法華経 / 見寶塔品第十一(8)
遠擲他國,亦未為難。若立有頂,為眾演說,無量餘經,亦未為難。若佛滅後,於惡世中、 能說此經,是則為難。假使有人,手把虛空、而以遊行,亦未為難。於我滅後,若自書持, 若使人書,是則為難。若以大地,置足甲上,升於梵天,亦未為難。佛滅度後,於惡世中、 暫讀此經,是則為難。假使劫燒,擔負乾草、入中不燒,亦未為難。我滅度後,若持此經、 為一人說,是則為難。若持八萬、四千法藏、十二部經、為人演說,令諸聽者,得六神通, 雖能如是,亦未為難。於我滅後,聽受此經,問其義趣,是則為難。若人說法,令千萬億、 無量無數,恒沙眾生、得阿羅漢,具六神通,雖有是益,亦未為難。於我滅後,若能奉持, 如斯經典,是則為難。我為佛道,於無量土,從始至今、廣說諸經,而於其中,此經第一。 若有能持,則持佛身。諸善男子,於我滅後,誰能受持、讀誦此經,今於佛前、自說誓言。 此經難持,若暫持者,我則歡喜,諸佛亦然,如是之人,諸佛所歎。是則勇猛,是則精進, 是名持戒、行頭陀者,則為疾得,無上佛道。能於來世,讀持此經,是真佛子,住淳善地。 佛滅度後,能解其義,是諸天人、世間之眼。於恐畏世,能須臾說,一切天人、皆應供養。
新字:遠擲他国,亦未為難。若立有頂,為衆演説,無量余経,亦未為難。若仏滅後,於悪世中、 能説此経,是則為難。仮使有人,手把虚空、而以遊行,亦未為難。於我滅後,若自書持, 若使人書,是則為難。若以大地,置足甲上,升於梵天,亦未為難。仏滅度後,於悪世中、 暫読此経,是則為難。仮使劫焼,担負乾草、入中不焼,亦未為難。我滅度後,若持此経、 為一人説,是則為難。若持八万、四千法蔵、十二部経、為人演説,令諸聴者,得六神通, 雖能如是,亦未為難。於我滅後,聴受此経,問其義趣,是則為難。若人説法,令千万億、 無量無数,恒沙衆生、得阿羅漢,具六神通,雖有是益,亦未為難。於我滅後,若能奉持, 如斯経典,是則為難。我為仏道,於無量土,従始至今、広説諸経,而於其中,此経第一。 若有能持,則持仏身。諸善男子,於我滅後,誰能受持、読誦此経,今於仏前、自説誓言。 此経難持,若暫持者,我則歓喜,諸仏亦然,如是之人,諸仏所嘆。是則勇猛,是則精進, 是名持戒、行頭陀者,則為疾得,無上仏道。能於来世,読持此経,是真仏子,住淳善地。 仏滅度後,能解其義,是諸天人、世間之眼。於恐畏世,能須臾説,一切天人、皆応供養。
書き下し
遠く他国に擲ぐるも、亦た未だ難しと為さず。若し有頂に立ちて、衆の為に無量の余経を演説するも、亦た未だ難しと為さず。若し仏の滅後に、悪世の中にて、 能く此の経を説かば、是れ則ち難しと為す。仮使い人有りて、手に虚空を把りて、而も以て遊行するも、亦た未だ難しと為さず。我が滅後に、若しは自ら書き持ち、 若しは人をして書かしめば、是れ則ち難しと為す。若し大地を以て、足の甲の上に置き、梵天に升るも、亦た未だ難しと為さず。仏の滅度の後、悪世の中にて、 暫くも此の経を読まば、是れ則ち難しと為す。仮使い劫焼けんに、乾草を担い負うて、中に入りて焼けざるも、亦た未だ難しと為さず。我が滅度の後、若し此の経を持ちて、 一人の為にも説かば、是れ則ち難しと為す。若し八万四千の法蔵、十二部経を持ちて、人の為に演説し、諸の聴く者をして、六神通を得せしむること、 能く是の如くすと雖も、亦た未だ難しと為さず。我が滅後に、此の経を聴受し、其の義趣を問わんは、是れ則ち難しと為す。若し人、法を説いて、千万億、 無量無数、恒沙の衆生をして、阿羅漢を得、六神通を具えしむるも、是の益有りと雖も、亦た未だ難しと為さず。我が滅後に、若し能く奉持すること、 斯の如き経典の如くなるは、是れ則ち難しと為す。我、仏道の為に、無量の土に於いて、始めより今に至るまで、広く諸経を説けり。而も其の中に於いて、此の経第一なり。 若し能く持つこと有らば、則ち仏身を持つなり。諸の善男子、我が滅後に、誰か能く此の経を受持し読誦せん。今、仏前に於いて、自ら誓言を説け。 此の経は持ち難し。若し暫くも持たば、我は則ち歓喜し、諸仏も亦た然なり。是の如き人は、諸仏の歎じたもう所なり。是れ則ち勇猛、是れ則ち精進なり。 是れを持戒、頭陀を行ずる者と名づく。則ち疾く無上の仏道を得。能く来世に於いて、此の経を読み持たば、是れ真の仏子にして、淳善の地に住す。 仏の滅度の後、能く其の義を解せば、是れ諸の天人、世間の眼なり。恐畏の世に於いて、能く須臾も説かば、一切の天人、皆、応に供養すべし。
現代語訳
遠い他国へ投げ飛ばしても、難しいとはいえません。もし有頂天に立って、人々のために無量のほかの経を説いても、難しいとはいえません。もし仏の滅後、悪い世の中で、 この経を説くなら、それこそが難しいことです。たとえば誰かが、手で虚空をつかんで歩き回っても、難しいとはいえません。私の滅後に、自らこの経を書いて保ち、 あるいは人に書かせるなら、それこそが難しいことです。もし大地を足の爪の上に置いて、梵天まで昇っても、難しいとはいえません。仏の滅度の後、悪い世の中で、 しばらくでもこの経を読むなら、それこそが難しいことです。たとえば劫火が燃えさかる中、乾いた草を背負って入っても焼けないとしても、難しいとはいえません。私の滅度の後、もしこの経を保って、 ただ一人のためにでも説くなら、それこそが難しいことです。もし八万四千の法蔵、十二部経を保ち、人のために説き、聴く者に六つの神通を得させても、 それができたとしても、難しいとはいえません。私の滅後、この経を聴き受け、その意味を問うなら、それこそが難しいことです。もし人が法を説き、千万億、 無量無数のガンジス河の砂ほどの衆生に阿羅漢の位を得させ、六つの神通を備えさせても、このような利益があるとしても、難しいとはいえません。私の滅後に、もしこのような経典を奉じて保つなら、 それこそが難しいことです。私は仏道のために、無量の国土で、始めから今まで、広く多くの経を説きましたが、その中でこの経が第一です。 もしこれを保つことができるなら、仏の身を保つことになります。善い男性たちよ、私の滅後に、誰がこの経を受け持ち読み唱えるでしょうか。今、仏の前で自ら誓いの言葉を述べなさい。 この経は保ちがたいものです。もしほんの少しでも保つなら、私は喜び、諸仏もまた同じです。そのような人は、諸仏がたたえるところで、勇猛であり、精進する人です。 この人こそ、戒を保ち、頭陀行を行う者と呼ばれ、すみやかに最高の仏の道を得ます。来世にこの経を読み保つ人は、本当の仏の子であり、清らかで善い境地に住みます。 仏の滅度の後、その意味を理解する人は、天人や世間の人々の眼となります。恐ろしい世にあって、少しの間でも説くなら、すべての天人と人は、その人を供養すべきです。
解説

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