能く無上菩提を得ん。仏道は懸曠なり。無量劫を経て、勤苦して行を積み、具さに諸度を修して、然して後に乃ち成ず。又、女人の身には、猶お五障有り。一には梵天王と作ることを得ず、二には帝釈、三には魔王、四には転輪聖王、五には仏身なり。云何ぞ女身にして速やかに成仏することを得ん。」 爾の時、竜女に一の宝珠有り、価値三千大千世界なり。持して以て仏に上る。仏即ち之を受けたもう。竜女、智積菩薩・尊者舎利弗に謂いて言わく、「我、宝珠を献ずるに、世尊納受したもう。是の事、疾きや否や。」答えて言わく、「甚だ疾し。」女の言わく、「汝が神力を以て、我が成仏を観よ。復た此れよりも速やかならん。」当時の衆会、皆、竜女の忽然の間に、変じて男子と成り、菩薩行を具し、即ち南方無垢世界に往き、宝蓮華に坐して、等正覚を成じ、三十二相・八十種好ありて、普く十方の一切衆生の為に、妙法を演説するを見る。爾の時、娑婆世界の菩薩・声聞・天竜八部・人と非人、皆、遥かに彼の竜女の成仏して、普く時の会の人天の為に法を説くを見て、心に大いに歓喜し、悉く遥かに敬礼す。無量の衆生、法を聞いて解悟し、不退転を得、無量の衆生、道の記を受くることを得たり。無垢世界は六反に震動し、娑婆世界の三千の衆生は不退地に住し、三千の衆生は菩提心を発して、受記を得たり。智積菩薩、及び舎利弗、一切の衆会、黙然として信受す。
現代語訳
そのとき舎利弗が竜女に言いました。「あなたは、遠からず最高の道を得ると言うが、それは信じがたい。なぜなら、女の身は汚れていて、法を受ける器ではない。どうして最高の悟りを得られようか。仏の道は遠く果てしなく、無量劫のあいだ苦しみ励んで行を積み、さまざまな修行をことごとく修めて、その後にようやく成就する。また女人の身にはなお五つの障りがある。第一に梵天王になれず、第二に帝釈になれず、第三に魔王になれず、第四に転輪聖王になれず、第五に仏の身になれない。どうして女の身で速やかに成仏できようか。」 そのとき竜女は、三千大千世界に値する一つの宝珠を持っており、それを仏に献上しました。仏はすぐにこれを受け取られました。竜女は智積菩薩と尊者舎利弗に言いました。「私が宝珠を献上し、世尊が受け取られた。このことは速やかでしたか。」二人は答えました。「たいへん速やかでした。」竜女は言いました。「あなたがたの神通力で、私の成仏をご覧なさい。それはこれよりもさらに速いでしょう。」そのとき集会の人々は皆、竜女がたちまちのうちに男子に変わり、菩薩の行を備え、すぐに南方の無垢世界に行き、宝の蓮華に坐って、正しい悟りを成就し、三十二の相と八十の好を備えて、あまねく十方のすべての衆生のために妙法を説くのを見ました。そのとき、娑婆世界の菩薩、声聞、天竜八部、人と人でない者たちは、はるか遠くに竜女が成仏して集会の人天のために法を説くのを見て、心から大いに歓喜し、みな遠くから敬礼しました。無量の衆生が法を聞いて悟り、後戻りしない境地を得、無量の衆生が悟りの予言を受けました。無垢世界は六種に震え動き、娑婆世界の三千の衆生は不退の境地に住し、三千の衆生は菩提心を起こして予言を受けました。智積菩薩と舎利弗、すべての集会の人々は、黙って信じ受け入れました。
解説

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