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法華経 / 方便品第二(7)

「舍利弗,過去諸佛,以無量無數方便、種種因緣、譬喻言辭、而為眾生演說諸法,是法、皆為一佛乘故。是諸眾生,從諸佛聞法,究竟皆得一切種智。舍利弗,未來諸佛、當出於世,亦以無量無數方便、種種因緣、譬喻言辭、而為眾生演說諸法,是法、皆為一佛乘故。是諸眾生,從佛聞法,究竟皆得一切種智。舍利弗,現在十方無量百千萬億佛土中、諸佛世尊,多所饒益、安樂眾生,是諸佛、亦以無量無數方便、種種因緣、譬喻言辭、而為眾生演說諸法,是法、皆為一佛乘故。是諸眾生,從佛聞法,究竟皆得一切種智。舍利弗,是諸佛、但教化菩薩,欲以佛之知見、示眾生故,欲以佛之知見、悟眾生故,欲令眾生入佛之知見故。舍利弗,我今亦復如是,知諸眾生有種種欲,深心所著,隨其本性,以種種因緣、譬喻言辭、方便力、而為說法。舍利弗,如此,皆為得一佛乘、一切種智故。」 「舍利弗,十方世界中,尚無二乘,何況有三。舍利弗,諸佛出於五濁惡世,所謂劫濁、煩惱濁、眾生濁、見濁、命濁。如是舍利弗,劫濁亂時,眾生垢重,慳貪嫉妒,成就諸不善根故,諸佛以方便力,於一佛乘、分別說三。舍利弗,若我弟子,自謂阿羅漢、辟支佛者,不聞不知諸佛如來、但教化菩薩事,此非佛弟子,非阿羅漢,非辟支佛。」

新字:「舎利弗,過去諸仏,以無量無数方便、種種因縁、譬喩言辞、而為衆生演説諸法,是法、皆為一仏乗故。是諸衆生,従諸仏聞法,究竟皆得一切種智。舎利弗,未来諸仏、当出於世,亦以無量無数方便、種種因縁、譬喩言辞、而為衆生演説諸法,是法、皆為一仏乗故。是諸衆生,従仏聞法,究竟皆得一切種智。舎利弗,現在十方無量百千万億仏土中、諸仏世尊,多所饒益、安楽衆生,是諸仏、亦以無量無数方便、種種因縁、譬喩言辞、而為衆生演説諸法,是法、皆為一仏乗故。是諸衆生,従仏聞法,究竟皆得一切種智。舎利弗,是諸仏、但教化菩薩,欲以仏之知見、示衆生故,欲以仏之知見、悟衆生故,欲令衆生入仏之知見故。舎利弗,我今亦復如是,知諸衆生有種種欲,深心所著,随其本性,以種種因縁、譬喩言辞、方便力、而為説法。舎利弗,如此,皆為得一仏乗、一切種智故。」 「舎利弗,十方世界中,尚無二乗,何況有三。舎利弗,諸仏出於五濁悪世,所謂劫濁、煩悩濁、衆生濁、見濁、命濁。如是舎利弗,劫濁乱時,衆生垢重,慳貪嫉妬,成就諸不善根故,諸仏以方便力,於一仏乗、分別説三。舎利弗,若我弟子,自謂阿羅漢、辟支仏者,不聞不知諸仏如来、但教化菩薩事,此非仏弟子,非阿羅漢,非辟支仏。」

書き下し

「舎利弗、過去の諸仏も、無量無数の方便、種種の因縁、譬喩言辞をもって、衆生の為に諸法を演説したまいき。是の法は、皆な一仏乗の為なり。是の諸の衆生は、諸仏より法を聞きて、究竟して皆な一切種智を得たり。舎利弗、未来の諸仏も、当に世に出でて、亦た無量無数の方便、種種の因縁、譬喩言辞をもって、衆生の為に諸法を演説したまうべし。是の法は、皆な一仏乗の為なり。是の諸の衆生は、仏より法を聞きて、究竟して皆な一切種智を得ん。舎利弗、現在十方の無量百千万億の仏土の中の、諸仏世尊、多く饒益し、衆生を安楽にしたもう。是の諸仏も、亦た無量無数の方便、種種の因縁、譬喩言辞をもって、衆生の為に諸法を演説したもう。是の法は、皆な一仏乗の為なり。是の諸の衆生は、仏より法を聞きて、究竟して皆な一切種智を得。舎利弗、是の諸仏は、但だ菩薩を教化し、仏の知見を以て衆生に示さんと欲するが故に、仏の知見を以て衆生を悟らしめんと欲するが故に、衆生をして仏の知見に入らしめんと欲するが故なり。舎利弗、我れ今も亦復た是くの如し。諸の衆生に種種の欲あり、深心の著する所あるを知りて、其の本性に随い、種種の因縁、譬喩言辞、方便力をもって、為に法を説く。舎利弗、此くの如きは、皆な一仏乗、一切種智を得んが為の故なり」と。 「舎利弗、十方世界の中に、尚お二乗無し、何に況んや三有らんや。舎利弗、諸仏は五濁悪世に出でたもう。所謂る劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁なり。是くの如く舎利弗、劫濁の乱れたる時、衆生は垢重く、慳貪嫉妬にして、諸の不善根を成就するが故に、諸仏は方便力をもって、一仏乗に於いて分別して三を説きたもう。舎利弗、若し我が弟子、自ら阿羅漢・辟支仏なりと謂う者、諸仏如来の、但だ菩薩を教化したもう事を聞かず知らざれば、此れは仏弟子に非ず、阿羅漢に非ず、辟支仏に非ず」と。

現代語訳

「舎利弗よ、過去の諸仏も、無数の方便、さまざまな因縁、譬えと言葉によって、衆生のために諸法を説かれました。その法は、すべて一仏乗のためでした。これらの衆生は、諸仏から法を聞いて、ついにはみな一切種智を得ました。舎利弗よ、未来の諸仏も、世に出られて、また無数の方便、さまざまな因縁、譬えと言葉によって、衆生のために諸法を説かれるでしょう。その法は、すべて一仏乗のためです。これらの衆生は、仏から法を聞いて、ついにはみな一切種智を得るでしょう。舎利弗よ、現在、十方の無数の仏国土におられる諸仏世尊は、多くの利益を与え、衆生を安らかに楽にしておられます。これらの諸仏も、無数の方便、さまざまな因縁、譬えと言葉によって、衆生のために諸法を説かれています。その法は、すべて一仏乗のためです。これらの衆生は、仏から法を聞いて、ついにはみな一切種智を得ます。舎利弗よ、これらの諸仏は、ただ菩薩を教え導き、仏の知見を衆生に示そうとするために、仏の知見で衆生を悟らせようとするために、衆生を仏の知見に入らせようとするために、法を説かれるのです。舎利弗よ、私もいま同じです。衆生にはさまざまな欲があり、心の奥深くに執着するところがあることを知って、その本性に従い、さまざまな因縁、譬えと言葉、方便の力によって、法を説いています。舎利弗よ、このようであるのは、すべて、一仏乗と一切種智を得させるためなのです」。 「舎利弗よ、十方の世界には、二乗さえありません。まして三乗があるはずがありません。舎利弗よ、諸仏は五濁の悪世に出現されます。いわゆる劫濁、煩悩濁、衆生濁、見濁、命濁です。舎利弗よ、このように、劫濁の乱れた時には、衆生は垢が重く、貪りや妬みが強く、さまざまな不善の根を成就しているので、諸仏は方便の力によって、一仏乗を分けて三乗を説かれます。舎利弗よ、もし私の弟子で、自分は阿羅漢や辟支仏だと言いながら、諸仏如来が、ただ菩薩を教え導かれるという事を聞かず知らない者がいれば、その人は仏弟子ではなく、阿羅漢ではなく、辟支仏でもありません」。

解説

前節の一大事因縁を、過去・未来・現在のすべての仏に広げて、同じ目的が貫かれていると説きます。仏は衆生の欲や執着、本性を見極めて、さまざまな方便で法を説くが、目指すところは一仏乗の一つだけだと言います。また、五濁という乱れた時代の中で、一つの道を三つに分けて説いたとも述べます。ここでは、聞き手に合わせて入り口を変えても、目的地は一つという設計思想が語られます。仕事でも、顧客や部下ごとに説明を変えつつ、軸となる目的を保つ姿勢に通じます。なお、自分を阿羅漢と思う者への厳しい言い方は、当時の教団内の論争を背景にしています。
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この章句が説くこと

一仏乗五濁方便一切種智二乗三乗

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