法華経 / 五百弟子受記品第八(3)
過無量阿僧祇劫,當於此土、得阿耨多羅三藐三菩提,號曰法明如來、應供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。」 其佛、以恒河沙等三千大千世界、為一佛土,七寶為地,地平如掌,無有山陵溪澗溝壑,七寶台觀、充滿其中,諸天宮殿,近處虛空,人天交接,兩得相見。無諸惡道,亦無女人,一切眾生,皆以化生,無有淫欲。得大神通,身出光明,飛行自在,志念堅固,精進智慧,普皆金色,三十二相、而自莊嚴。其國眾生,常以二食,一者、法喜食,二者、禪悅食。有無量阿僧祇千萬億那由他諸菩薩眾,得大神通、四無礙智,善能教化眾生之類。其聲聞眾、算數校計所不能知,皆得具足六通、三明、及八解脫。其佛國土、有如是等無量功德莊嚴成就。劫名寶明,國名善淨。其佛、壽命無量阿僧祇劫。 法住甚久,佛滅度後,起七寶塔、遍滿其國。 爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:
新字:過無量阿僧祇劫,当於此土、得阿耨多羅三藐三菩提,号曰法明如来、応供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊。」 其仏、以恒河沙等三千大千世界、為一仏土,七宝為地,地平如掌,無有山陵渓澗溝壑,七宝台観、充満其中,諸天宮殿,近処虚空,人天交接,両得相見。無諸悪道,亦無女人,一切衆生,皆以化生,無有淫欲。得大神通,身出光明,飛行自在,志念堅固,精進智慧,普皆金色,三十二相、而自荘厳。其国衆生,常以二食,一者、法喜食,二者、禅悦食。有無量阿僧祇千万億那由他諸菩薩衆,得大神通、四無礙智,善能教化衆生之類。其声聞衆、算数校計所不能知,皆得具足六通、三明、及八解脱。其仏国土、有如是等無量功徳荘厳成就。劫名宝明,国名善浄。其仏、寿命無量阿僧祇劫。 法住甚久,仏滅度後,起七宝塔、遍満其国。 爾時世尊欲重宣此義,而説偈言:
書き下し
無量阿僧祇劫を過ぎて、当に此の土に於て阿耨多羅三藐三菩提を得べし。号を法明如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰う。」其の仏は、恒河沙等の三千大千世界を以て一仏土と為し、七宝を地と為し、地の平らかなること掌の如く、山陵、渓澗、溝壑無く、七宝の台観、其の中に充満し、諸天の宮殿は、近く虚空に処し、人天交接して、両つながら相見ることを得。諸の悪道無く、亦女人無し。一切衆生は、皆化生を以てし、淫欲有ること無し。大神通を得て、身より光明を出し、飛行自在にして、志念堅固に、精進智慧あり、普く皆金色にして、三十二相もて自ら荘厳す。其の国の衆生は、常に二食を以てす。一には法喜食、二には禅悦食なり。無量阿僧祇千万億那由他の諸の菩薩衆有りて、大神通、四無礙智を得て、善く衆生の類を教化す。其の声聞衆は、算数校計して知ること能わざる所にして、皆六通、三明、及び八解脱を具足することを得たり。其の仏の国土には、是の如き等の無量の功徳荘厳成就すること有り。劫を宝明と名づけ、国を善浄と名づく。其の仏の寿命は無量阿僧祇劫なり。 法の住すること甚だ久しく、仏の滅度の後、七宝の塔を起てて、其の国に遍満す。 爾の時、世尊重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
現代語訳
無量阿僧祇劫を過ぎて、この国土で、この上ない悟りを得るであろう。号を法明如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊という。」その仏は、恒河沙ほどの数の三千大千世界を一つの仏国土とし、七つの宝を地とし、地は掌のように平らで、山や丘、谷川、溝や穴がなく、七宝でできた楼台や楼観がその中に満ち、諸天の宮殿は近く虚空にあって、人と天が交わり、互いに見ることができます。悪道はなく、女人もいません。すべての衆生は、みな化生によって生まれ、淫欲がありません。大いなる神通を得て、身から光明を放ち、自在に飛行し、志と念が堅固で、精進と智慧があり、みな金色で、三十二相で自らを飾っています。その国の衆生は、いつも二つの食を食べます。一つは法を喜ぶ食、二つは禅定の悦びの食です。無量阿僧祇千万億那由他の菩薩衆がいて、大いなる神通と四無礙智を得て、衆生をよく教化します。その声聞の衆は、数えて知ることができないほどで、みな六通、三明、八解脱を具えています。その仏の国土には、このような無量の功徳の荘厳が成就しています。劫を宝明といい、国を善浄といいます。その仏の寿命は無量阿僧祇劫です。 法は長く世にとどまり、仏が亡くなった後には、七宝の塔が建てられて、その国に満ちます。 そのとき世尊は、重ねてこの意義を述べようとして、偈を説いて言われました。
解説

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