法華経 / 譬喻品第三(12)
「舍利弗,如彼長者、見諸子等安隱得出火宅,到無畏處,自惟財富無量,等以大車而賜諸子。如來亦復如是,為一切眾生之父,若見無量億千眾生,以佛教門、出三界苦、怖畏險道,得涅槃樂。如來爾時便作是念:『我有無量無邊智慧、力無畏等諸佛法藏,是諸眾生,皆是我子,等與大乘,不令有人獨得滅度。』皆以如來滅度而滅度之。是諸眾生脫三界者,悉與諸佛禪定、解脫、等娛樂之具,皆是一相、一種,聖所稱歎,能生淨妙第一之樂。」 「舍利弗,如彼長者、初以三車誘引諸子,然後但與大車,寶物莊嚴,安隱第一,然彼長者無虛妄之咎。如來亦復如是、無有虛妄,初說三乘、引導眾生,然後但以大乘而度脫之。何以故。如來有無量智慧、力無所畏諸法之藏,能與一切眾生大乘之法,但不盡能受。」 「舍利弗,以是因緣,當知諸佛方便力故,於一佛乘、分別說三。」 佛欲重宣此義,而說偈言:
新字:「舎利弗,如彼長者、見諸子等安隠得出火宅,到無畏処,自惟財富無量,等以大車而賜諸子。如来亦復如是,為一切衆生之父,若見無量億千衆生,以仏教門、出三界苦、怖畏険道,得涅槃楽。如来爾時便作是念:『我有無量無辺智慧、力無畏等諸仏法蔵,是諸衆生,皆是我子,等与大乗,不令有人独得滅度。』皆以如来滅度而滅度之。是諸衆生脱三界者,悉与諸仏禅定、解脱、等娯楽之具,皆是一相、一種,聖所称嘆,能生浄妙第一之楽。」 「舎利弗,如彼長者、初以三車誘引諸子,然後但与大車,宝物荘厳,安隠第一,然彼長者無虚妄之咎。如来亦復如是、無有虚妄,初説三乗、引導衆生,然後但以大乗而度脱之。何以故。如来有無量智慧、力無所畏諸法之蔵,能与一切衆生大乗之法,但不尽能受。」 「舎利弗,以是因縁,当知諸仏方便力故,於一仏乗、分別説三。」 仏欲重宣此義,而説偈言:
書き下し
「舎利弗、彼の長者の、諸子等の安穏に火宅を出でて、無畏の処に到るを見、自ら財富無量なりと惟い、等しく大車を以て諸子に賜うが如く、如来も亦復是の如し。一切衆生の父として、若し無量億千の衆生の、仏教の門を以て三界の苦、怖畏の険道を出でて、涅槃の楽を得るを見ば、如来爾の時便ち是の念を作す、『我に無量無辺の智慧・力・無畏等、諸仏の法蔵有り。是の諸の衆生は、皆是れ我が子なり、等しく大乗を与えて、人の独り滅度を得ること有らしめじ』と。皆如来の滅度を以て、之を滅度せしむ。是の諸の衆生の三界を脱する者には、悉く諸仏の禅定・解脱等の娯楽の具を与う、皆是れ一相・一種にして、聖の称歎する所、能く浄妙第一の楽を生ず。」 「舎利弗、彼の長者の、初め三車を以て諸子を誘引し、然して後に但大車の、宝物荘厳して、安穏第一なるを与うるも、然も彼の長者は虚妄の咎無きが如く、如来も亦復是の如く、虚妄有ること無し。初め三乗を説きて衆生を引導し、然して後に但大乗を以て之を度脱す。何を以ての故に。如来には無量の智慧・力・無所畏の諸法の蔵有りて、能く一切衆生に大乗の法を与えんも、但尽くは能く受けざればなり。」 「舎利弗、是の因縁を以て、当に知るべし、諸仏の方便力の故に、一仏乗に於いて、分別して三を説きたまえり。」 仏、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説きて言わく、
現代語訳
「舎利弗よ、あの長者が、子どもたちが安全に火の家を出て、恐れのない場所に着いたのを見て、自分の財産が無量であることを思い、等しく大車を子どもたちに与えたように、如来もまた同じです。あらゆる衆生の父として、もし無量億千の衆生が、仏の教えの門によって三界の苦と、恐れに満ちた険しい道を出て、涅槃の楽を得るのを見たなら、如来はそのとき、こう思います。私には無量無辺の智慧、力、恐れなき自信など、諸仏の法の蔵がある。この衆生は皆私の子である。等しく大乗を与えて、ひとりだけが滅度を得ることがないようにしよう、と。皆、如来の滅度によって滅度させます。三界を脱したこれらの衆生には、すべて諸仏の禅定、解脱などの楽しみの道具を与えます。これらはすべて一つの相、一つの種類であり、聖者が称賛するもので、清らかで妙なる第一の楽を生じます。」 「舎利弗よ、あの長者が、最初は三つの車で子どもたちを誘い出し、その後ただ大車、宝で飾られ、安らぎ第一のものを与えても、あの長者には偽りの咎がないように、如来もまた同じで、偽りはありません。最初に三乗を説いて衆生を導き、その後はただ大乗によって救います。なぜなら、如来には無量の智慧、力、恐れなき自信の諸法の蔵があり、あらゆる衆生に大乗の法を与えることができるのですが、ただ、すべての者が受けきれないからです。」 「舎利弗よ、この因縁により、諸仏の方便の力によって、一仏乗の中で、分けて三を説かれたのだと知りなさい。」 仏は、重ねてこの意味を述べようとして、偈を説いて言われました。
解説

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