法華経 / 見寶塔品第十一(7)
聖主世尊、雖久滅度,在寶塔中,尚為法來,諸人云何不勤為法。此佛滅度,無央數劫, 處處聽法,以難遇故。彼佛本願,我滅度後,在在所往,常為聽法。又我分身,無量諸佛, 如恒沙等,來欲聽法。及見滅度,多寶如來,各捨妙土,及弟子眾、天人龍神、諸供養事, 令法久住,故來至此。為坐諸佛,以神通力、移無量眾,令國清淨。諸佛各各,詣寶樹下, 如清淨池、蓮華莊嚴。其寶樹下、諸師子座,佛坐其上,光明嚴飾,如夜闇中、燃大炬火。 身出妙香,遍十方國,眾生蒙薰,喜不自勝,譬如大風、吹小樹枝。以是方便,令法久住。 告諸大眾,我滅度後,誰能護持、讀說斯經,今於佛前、自說誓言。其多寶佛,雖久滅度, 以大誓願、而師子吼。多寶如來,及與我身,所集化佛,當知此意。諸佛子等,誰能護法, 當發大願,令得久住。其有能護,此經法者,則為供養,我及多寶。此多寶佛,處於寶塔, 常遊十方,為是經故,亦復供養,諸來化佛,莊嚴光飾、諸世界者,若說此經,則為見我, 多寶如來、及諸化佛。諸善男子,各諦思惟,此為難事,宜發大願。諸餘經典,數如恒沙, 雖說此等,未足為難。若接須彌,擲置他方,無數佛土,亦未為難。若以足指,動大千界,
新字:聖主世尊、雖久滅度,在宝塔中,尚為法来,諸人云何不勤為法。此仏滅度,無央数劫, 処処聴法,以難遇故。彼仏本願,我滅度後,在在所往,常為聴法。又我分身,無量諸仏, 如恒沙等,来欲聴法。及見滅度,多宝如来,各捨妙土,及弟子衆、天人竜神、諸供養事, 令法久住,故来至此。為坐諸仏,以神通力、移無量衆,令国清浄。諸仏各各,詣宝樹下, 如清浄池、蓮華荘厳。其宝樹下、諸師子座,仏坐其上,光明厳飾,如夜闇中、燃大炬火。 身出妙香,遍十方国,衆生蒙薫,喜不自勝,譬如大風、吹小樹枝。以是方便,令法久住。 告諸大衆,我滅度後,誰能護持、読説斯経,今於仏前、自説誓言。其多宝仏,雖久滅度, 以大誓願、而師子吼。多宝如来,及与我身,所集化仏,当知此意。諸仏子等,誰能護法, 当発大願,令得久住。其有能護,此経法者,則為供養,我及多宝。此多宝仏,処於宝塔, 常遊十方,為是経故,亦復供養,諸来化仏,荘厳光飾、諸世界者,若説此経,則為見我, 多宝如来、及諸化仏。諸善男子,各諦思惟,此為難事,宜発大願。諸余経典,数如恒沙, 雖説此等,未足為難。若接須弥,擲置他方,無数仏土,亦未為難。若以足指,動大千界,
書き下し
聖主世尊は、久しく滅度したまえりと雖も、宝塔の中に在して、尚お法の為に来たりたもう。諸人、云何ぞ勤めて法の為にせざる。此の仏の滅度したまいて、無央数劫なるに、 処処に法を聴きたもうは、遇い難きを以ての故なり。彼の仏の本願は、我が滅度の後、在在の往く所に、常に法を聴かんが為にせん、と。又、我が分身の無量の諸仏、 恒沙等の如きも、来たって法を聴かんと欲し、及び滅度したまえる多宝如来を見たてまつらんと、各おの妙土、及び弟子衆、天人・竜神、諸の供養の事を捨てて、 法をして久しく住せしめんが為の故に、此に来至したまえり。諸仏を坐せしめんが為に、神通力をもて、無量の衆を移して、国をして清浄ならしむ。諸仏、各各、宝樹の下に詣りたもうこと、 清浄の池に、蓮華の荘厳せるが如し。其の宝樹の下の、諸の師子座に、仏、其の上に坐したもう。光明厳飾すること、夜闇の中に大炬火を燃やすが如し。 身より妙香を出だして、十方の国に遍ず。衆生、薫を蒙りて、喜び自ら勝えず。譬えば大風の、小樹の枝を吹くが如し。是の方便を以て、法をして久しく住せしむ。 諸の大衆に告ぐ、我が滅度の後、誰か能く護持し、斯の経を読み説かん。今、仏前に於いて、自ら誓言を説け。其の多宝仏は、久しく滅度したまえりと雖も、 大誓願を以て、師子吼したもう。多宝如来、及び我が身、集まれる所の化仏、当に此の意を知るべし。諸の仏子等、誰か能く法を護らん、 当に大願を発して、久しく住することを得しむべし。其れ能く此の経法を護る者有らば、則ち我及び多宝を供養するなり。此の多宝仏は、宝塔に処して、 常に十方に遊びたもうは、是の経の為の故なり。亦復た、諸の来れる化仏の、荘厳し光飾したもう諸の世界を供養す。若し此の経を説かば、則ち我、 多宝如来、及び諸の化仏を見ると為す。諸の善男子、各おの諦らかに思惟せよ。此れは難事と為す。宜しく大願を発すべし。諸余の経典は、数、恒沙の如し。 此等を説くと雖も、未だ難しと為すに足らず。若し須弥を接りて、他方の無数の仏土に擲げ置くも、亦た未だ難しと為さず。若し足の指を以て、大千界を動かし、
現代語訳
聖なる主、世尊は、はるか以前に滅度されたのに、宝塔の中にいて、なお法のために来てくださいました。皆さんは、どうして努めて法のために尽くさないのでしょうか。この仏が滅度されてから、数えきれない劫を経ましたが、 あちこちで法を聴いてこられたのは、法に出会うことが難しいからです。かの仏の本願は、私が滅度した後は、どこへ行っても常に法を聴くためにあろう、というものでした。また私の分身の無量の諸仏が、 ガンジス河の砂の数ほどもいて、法を聴こうとして、また滅度された多宝如来にお会いしようとして、それぞれ自分の妙なる国土や弟子たち、天人や竜神、さまざまな供養の事を後にして、 法が長くとどまるようにとの思いで、ここに来られました。諸仏を坐らせるために、神通力によって無量の大衆を移し、国土を清らかにしました。諸仏はそれぞれ宝樹の下に赴かれましたが、その様子は、 清らかな池に蓮の華が咲き飾るようです。その宝樹の下の獅子座に、仏が坐っておられます。光明が輝き飾る様は、闇夜に大きな松明を燃やすようです。 身から妙なる香りを放ち、十方の国にゆきわたります。衆生はその香りを受けて、喜びに堪えません。たとえば大風が小さな木の枝を吹くようです。この方便によって、法を長くとどまらせます。 皆に告げます。私の滅度の後、誰が護り保ち、この経を読み説くでしょうか。今、仏の前で自ら誓いの言葉を述べなさい。多宝仏は、長く滅度しておられますが、 大きな誓願によって、獅子吼しておられます。多宝如来、私自身、集まった化仏は、この意図を知るべきです。仏の子たちよ、誰が法を護るでしょうか。 大きな願いを発して、法が長くとどまるようにしなさい。この経の法を護る人がいれば、それは私と多宝を供養することになります。この多宝仏は、宝塔にいて、 いつも十方を巡っておられます。それはこの経のためです。また、来ておられる化仏、荘厳に飾られたさまざまな世界を供養しています。もしこの経を説くなら、それは私、 多宝如来、そして諸々の化仏を見ることになります。善い男性たちよ、それぞれよく考えなさい。これは難しいことです。大きな願いを発すべきです。ほかの経典は、数はガンジス河の砂ほどもあり、 それらを説くことは、難しいとするには足りません。もし須弥山を持ち上げて、他方の無数の仏土に投げ置いても、難しいとはいえません。もし足の指で大千世界を動かし、
解説

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法華経・見寶塔品第十一(8)遠く他国に擲ぐるも、亦た未だ難しと為さず。若し有頂に立ちて、衆の為に無量の余経を演説するも、亦た未だ難しと為さず。若し仏の滅後に、悪世の中にて、 能く此の経を説かば、是れ則ち難しと為す。仮使い人有りて、手に虚空を把りて、而も以て遊行するも、亦た未だ難しと為さず。我が滅後に、若しは自ら書き持ち、 若しは人をして書かしめば、是れ則ち難しと為す。若し大地を以て、足の甲の上に置き、梵天に升るも、亦た未だ難しと為さず。仏の滅度の後、悪世の中にて、 暫くも此の経を読まば、是れ則ち難しと為す。仮使い劫焼けんに、乾草を担い負うて、中に入りて焼けざるも、亦た未だ難しと為さず。我が滅度の後、若し此の経を持ちて、 一人の為にも説かば、是れ則ち難しと為す。若し八万四千の法蔵、十二部経を持ちて、人の為に演説し、諸の聴く者をして、六神通を得せしむること、 能く是の如くすと雖も、亦た未だ難しと為さず。我が滅後に、此の経を聴受し、其の義趣を問わんは、是れ則ち難しと為す。若し人、法を説いて、千万億、 無量無数、恒沙の衆生をして、阿羅漢を得、六神通を具えしむるも、是の益有りと雖も、亦た未だ難しと為さず。我が滅後に、若し能く奉持すること、 斯の如き経典の如くなるは、是れ則ち難しと為す。我、仏道の為に、無量の土に於いて、始めより今に至るまで、広く諸経を説けり。而も其の中に於いて、此の経第一なり。 若し能く持つこと有らば、則ち仏身を持つなり。諸の善男子、我が滅後に、誰か能く此の経を受持し読誦せん。今、仏前に於いて、自ら誓言を説け。 此の経は持ち難し。若し暫くも持たば、我は則ち歓喜し、諸仏も亦た然なり。是の如き人は、諸仏の歎じたもう所なり。是れ則ち勇猛、是れ則ち精進なり。 是れを持戒、頭陀を行ずる者と名づく。則ち疾く無上の仏道を得。能く来世に於いて、此の経を読み持たば、是れ真の仏子にして、淳善の地に住す。 仏の滅度の後、能く其の義を解せば、是れ諸の天人、世間の眼なり。恐畏の世に於いて、能く須臾も説かば、一切の天人、皆、応に供養すべし。
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法華経・分別功德品第十七(8)爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 若し我が滅度の後に、能く此の経を奉持せば、斯の人の福は無量にして、上に説く所の如し。是れ則ち一切の諸の供養を具足せり。舎利を以て塔を起て、七宝にて荘厳し、 表刹甚だ高広にして、漸く小にして梵天に至り、宝鈴千万億、風動けば妙なる音を出す。又た無量劫に於いて、此の塔を供養し、華、香、諸の瓔珞、天衣、衆の伎楽、 香油、酥燈を燃やして、周匝して常に照明す。悪世、法末の時に、能く是の経を持たん者は、則ち為れ已に上の如く、諸の供養を具足せるなり。若し能く此の経を持たば、則ち仏の現在せるが如し、 牛頭栴檀をもて、僧坊を起てて供養し、堂は三十二有り、高さ八多羅樹、上饌妙なる衣服、床臥皆な具足し、百千の衆の住処、園林、諸の浴池、 経行、及び禅窟、種種に皆な厳好なり。若し信解の心有りて、受持し読誦し書き、若しは復た人をして書かしめ、及び経巻を供養し、華、香、末香を散じ、須曼、薝蔔、 阿提目多伽を以て、薫油もて常に之を燃やさば、是くの如く供養する者は、無量の功徳を得ん。虚空の無辺なるが如く、其の福も亦た是くの如し。況んや復た此の経を持ち、兼ねて布施、持戒、 忍辱、禅定を楽い、瞋らず悪口せず、塔廟を恭敬し、諸の比丘に謙下せんをや。自ら高ぶる心を遠離し、常に智慧を思惟し、問難有るも瞋らず、隨順して為に解説せば、 若し能く是の行を行ぜば、功徳量るべからず。若し此の法師の、是くの如き徳を成就せるを見ば、応に天華を以て散じ、天衣もて其の身を覆い、頭面に足を接して礼し、心を生じて仏の想いの如くすべし。 又た応に是の念を作すべし、久しからずして道場に詣り、無漏無為を得て、広く諸の人天を利せんと。其の所住止の処、経行し若しは坐臥し、乃至、一偈を説かば、是の中に応に塔を起つべし、 荘厳して妙好ならしめ、種種に以て供養せよ。仏子の此の地に住するは、則ち是れ仏の受用したもうなり、常に其の中に在りて、経行し及び坐臥したもう。
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