法華経 / 五百弟子受記品第八(2)
「汝等勿謂富樓那但能護持助宣我法,亦於過去九十億諸佛所、護持助宣佛之正法,於彼說法人中、亦最第一。又於諸佛所說空法,明了通達,得四無礙智,常能審諦清淨說法,無有疑惑,具足菩薩神通之力。隨其壽命,常修梵行,彼佛世人、咸皆謂之實是聲聞。而富樓那以斯方便,饒益無量百千眾生,又化無量阿僧祇人、令立阿耨多羅三藐三菩提。為淨佛土故,常作佛事,教化眾生。諸比丘,富樓那亦於七佛說法人中、而得第一,今於我所說法人中、亦為第一,於賢劫中當來諸佛、說法人中,亦復第一,而皆護持、助宣佛法。亦於未來、護持助宣無量無邊諸佛之法,教化饒益無量眾生,令立阿耨多羅三藐三菩提。為淨佛土故,常勤精進、教化眾生,漸漸具足菩薩之道。
新字:「汝等勿謂富楼那但能護持助宣我法,亦於過去九十億諸仏所、護持助宣仏之正法,於彼説法人中、亦最第一。又於諸仏所説空法,明了通達,得四無礙智,常能審諦清浄説法,無有疑惑,具足菩薩神通之力。随其寿命,常修梵行,彼仏世人、咸皆謂之実是声聞。而富楼那以斯方便,饒益無量百千衆生,又化無量阿僧祇人、令立阿耨多羅三藐三菩提。為浄仏土故,常作仏事,教化衆生。諸比丘,富楼那亦於七仏説法人中、而得第一,今於我所説法人中、亦為第一,於賢劫中当来諸仏、説法人中,亦復第一,而皆護持、助宣仏法。亦於未来、護持助宣無量無辺諸仏之法,教化饒益無量衆生,令立阿耨多羅三藐三菩提。為浄仏土故,常勤精進、教化衆生,漸漸具足菩薩之道。
書き下し
「汝等、富楼那は但だ能く我が法を護持助宣すとのみ謂うこと勿れ。亦過去九十億の諸仏の所に於て、仏の正法を護持助宣し、彼の説法の人の中に於ても、亦最も第一なり。又諸仏の所説の空法に於て、明了通達し、四無礙智を得て、常に能く審諦清浄に法を説き、疑惑有ること無く、具足して菩薩の神通の力あり。其の寿命に随いて、常に梵行を修す。彼の仏の世の人は、咸皆之を実に是れ声聞なりと謂えり。而も富楼那は斯の方便を以て、無量百千の衆生を饒益し、又無量阿僧祇の人を化して、阿耨多羅三藐三菩提に立たしむ。仏土を浄めんが為の故に、常に仏事を作し、衆生を教化す。諸の比丘、富楼那は亦七仏の説法の人の中に於て、第一を得たり。今我が所に於て説法の人の中に、亦第一為り。賢劫の中の当来の諸仏の、説法の人の中に於ても、亦復第一にして、皆護持助宣仏法せん。亦未来に於て、無量無辺の諸仏の法を護持助宣し、無量の衆生を教化饒益し、阿耨多羅三藐三菩提に立たしめん。仏土を浄めんが為の故に、常に勤め精進して、衆生を教化し、漸漸に菩薩の道を具足せん。
現代語訳
「あなたたちは、富楼那がただ私の法を護り持ち、その宣布を助けているだけだと思ってはならない。彼は過去九十億の諸仏のもとでも、仏の正しい法を護り持ち、その宣布を助け、彼らの説法者の中でも、やはり最も第一であった。また諸仏が説いた空の法に、明らかに通達し、四無礙智を得て、いつも詳しく清らかに法を説き、疑いがなく、菩薩の神通の力を具えていた。寿命のあるかぎり、いつも清らかな行いを修めた。その仏の世の人々は、みな彼を本当に声聞だと思っていた。しかし富楼那はこの方便によって、無量百千の衆生を利益し、また無量阿僧祇の人々を教化して、この上ない悟りに立たせた。仏の国土を浄めるために、いつも仏の事を行い、衆生を教化した。比丘たちよ、富楼那は七仏の説法者の中でも第一を得ていた。今、私のもとで、説法者の中で第一である。賢劫の将来の諸仏のもとでも、説法者の中で第一であり、いずれも仏法を護り持ち、その宣布を助けるであろう。また未来において、無量無辺の諸仏の法を護り持ち、その宣布を助け、無量の衆生を教化し利益して、この上ない悟りに立たせるであろう。仏の国土を浄めるために、いつも励み努めて、衆生を教化し、次第に菩薩の道を具えていくであろう。
解説

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法華経・五百弟子受記品第八(1)爾の時、富楼那弥多羅尼子、仏より是の智慧方便、随宜の説法を聞き、又諸の大弟子に阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたもうを聞き、復宿世因縁の事を聞き、復諸仏に大自在神通の力有るを聞きて、未曽有なることを得、心浄く踊躍す。即ち座より起ち、仏の前に到り、頭面に足を礼し、却って一面に住し、尊顔を瞻仰して、目暫くも捨てず。而も是の念を作す、「世尊は甚だ奇特にして、為したもう所は稀有なり。世間の若干種の性に随順し、方便知見を以て、為に法を説き、衆生処処の貪著を抜出したもう。我等は仏の功徳に於て、言宣ぶること能わず、惟だ仏世尊のみ能く我等が深心の本願を知りたもう。」 爾の時、仏、諸の比丘に告げたまわく、「汝等是の富楼那弥多羅尼子を見るや否や。我常に其の説法の人の中に於て、最も第一為りと称す。亦常に其の種種の功徳を歎ず。精勤して護持し、我が法を助宣し、能く四衆に於て、示教利喜し、具足して仏の正法を解釈し、而も同梵行者を大いに饒益す。如来を捨つる自りは、能く其の言論の辯を尽くす者無し。」
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法華経・五百弟子受記品第八(4)諸の比丘諦かに聴け、仏子の行ずる所の道は、善く方便を学ぶが故に、思議すること得べからず。 衆の小法を楽い、而も大智を畏るるを知るが故に、是の故に諸の菩薩、声聞縁覚と作る。 無数の方便を以て、諸の衆生の類を化し、自ら是れ声聞なりと説き、仏道を去ること甚だ遠しとす。 無量の衆を度脱し、皆悉く成就することを得せしむ。小欲懈怠なりと雖も、漸く当に作仏せしむべし。 内には菩薩の行を秘し、外には是れ声聞なりと現ず。少欲にして生死を厭い、実には自ら仏土を浄む。 衆に三毒有ることを示し、又邪見の相を現ず。我が弟子は是の如く、方便して衆生を度す。 若し我具足して、種種の化事を現ずることを説かば、衆生是れを聞かば、心則ち疑惑を懐かん。 今此の富楼那は、昔千億の仏に於て、勤修して行ずる所の道、諸仏の法を宣護す。 無上慧を求めんが為に、而も諸仏の所に於て、現じて弟子の上に居し、多聞にして智慧あり。 説く所無所畏にして、能く衆をして歓喜せしめ、未だ曽て疲倦有らず、而も以て仏事を助く。 已に大神通を度し、四無礙智を具し、諸根の利鈍を知り、常に清浄の法を説く。 是の如き義を演暢し、諸の千億の衆を教え、大乗の法に住せしめ、而も自ら仏土を浄む。 未来にも亦無量無数の仏を供養し、正法を護助宣べ、亦自ら仏土を浄む。 常に諸の方便を以て、説法無所畏にして、不可計の衆を度し、一切智を成就せん。 諸の如来を供養し、法宝蔵を護持し、其の後に成仏することを得て、号して名づけて法明と曰わん。 其の国を善浄と名づけ、七宝の合成する所にして、劫を名づけて宝明と為し、菩薩衆甚だ多し。 其の数無量億にして、皆大神通を度し、威徳力具足して、其の国土に充満せり。 声聞も亦無数にして、三明八解脱あり、四無礙智を得て、是れ等を以て僧と為す。 其の国の諸の衆生は、淫欲皆已に断ち、純一に変化して生じ、相を具して身を荘厳す。 法喜禅悦の食あり、更に余の食想無く、諸の女人無く、亦諸の悪道無し。 富楼那比丘は、功徳悉く成満し、当に斯の浄土を得べく、賢聖の衆甚だ多し。 是の如き無量の事を、我今但だ略して説く。
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法華経・授學無學人記品第九(2)我今僧の中に説く、阿難は法を持つ者なり、当に諸仏を供養して、然して後に正覚を成ずべし。 号して山海慧自在通王仏と曰う。其の国土は清浄にして、常立勝幡と名づく。 諸の菩薩を教化すること、其の数恒沙の如し。仏に大威徳有りて、名聞十方に満つ。 寿命は量有ること無く、衆生を愍れむが故なり。正法は寿に倍し、像法は復是れに倍す。 恒河沙等の如き、無数の諸の衆生、此の仏法の中に於て、仏道の因縁を種えん。 爾の時、会中の新発意の菩薩八千人、咸是の念を作さく、「我等尚お諸の大菩薩の是の如き記を得るを聞かず、何の因縁有りて、諸の声聞は是の如き決を得るや。」 爾の時、世尊、諸の菩薩の心の念う所を知りて、之に告げて曰わく、「諸の善男子、我と阿難等とは、空王仏の所に於て、同時に阿耨多羅三藐三菩提の心を発せり。阿難は常に多聞を楽い、我は常に精進を勤む。是の故に我已に阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。而も阿難は我が法を護持し、亦将来の諸仏の法蔵を護り、諸の菩薩衆を教化成就す。其の本願是の如し、故に斯の記を獲たり。」 阿難、仏前に於て、自ら授記、及び国土の荘厳を聞き、所願具足して、心大いに歓喜し、未曽有なることを得たり。即時に過去の無量千万億の諸仏の法蔵を憶念して、通達無礙なること、今聞く所の如し。亦本願を識る。爾の時、阿難、偈を説いて言わく、 世尊は甚だ稀有なり、我をして過去の、無量の諸仏の法を念ぜしむること、今日聞く所の如し。 我今復疑い無く、仏道に安住す、方便して侍者と為りて、諸仏の法を護持す。
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法華経・法師品第十(1)爾の時、世尊、薬王菩薩に因りて、八万の大士に告げたまわく、「薬王、汝是の大衆の中の、無量の諸天、竜王、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人と非人、及び比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、仏道を求むる者を見るや。是の如き等の類、咸仏前に於て、妙法華経の一偈一句、乃至一念も随喜する者は、我皆授記を与う、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。」 仏、薬王に告げたまわく、「又如来の滅度の後に、若し人有りて、妙法華経の乃至一偈一句を聞き、一念も随喜せば、我も亦阿耨多羅三藐三菩提の記を授与す。若し復人有りて、妙法華経を受持し、読誦し、解説し、書写し、乃至一偈をも、此の経巻に於て、敬い視ること仏の如くし、種種に供養し、華、香、瓔珞、末香、塗香、焼香、繒蓋、幢幡、衣服、伎楽、乃至合掌恭敬せば、薬王、当に知るべし、是の諸人等は、已に曽て十万億の仏を供養し、諸仏の所に於て、大願を成就し、衆生を愍れむが故に、此の人間に生ぜり。」 「薬王、若し人有りて問わん、何等の衆生か、未来世に於て、当に作仏することを得べきと。応に是の諸人等は、未来世に於て、必ず作仏することを得べしと示すべし。何を以ての故に。若し善男子、善女人、法華経に於て、乃至一句も、受持し、読誦し、解説し、書写し、種種に経巻を供養し、華、香、瓔珞、末香、塗香、焼香、繒蓋、幢幡、衣服、伎楽、合掌恭敬せば、是の人は、一切世間の応に瞻奉すべき所にして、応に如来の供養を以て之を供養すべし。当に知るべし、此の人は是れ大菩薩にして、阿耨多羅三藐三菩提を成就し、衆生を哀愍して、願って此の間に生まれ、広く妙法華経を演べ分別す。何ぞ況んや尽く能く受持して、種種に供養せんをや。」
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