法華経 / 化城喻品第七(9)
世尊轉法輪,擊甘露法鼓,度苦惱眾生,開示涅槃道。 惟願受我請,以大微妙音,哀愍而敷演,無量劫集法。 爾時大通智勝如來,受十方諸梵天王、及十六王子請,即時三轉十二行法輪,若沙門、婆羅門,若天、魔、梵,及餘世間所不能轉,謂是苦,是苦集,是苦滅,是苦滅道。及廣說十二因緣法,無明緣行,行緣識,識緣名色,名色緣六入,六入緣觸,觸緣受,受緣愛,愛緣取,取緣有,有緣生,生緣老死憂悲苦惱。無明滅、則行滅,行滅、則識滅,識滅、則名色滅,名色滅,則六入滅,六入滅,則觸滅,觸滅、則受滅,受滅、則愛滅,愛滅,則取滅,取滅,則有滅,有滅,則生滅,生滅,則老死憂悲苦惱滅。 佛於天人大眾之中,說是法時,六百萬億那由他人,以不受一切法故,而於諸漏,心得解脫,皆得深妙禪定,三明、六通、具八解脫。第二第三第四說法時,千萬億恒河沙那由他等眾生,亦以不受一切法故,而於諸漏,心得解脫。從是已後,諸聲聞眾,無量無邊不可稱數。
新字:世尊転法輪,撃甘露法鼓,度苦悩衆生,開示涅槃道。 惟願受我請,以大微妙音,哀愍而敷演,無量劫集法。 爾時大通智勝如来,受十方諸梵天王、及十六王子請,即時三転十二行法輪,若沙門、婆羅門,若天、魔、梵,及余世間所不能転,謂是苦,是苦集,是苦滅,是苦滅道。及広説十二因縁法,無明縁行,行縁識,識縁名色,名色縁六入,六入縁触,触縁受,受縁愛,愛縁取,取縁有,有縁生,生縁老死憂悲苦悩。無明滅、則行滅,行滅、則識滅,識滅、則名色滅,名色滅,則六入滅,六入滅,則触滅,触滅、則受滅,受滅、則愛滅,愛滅,則取滅,取滅,則有滅,有滅,則生滅,生滅,則老死憂悲苦悩滅。 仏於天人大衆之中,説是法時,六百万億那由他人,以不受一切法故,而於諸漏,心得解脱,皆得深妙禅定,三明、六通、具八解脱。第二第三第四説法時,千万億恒河沙那由他等衆生,亦以不受一切法故,而於諸漏,心得解脱。従是已後,諸声聞衆,無量無辺不可称数。
書き下し
世尊は法輪を転じ、甘露の法鼓を撃ち、苦悩の衆生を度し、涅槃の道を開示したまえ。 惟だ願わくは我が請を受けて、大微妙の音を以て、哀愍して敷演したまえ、無量劫に集めたまえる法を。 爾の時、大通智勝如来、十方の諸の梵天王、及び十六王子の請を受けて、即時に三たび十二行の法輪を転じたもう。若しは沙門、婆羅門、若しは天、魔、梵、及び余の世間の転ずること能わざる所なり。謂わく、是れ苦、是れ苦集、是れ苦滅、是れ苦滅道なり。及び広く十二因縁の法を説きたもう。無明は行に縁たり、行は識に縁たり、識は名色に縁たり、名色は六入に縁たり、六入は触に縁たり、触は受に縁たり、受は愛に縁たり、愛は取に縁たり、取は有に縁たり、有は生に縁たり、生は老死、憂悲苦悩に縁たり。無明滅すれば、則ち行滅し、行滅すれば、則ち識滅し、識滅すれば、則ち名色滅し、名色滅すれば、則ち六入滅し、六入滅すれば、則ち触滅し、触滅すれば、則ち受滅し、受滅すれば、則ち愛滅し、愛滅すれば、則ち取滅し、取滅すれば、則ち有滅し、有滅すれば、則ち生滅し、生滅すれば、則ち老死、憂悲苦悩滅す。 仏、天人の大衆の中に於て、是の法を説きたもう時、六百万億那由他の人、一切の法を受けざるを以ての故に、諸漏に於て、心に解脱を得、皆深妙の禅定を得、三明、六通、八解脱を具す。第二、第三、第四の説法の時も、千万億恒河沙那由他等の衆生、亦一切の法を受けざるを以ての故に、諸漏に於て、心に解脱を得。是れより已後、諸の声聞衆、無量無辺にして称数すべからず。
現代語訳
世尊よ、法輪を転じ、甘露の法の鼓を打ち、苦しみ悩む衆生をお救いになり、涅槃への道をお示しください。どうか私たちの請いをお受けになり、大いに妙なる声で、はかり知れない劫のあいだ集めてこられた法を、憐れんで説き広めてください。 そのとき大通智勝如来は、十方の梵天王たちと十六人の王子の請いを受けて、ただちに三度、十二の相をもつ法輪を転じられました。それは、沙門や婆羅門、天、魔、梵、そのほかの世間のだれにも転ずることのできないものでした。すなわち、これは苦である、これは苦の集まりである、これは苦の滅である、これは苦の滅に至る道である、という教えです。さらに広く十二因縁の法を説かれました。無明を縁として行があり、行を縁として識があり、識を縁として名色があり、名色を縁として六入があり、六入を縁として触があり、触を縁として受があり、受を縁として愛があり、愛を縁として取があり、取を縁として有があり、有を縁として生があり、生を縁として老いと死、憂い悲しみ苦しみ悩みがあります。無明が滅すれば行が滅し、行が滅すれば識が滅し、識が滅すれば名色が滅し、名色が滅すれば六入が滅し、六入が滅すれば触が滅し、触が滅すれば受が滅し、受が滅すれば愛が滅し、愛が滅すれば取が滅し、取が滅すれば有が滅し、有が滅すれば生が滅し、生が滅すれば老いと死、憂い悲しみ苦しみ悩みが滅します。 仏が天と人の大衆の中でこの法を説かれたとき、六百万億那由他の人々が、あらゆる法に執着しないことによって、もろもろの煩悩から心が解き放たれ、みな深く妙なる禅定を得て、三明、六通、八解脱を具えました。第二、第三、第四の説法のときにも、千万億恒河沙那由他などの衆生が、同じようにあらゆる法に執着しないことによって、煩悩から心が解き放たれました。それ以後、声聞の衆は、数えきれないほど無数になりました。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
法華経・化城喻品第七(15)大通智勝仏、十劫道場に坐したまえども、仏法現前せず、仏道を成ずることを得ず。 諸天神竜王、阿修羅衆等、常に天華を雨らして、以て彼の仏を供養す。 諸天は天鼓を撃ち、並びに衆の伎楽を作し、香風萎める華を吹き、更に新しく好き者を雨らす。 十小劫を過ぎ已りて、乃ち仏道を成ずることを得たまえり。諸天及び世人、心皆踊躍を懐く。 彼の仏の十六子、皆其の眷属と与に、千万億囲繞して、倶に仏の所に行至し、 頭面に仏足を礼して、法輪を転ぜんことを請う、「聖師子の法雨、我及び一切に充てたまえ。 世尊は甚だ値い難し、久遠の時に一たび現じたもう。群生を覚悟せしめんが為に、一切を震動したもう。」 東方の諸の世界、五百万億の国、梵の宮殿の光曜、昔より未だ曽て有らず。 諸の梵は此の相を見て、尋いで来りて仏の所に至り、華を散じて以て供養し、並びに宮殿を奉上す。 仏に請うて法輪を転ぜしめ、偈を以て讃歎すれども、仏は時の未だ至らざるを知り、請を受けて黙然として坐したまえり。 三方及び四維、上下も亦復爾り、華を散じ宮殿を奉りて、仏に請うて法輪を転ぜしむ。 世尊は甚だ値い難し、願わくは大慈悲を以て、広く甘露の門を開き、無上の法輪を転じたまえ。 無量慧の世尊、彼の衆人の請を受け、為に種種の法を宣べたもう、四諦十二縁なり。 無明より老死に至るまで、皆生縁より有り、是の如き衆の過患を、汝等応当に知るべし。 是の法を宣暢したもう時、六百万億垓、諸苦の際を尽くすことを得て、皆阿羅漢と成れり。 第二の説法の時、千万の恒沙の衆、諸法に於て受けず、亦阿羅漢を得たり。 是れより後の得道の者、其の数量有ること無く、万億劫に算数すとも、其の辺を得ること能わず。
-
法華経・化城喻品第七(3)大威徳の世尊、衆生を度せんが為の故に、無量億劫に於て、爾して乃ち成仏することを得たまえり、 諸願已に具足したまえり、善いかな吉にして無上なり。世尊は甚だ稀有なり、一たび坐したまうこと十小劫、 身体及び手足、静然として安らかに動ぜず。其の心は常に惔怕にして、未だ曾て散乱有らず、 究竟して永く寂滅し、無漏の法に安住したまえり。今者、世尊の、安穏に仏道を成じたまえるを見て、 我等、善利を得て、慶びを称えて大いに歓喜す。衆生は常に苦悩し、盲瞑にして導師無く、 苦尽の道を識らず、解脱を求むることを知らず。長夜に悪趣を増し、諸天衆を減損し、 冥きより冥きに入りて、永く仏名を聞かず。今、仏は最上の、安穏無漏の道を得たまえり、 我等及び天人、最大の利を得んが為に、是の故に咸く稽首して、無上尊に帰命したてまつる。 爾の時、十六の王子、偈をもて仏を讃え已りて、世尊に法輪を転ずることを勧請し、咸く是の言を作さく、「世尊の説法は、多く安穏にする所あり、諸の天人民を憐愍し饒益したまわん」と。重ねて偈を説きて言わく、 世雄は等倫無く、百福もて自ら荘厳し、無上の智慧を得たまえり。願わくは世間の為に説きたまえ、 我等、及び諸の衆生類を度脱し、為に分別して顕示し、是の智慧を得しめたまえ。 若し我等、仏を得ば、衆生も亦復た然らん。世尊は衆生の、深心の念ずる所を知りたまい、 亦た行ずる所の道を知り、又、智慧の力、欲楽及び修福、宿命に行ぜし業を知りたまう。 世尊は悉く知り已りて、当に無上の輪を転じたもうべし。 仏、諸の比丘に告げたまわく、『大通智勝仏、阿耨多羅三藐三菩提を得たまいし時、十方各五百万億の諸仏の世界、六種に震動し、其の国の中間の幽冥の処、日月の威光の照らすこと能わざる所にも、而も皆大いに明らかなり。其の中の衆生、各相見ることを得て、咸く是の言を作さく、『此の中に云何ぞ忽ちに衆生を生ずるや』と。又、其の国界の、諸天の宮殿、乃至梵宮、六種に震動し、大光普く照らして、世界に遍満し、諸天の光に勝れり』と。』
-
法華経・化城喻品第七(6)聖主、天中の王、迦陵頻伽の声、衆生を哀愍する者よ、我等今敬礼したてまつる。 世尊は甚だ稀有にして、久遠にして乃ち一たび現じたもう、一百八十劫、空しく過ぎて仏有ること無く、 三悪道は充満し、諸天衆は減少す。今、仏は世に出でて、衆生の為に眼と作りたまう、 世間の帰趣する所、一切を救護したもう、衆生の父として、哀愍し饒益したもう者なり。 我等は宿福の慶びにより、今、世尊に値いたてまつることを得たり。 爾の時、諸の梵天王は、偈をもて仏を讃え已りて、各是の言を作さく、「惟だ願わくは世尊、一切を哀愍して、法輪を転じ、衆生を度脱したまえ」と。時に諸の梵天王は、一心に同声に、偈を説きて言わく、 大聖よ、法輪を転じ、諸法の相を顕示し、苦悩の衆生を度して、大歓喜を得しめたまえ。 衆生は此の法を聞かば、道を得、若しくは天に生じ、諸の悪道は減少し、忍善の者は増益せん。 爾の時、大通智勝如来は、黙然として之を許したまえり。 又、諸の比丘、南方の五百万億の国土の、諸の大梵王は、各自ら宮殿の光明照曜して、昔より未だ有らざるを見て、歓喜踊躍し、稀有の心を生じ、即ち各相い詣りて、共に此の事を議す、「何の因縁を以て、我等の宮殿に此の光曜有るや」と。時に彼の衆の中に、一の大梵天王有り、名を妙法と曰い、諸の梵衆の為に、偈を説きて言わく、 我等の諸の宮殿の、光明は甚だ威曜せり、此れは因縁無きに非ず、是の相は宜しく之を求むべし。 百千劫を過ぐるも、未だ曾て是の相を見ず、大徳の天の生まれたるか、仏の世間に出でたまうか。 爾の時、五百万億の諸の梵天王は、宮殿と俱に、各衣祴に諸の天華を盛り、共に北方に詣りて、是の相を推尋す。大通智勝如来の、道場の菩提樹の下に処し、師子座に坐したまい、諸の天、龍王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の、恭敬し囲繞し、及び十六の王子の、仏に法輪を転ぜんことを請うを見る。
-
法華経・化城喻品第七(5)爾の時、諸の梵天王は、偈をもて仏を讃え已りて、各是の言を作さく、「惟だ願わくは世尊、法輪を転じて、衆生を度脱し、涅槃の道を開きたまえ」と。時に諸の梵天王は、一心に同声に、偈を説きて言わく、 世雄、両足の尊よ、惟だ願わくは法を演説したまえ、大慈悲の力をもて、苦悩の衆生を度したまえ。 爾の時、大通智勝如来は、黙然として之を許したまえり。 又、諸の比丘、東南方の五百万億の国土の、諸の大梵王は、各自ら宮殿の光明照曜して、昔より未だ有らざるを見て、歓喜踊躍し、稀有の心を生じ、即ち各相い詣りて、共に此の事を議す。時に彼の衆の中に、一の大梵天王有り、名を大悲と曰い、諸の梵衆の為に、偈を説きて言わく、 是の事は何の因縁ぞ、而も此の如き相を現ずる、我等の諸の宮殿の、光明は昔より未だ有らず。 大徳の天の生まれたるか、仏の世間に出でたまうか、未だ曾て此の相を見ず、当に共に一心に求むべし。 千万億の土を過ぎて、光を尋ねて共に之を推せば、多くは是れ仏の世に出でて、苦の衆生を度脱したまうならん。 爾の時、五百万億の諸の梵天王は、宮殿と俱に、各衣祴に諸の天華を盛り、共に西北方に詣りて、是の相を推尋す。大通智勝如来の、道場の菩提樹の下に処し、師子座に坐したまい、諸の天、龍王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の、恭敬し囲繞し、及び十六の王子の、仏に法輪を転ぜんことを請うを見る。 時に諸の梵天王は、頭面に仏を礼し、繞ること百千匝し、即ち天華を以て仏の上に散ず。散ずる所の華は、須弥山の如く、並びに以て仏の菩提樹に供養す。華供養し已りて、各宮殿を以て、彼の仏に奉上し、是の言を作さく、「惟だ哀愍を垂れ、我等を饒益したまえ、献ずる所の宮殿、願わくは納受を垂れたまえ」と。爾の時、諸の梵天王は、即ち仏の前に於て、一心に同声に、偈頌を以て曰う、
-
法華経・化城喻品第七(8)爾の時、五百万億の諸の梵天王、宮殿と倶に、各衣祴を以て諸の天華を盛り、共に下方に詣りて、是の相を推尋す。大通智勝如来の、道場の菩提樹の下に処して、師子座に坐し、諸天、竜王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の、恭敬し囲繞せるを見、及び十六王子の仏に法輪を転ぜんことを請うを見る。 時に諸の梵天王、頭面に仏を礼し、百千匝を繞り、即ち天華を以て仏の上に散ず。散ずる所の華は、須弥山の如し。並びに以て仏の菩提樹に供養す。華の供養已りて、各宮殿を以て、彼の仏に奉上して、是の言を作す、「惟だ哀愍を見て、我等を饒益し、献ずる所の宮殿、願わくは納受を垂れたまえ。」時に諸の梵天王、即ち仏前に於て、一心に声を同じくして、偈を以て頌して曰く、 善いかな諸仏を見たてまつる、世を救う聖尊、能く三界の獄より、勉めて諸の衆生を出したもう。 普智の天人尊、群萌の類を哀愍し、能く甘露の門を開き、広く一切を度したもう。 昔の無量劫に於て、空しく過ぎて仏有ること無く、世尊の未だ出でたまわざる時、十方は常に暗冥にして、 三悪道増長し、阿修羅も亦盛んに、諸天の衆は転た減じ、死して多く悪道に堕つ。 仏より法を聞かず、常に不善の事を行じ、色力及び智慧、斯れ等皆減少し、 罪業の因縁の故に、楽及び楽想を失い、邪見の法に住して、善き儀則を識らず、 仏の化する所を蒙らず、常に悪道に堕つ。仏は世間の眼なり、久遠の時にして乃ち出でたもう、 諸の衆生を哀愍するが故に、世間に現じたもう。超出して正覚を成じたまえり、我等甚だ欣慶し、 及び余の一切の衆も、喜歎すること未曽有なり。我等が諸の宮殿は、光を蒙るが故に厳飾せり、 今以て世尊に奉る、惟だ哀納を垂れたまえ。願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、 我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜん。 爾の時、五百万億の諸の梵天王、偈もて仏を讃じ已りて、各仏に白して言さく、「惟だ願わくは世尊、法輪を転じて、安隠する所多く、度脱する所多からしめたまえ。」時に諸の梵天王、偈を説いて言く、
-
法華経・化城喻品第七(7)時に諸の梵天王、頭面に仏を礼し、百千匝を繞り、即ち天華を以て仏の上に散ず。散ずる所の華は、須弥山の如し。並びに以て仏の菩提樹に供養す。華の供養已りて、各宮殿を以て、彼の仏に奉上して、是の言を作す、「惟だ哀愍を見て、我等を饒益し、献ずる所の宮殿、願わくは納受を垂れたまえ。」爾の時、諸の梵天王、即ち仏前に於て、一心に声を同じくして、偈を以て頌して曰く、 世尊は甚だ見たてまつり難し、諸の煩悩を破する者なり、百三十劫を過ぎて、今乃ち一たび見たてまつることを得たり。 諸の饑渇の衆生に、法雨を以て充満したもう、昔より未だ曽て睹ざる所、無量の智慧ある者なり。 優曇鉢華の如く、今日乃ち値遇したてまつる、我等が諸の宮殿は、光を蒙るが故に厳飾せり。 世尊、大慈愍をもて、惟だ願わくは納受を垂れたまえ。 爾の時、諸の梵天王、偈もて仏を讃じ已りて、各是の言を作す、「惟だ願わくは世尊、法輪を転じて、一切世間の、諸天、魔、梵、沙門、婆羅門をして、皆安隠を獲て、度脱を得せしめたまえ。」時に諸の梵天王、一心に声を同じくして、偈を以て頌して曰く、 惟だ願わくは天人尊、無上の法輪を転じ、大法鼓を撃ち、而して大法螺を吹き、 普く大法雨を雨らし、無量の衆生を度したまえ。我等咸く帰して請う、当に深遠の音を演べたまえ。 爾の時、大通智勝如来、黙然として之を許したまう。西南方、乃至下方も、亦復是の如し。 爾の時、上方五百万億の国土の、諸の大梵王、皆悉く自ら止まる所の宮殿を睹るに、光明威曜、昔より未だ有らざる所なり。歓喜踊躍し、稀有の心を生じ、即ち各相詣りて、共に此の事を議す、「何の因縁を以て、我等が宮殿に、斯の光明有る。」時に彼の衆の中に、一りの大梵天王有り、名を尸棄と曰う、諸の梵衆の為に偈を説いて言く、 今何の因縁を以て、我等が諸の宮殿、威徳の光明曜き、厳飾未曽有なる。 是の如き妙相は、昔より未だ聞見せず、大徳天の生ずるが為か、仏の世間に出ずるが為か。