法華経 / 提婆達多品第十二(2)
佛告諸比丘:「爾時王者,則我身是。時仙人者,今提婆達多是。由提婆達多善知識故,令我具足六波羅蜜,慈悲喜捨,三十二相,八十種好,紫磨金色,十力、四無所畏、四攝法、十八不共、神通道力,成等正覺,廣度眾生,皆因提婆達多善知識故。」 告諸四眾:「提婆達多卻後過無量劫,當得成佛,號曰天王如來、應供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。世界名天道。時天王佛、住世二十中劫,廣為眾生說於妙法,恒河沙眾生得阿羅漢果,無量眾生發緣覺心,恒河沙眾生發無上道心,得無生忍,至不退轉。」 「時天王佛般涅槃後,正法住世二十中劫。全身舍利、起七寶塔,高六十由旬,縱廣四十由旬,諸天人民,悉以雜華、末香、燒香、塗香,衣服、瓔珞、幢幡、寶蓋,伎樂、歌頌,禮拜、供養七寶妙塔。無量眾生、得阿羅漢果,無量眾生、悟辟支佛,不可思議眾生、發菩提心,至不退轉。」 佛告諸比丘:「未來世中,若有善男子、善女人,聞妙法華經提婆達多品,淨心信敬,不生疑惑者,不墮地獄、餓鬼、畜生,生十方佛前,所生之處,常聞此經。若生人天中,受勝妙樂,若在佛前,蓮華化生。」
新字:仏告諸比丘:「爾時王者,則我身是。時仙人者,今提婆達多是。由提婆達多善知識故,令我具足六波羅蜜,慈悲喜捨,三十二相,八十種好,紫磨金色,十力、四無所畏、四摂法、十八不共、神通道力,成等正覚,広度衆生,皆因提婆達多善知識故。」 告諸四衆:「提婆達多却後過無量劫,当得成仏,号曰天王如来、応供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊。世界名天道。時天王仏、住世二十中劫,広為衆生説於妙法,恒河沙衆生得阿羅漢果,無量衆生発縁覚心,恒河沙衆生発無上道心,得無生忍,至不退転。」 「時天王仏般涅槃後,正法住世二十中劫。全身舎利、起七宝塔,高六十由旬,縦広四十由旬,諸天人民,悉以雑華、末香、焼香、塗香,衣服、瓔珞、幢幡、宝蓋,伎楽、歌頌,礼拝、供養七宝妙塔。無量衆生、得阿羅漢果,無量衆生、悟辟支仏,不可思議衆生、発菩提心,至不退転。」 仏告諸比丘:「未来世中,若有善男子、善女人,聞妙法華経提婆達多品,浄心信敬,不生疑惑者,不堕地獄、餓鬼、畜生,生十方仏前,所生之処,常聞此経。若生人天中,受勝妙楽,若在仏前,蓮華化生。」
書き下し
仏、諸の比丘に告げたまわく、「爾の時の王とは、則ち我が身是れなり。時の仙人とは、今の提婆達多是れなり。提婆達多の善知識なるに由るが故に、我をして六波羅蜜、慈悲喜捨、三十二相、八十種好、紫磨金色、十力、四無所畏、四摂法、十八不共、神通道力を具足し、等正覚を成じ、広く衆生を度せしむ。皆、提婆達多の善知識なるに因るが故なり。」 諸の四衆に告げたまわく、「提婆達多は、卻後、無量劫を過ぎて、当に成仏することを得べし。号を天王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と曰い、世界を天道と名づけん。時に天王仏、世に住すること二十中劫、広く衆生の為に妙法を説かん。恒河沙の衆生は阿羅漢果を得、無量の衆生は縁覚の心を発し、恒河沙の衆生は無上道の心を発して、無生忍を得、不退転に至らん。」 「時に天王仏の般涅槃したまいて後、正法の世に住すること二十中劫ならん。全身の舎利に七宝の塔を起てん。高さ六十由旬、縦広四十由旬にして、諸の天・人民、悉く雑華・末香・焼香・塗香、衣服・瓔珞、幢幡・宝蓋、伎楽・歌頌をもて、七宝の妙塔を礼拝し供養せん。無量の衆生は阿羅漢果を得、無量の衆生は辟支仏を悟り、不可思議の衆生は菩提心を発して、不退転に至らん。」 仏、諸の比丘に告げたまわく、「未来世の中に、若し善男子・善女人有りて、妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬し、疑惑を生ぜざる者は、地獄・餓鬼・畜生に墮せず、十方の仏前に生まれ、生ずる所の処に、常に此の経を聞かん。若し人・天の中に生まれば、勝妙の楽を受け、若し仏前に在らば、蓮華より化生せん。」
現代語訳
仏は比丘たちに告げられました。「そのときの王とは、私自身です。そのときの仙人とは、今の提婆達多です。提婆達多が善き師・善き友であったおかげで、私は六波羅蜜、慈悲喜捨、三十二の相、八十の好、紫磨金の肌の色、十力、四つの畏れなさ、四つの人を導く方法、十八の仏だけの特質、神通の力を備え、正しい悟りを成就し、広く衆生を救うことができました。すべては提婆達多が善き師・善き友であったおかげです。」 四衆に告げられました。「提婆達多は、この後、無量劫を過ぎて、成仏するでしょう。名を天王如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊といい、その世界は天道と名づけられます。そのとき天王仏は、世に二十中劫とどまり、広く衆生のために妙法を説きます。ガンジス河の砂の数ほどの衆生は阿羅漢の位を得、無量の衆生は縁覚の心を起こし、ガンジス河の砂の数ほどの衆生は最高の道を求める心を起こして、無生法忍を得、後戻りしない位に至るでしょう。」 「天王仏が般涅槃した後、正しい法は二十中劫のあいだ世にとどまります。全身の遺骨のために七宝の塔が建てられ、高さは六十由旬、縦横は四十由旬になります。天人や人々はみな、さまざまな華、粉香、焚き香、塗り香、衣服、首飾り、幢幡、宝の天蓋、音楽、歌と讃えをもって、七宝の妙なる塔を礼拝し供養するでしょう。無量の衆生は阿羅漢の位を得、無量の衆生は辟支仏の悟りを得、思いはかれないほどの衆生が菩提心を起こして、後戻りしない位に至るでしょう。」 仏は比丘たちに告げられました。「未来の世に、善い男性・善い女性が、妙法華経の提婆達多品を聞いて、清らかな心で信じ敬い、疑いを起こさないなら、地獄、餓鬼、畜生に落ちず、十方の仏の前に生まれ、生まれるところで常にこの経を聞くでしょう。もし人間界や天界に生まれれば、すぐれた楽しみを受け、もし仏の前にいれば、蓮華から生まれ出るでしょう。」
解説

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