法華経 / 授學無學人記品第九(2)
我今僧中說, 阿難持法者, 當供養諸佛, 然後成正覺, 號曰山海慧, 自在通王佛。 其國土清淨, 名常立勝幡, 教化諸菩薩, 其數如恒沙。 佛有大威德, 名聞滿十方。 壽命無有量, 以愍眾生故。 正法倍壽命, 像法復倍是。 如恒河沙等、 無數諸眾生, 於此佛法中, 種佛道因緣。 爾時會中新發意菩薩八千人、咸作是念:「我等尚不聞諸大菩薩得如是記,有何因緣、而諸聲聞得如是決?」 爾時世尊知諸菩薩、心之所念,而告之曰:「諸善男子,我與阿難等,於空王佛所、同時發阿耨多羅三藐三菩提心。阿難常樂多聞,我常勤精進。是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提,而阿難護持我法,亦護將來諸佛法藏,教化成就諸菩薩眾,其本願如是,故獲斯記。」 阿難面於佛前,自聞授記、及國土莊嚴,所願具足,心大歡喜,得未曾有。即時憶念過去無量千萬億諸佛法藏,通達無礙,如今所聞,亦識本願。爾時阿難而說偈言: 世尊甚稀有, 令我念過去, 無量諸佛法, 如今日所聞。 我今無復疑, 安住於佛道, 方便為侍者, 護持諸佛法。
新字:我今僧中説, 阿難持法者, 当供養諸仏, 然後成正覚, 号曰山海慧, 自在通王仏。 其国土清浄, 名常立勝幡, 教化諸菩薩, 其数如恒沙。 仏有大威徳, 名聞満十方。 寿命無有量, 以愍衆生故。 正法倍寿命, 像法復倍是。 如恒河沙等、 無数諸衆生, 於此仏法中, 種仏道因縁。 爾時会中新発意菩薩八千人、咸作是念:「我等尚不聞諸大菩薩得如是記,有何因縁、而諸声聞得如是決?」 爾時世尊知諸菩薩、心之所念,而告之曰:「諸善男子,我与阿難等,於空王仏所、同時発阿耨多羅三藐三菩提心。阿難常楽多聞,我常勤精進。是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提,而阿難護持我法,亦護将来諸仏法蔵,教化成就諸菩薩衆,其本願如是,故獲斯記。」 阿難面於仏前,自聞授記、及国土荘厳,所願具足,心大歓喜,得未曽有。即時憶念過去無量千万億諸仏法蔵,通達無礙,如今所聞,亦識本願。爾時阿難而説偈言: 世尊甚稀有, 令我念過去, 無量諸仏法, 如今日所聞。 我今無復疑, 安住於仏道, 方便為侍者, 護持諸仏法。
書き下し
我今僧の中に説く、阿難は法を持つ者なり、当に諸仏を供養して、然して後に正覚を成ずべし。 号して山海慧自在通王仏と曰う。其の国土は清浄にして、常立勝幡と名づく。 諸の菩薩を教化すること、其の数恒沙の如し。仏に大威徳有りて、名聞十方に満つ。 寿命は量有ること無く、衆生を愍れむが故なり。正法は寿に倍し、像法は復是れに倍す。 恒河沙等の如き、無数の諸の衆生、此の仏法の中に於て、仏道の因縁を種えん。 爾の時、会中の新発意の菩薩八千人、咸是の念を作さく、「我等尚お諸の大菩薩の是の如き記を得るを聞かず、何の因縁有りて、諸の声聞は是の如き決を得るや。」 爾の時、世尊、諸の菩薩の心の念う所を知りて、之に告げて曰わく、「諸の善男子、我と阿難等とは、空王仏の所に於て、同時に阿耨多羅三藐三菩提の心を発せり。阿難は常に多聞を楽い、我は常に精進を勤む。是の故に我已に阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。而も阿難は我が法を護持し、亦将来の諸仏の法蔵を護り、諸の菩薩衆を教化成就す。其の本願是の如し、故に斯の記を獲たり。」 阿難、仏前に於て、自ら授記、及び国土の荘厳を聞き、所願具足して、心大いに歓喜し、未曽有なることを得たり。即時に過去の無量千万億の諸仏の法蔵を憶念して、通達無礙なること、今聞く所の如し。亦本願を識る。爾の時、阿難、偈を説いて言わく、 世尊は甚だ稀有なり、我をして過去の、無量の諸仏の法を念ぜしむること、今日聞く所の如し。 我今復疑い無く、仏道に安住す、方便して侍者と為りて、諸仏の法を護持す。
現代語訳
私は今、僧の中で説く。阿難は法を保つ者であり、諸仏を供養して、その後に正しい悟りを成就するであろう。号は山海慧自在通王仏という。その国土は清らかで、常立勝幡という。諸の菩薩を教化し、その数は恒河沙のようである。仏には大いなる威徳があり、名声は十方に満ちる。寿命に限りがないのは、衆生を憐れむためである。正法は寿命の倍あり、像法はさらにその倍ある。恒河沙ほどの無数の衆生が、この仏法の中で、仏道の因縁を植えるであろう。 そのとき、会衆の中の、初めて悟りを求める心を起こした菩薩八千人は、みなこう思いました。「私たちは、これまで大菩薩たちがこのような記を得たと聞いたことがありません。どんな因縁があって、声聞たちがこのような決定を得るのでしょうか。」そのとき世尊は、諸の菩薩の心の思いを知って、告げられました。「善き男子たちよ、私と阿難たちは、空王仏のもとで、同時にこの上ない悟りを求める心を起こした。阿難はいつも多く聞くことを好み、私はいつも精進に励んだ。だから私はすでにこの上ない悟りを成就することができた。しかし阿難は私の法を護り持ち、将来の諸仏の法の蔵をも護り、諸の菩薩の衆を教化し成就させる。その本願はこのようなものであり、だからこの記を得たのである。」 阿難は、仏の前で、自分への授記と、国土の荘厳を聞いて、願いが満たされ、心は大いに喜び、かつてない思いを得ました。すぐに、過去の無量千万億の諸仏の法の蔵を思い起こし、すみずみまで通達してさえぎるものがなく、今聞いたことのようでした。また自分の本願も悟りました。そのとき阿難は偈を説いて言いました。 世尊はまことに稀有な方です。私に過去の、無量の諸仏の法を思い起こさせてくださいました。今日聞くことのようにです。私はもう疑いません。仏道に安住しています。方便のために侍者となって、諸仏の法を護り持ってきたのです。
解説

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