法華経 / 序品第一(11)
又見諸菩薩,深入諸禪定,身心寂不動,以求無上道。 又見諸菩薩,知法寂滅相,各於其國土,說法求佛道。 爾時四部眾,見日月燈佛、現大神通力,其心皆歡喜, 各各自相問,是事何因緣。天人所奉尊、適從三昧起, 讚妙光菩薩,汝為世間眼,一切所歸信,能奉持法藏, 如我所說法,唯汝能證知。世尊既讚歎,令妙光歡喜, 說是法華經,滿六十小劫、不起於此座。所說上妙法, 是妙光法師、悉皆能受持。佛說是法華,令眾歡喜已, 尋即於是日,告於天人眾,諸法實相義,已為汝等說, 我今於中夜,當入於涅槃。汝一心精進,當離於放逸, 諸佛甚難值,億劫時一遇。世尊諸子等、聞佛入涅槃, 各各懷悲惱,佛滅一何速。聖主法之王,安慰無量眾, 我若滅度時,汝等勿憂怖,是德藏菩薩,於無漏實相、 心已得通達,其次當作佛,號曰為淨身,亦度無量眾。 佛此夜滅度,如薪盡火滅,分佈諸舍利,而起無量塔。
新字:又見諸菩薩,深入諸禅定,身心寂不動,以求無上道。 又見諸菩薩,知法寂滅相,各於其国土,説法求仏道。 爾時四部衆,見日月灯仏、現大神通力,其心皆歓喜, 各各自相問,是事何因縁。天人所奉尊、適従三昧起, 讃妙光菩薩,汝為世間眼,一切所帰信,能奉持法蔵, 如我所説法,唯汝能証知。世尊既讃嘆,令妙光歓喜, 説是法華経,満六十小劫、不起於此座。所説上妙法, 是妙光法師、悉皆能受持。仏説是法華,令衆歓喜已, 尋即於是日,告於天人衆,諸法実相義,已為汝等説, 我今於中夜,当入於涅槃。汝一心精進,当離於放逸, 諸仏甚難値,億劫時一遇。世尊諸子等、聞仏入涅槃, 各各懐悲悩,仏滅一何速。聖主法之王,安慰無量衆, 我若滅度時,汝等勿憂怖,是徳蔵菩薩,於無漏実相、 心已得通達,其次当作仏,号曰為浄身,亦度無量衆。 仏此夜滅度,如薪尽火滅,分佈諸舎利,而起無量塔。
書き下し
又た諸の菩薩の、深く諸の禅定に入り、身心寂として動ぜず、以て無上道を求むるを見る。 又た諸の菩薩の、法の寂滅の相を知りて、各おの其の国土に於いて、法を説いて仏道を求むるを見る。 その時、四部の衆、日月燈仏の、大神通力を現じたもうを見て、其の心皆な歓喜し、 各各自ら相い問う、是の事、何の因縁ぞ、と。天人の奉る所の尊、適に三昧より起ちて、 妙光菩薩を讃えたまわく、汝は世間の眼なり、一切の帰信する所なり、能く法蔵を奉持す、 我が所説の法の如きは、唯だ汝のみ能く証知せん、と。世尊既に讃歎して、妙光をして歓喜せしめ、 是の法華経を説きたもうこと、六十小劫を満たして、此の座より起たず。所説の上妙の法を、 是の妙光法師、悉く皆な能く受持せり。仏、是の法華を説きて、衆をして歓喜せしめ已りて、 尋ち即ち是の日に於いて、天人の衆に告げたまわく、諸法実相の義は、已に汝等が為に説きぬ、 我れ今、中夜に於いて、当に涅槃に入るべし。汝、一心に精進して、当に放逸を離るべし、 諸仏は甚だ値い難し、億劫に時に一たび遇う、と。世尊の諸子等、仏の涅槃に入りたまうを聞きて、 各各悲悩を懐き、仏の滅したまうこと、一に何ぞ速やかなる、と。聖主法の王、無量の衆を安慰したまわく、 我れ若し滅度せん時、汝等憂怖すること勿かれ。是の徳蔵菩薩は、無漏の実相に於いて、 心已に通達することを得たり。其の次に当に作仏すべし、号を浄身と為し、亦た無量の衆を度せん、と。 仏、此の夜に滅度したもうこと、薪尽きて火の滅するが如し。諸の舎利を分布して、無量の塔を起つ。
現代語訳
また、菩薩たちが深く禅定に入り、身も心も静まって動かず、この上ない道を求めているのが見えました。 また、菩薩たちが法の寂滅の相を知り、それぞれの国土で法を説いて仏道を求めているのが見えました。 そのとき四部の大衆は、日月燈仏が大いなる神通力を現されるのを見て、心はみな歓喜し、 それぞれ互いに問い合いました。これはどんな因縁なのか、と。天人が尊ぶ仏は、ちょうど三昧から起たれて、 妙光菩薩を讃えて言われました。あなたは世間の眼であり、すべての人が帰依し信じる所であり、よく法の宝蔵を受け持っている、 私が説いたとおりの法を、ただあなただけがよく証し知るだろう、と。世尊はこのように讃え、妙光を歓喜させて、 この法華経を六十小劫を満たすまで説かれ、この座から起たれませんでした。説かれたこの上なく妙なる法を、 妙光法師はことごとくよく受け持ちました。仏はこの法華経を説いて、大衆を歓喜させ終えると、 すぐにその日のうちに、天と人の大衆に告げられました。諸法実相の意味は、すでにあなたたちのために説きました、 私はいま、真夜中に涅槃に入るだろう。あなたたちは一心に精進し、怠けて心を放つことを離れなさい。 諸仏にはなかなか値い難く、億劫に一度会えるかどうかだ、と。世尊の弟子たちは、仏が涅槃に入られると聞いて、 それぞれ悲しみ悩み、仏の滅したもうことのなんと速やかなことか、と嘆きました。聖なる主、法の王は、無数の人々を慰めて言われました。 私が滅度するときも、あなたたちは憂え恐れてはならない。この徳蔵菩薩は、煩悩の漏れのない実相において、 すでに心が通じ達している。その次に仏となり、浄身と号して、また無数の人々を救うであろう、と。 仏はその夜に滅度されました。薪が尽きて火が消えるようでした。多くの舎利を分けて、無数の塔が建てられました。
解説

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法華経・藥王菩薩本事品第二十三(4)「偈を説き已りて、父に白して言わく、『日月浄明徳仏は、今故に現在したもう。我、先に仏を供養し已りて、一切衆生語言陀羅尼を解することを得、復この法華経の八百千万億那由他・甄迦羅・頻婆羅・阿 婆等の偈を聞けり。大王よ、我、今当に還ってこの仏を供養すべし。』と。白し已りて即ち七宝の台に坐し、上りて虚空に昇ること、高さ七多羅樹、仏の所に往到し、頭面に足を礼し、十指の爪を合わせ、偈を以て仏を讃えたてまつる。 容顔甚だ奇妙にして、光明は十方を照らす。我、適に曾て供養し、今復還って親覲す。 その時、一切衆生喜見菩薩、この偈を説き已りて、仏に白して言さく、『世尊よ、世尊は猶故在世したもう。』その時、日月浄明徳仏、一切衆生喜見菩薩に告げたまわく、『善男子よ、我が涅槃の時到り、滅尽の時至れり。汝、床座を安施すべし。我、今夜において、当に般涅槃すべし。』又、一切衆生喜見菩薩に敕したまわく、『善男子よ、我、仏法を以て、汝、及び諸の菩薩・大弟子に囑累し、並びに阿耨多羅三藐三菩提の法をも、亦三千大千七宝の世界、諸の宝樹・宝台、及び給侍の諸天を以て、悉く汝に付す。我が滅度の後、有らゆる舎利も、亦汝に付囑す。当に流布せしめ、広く供養を設け、応に若干千の塔を起つべし。』かくの如く日月浄明徳仏、一切衆生喜見菩薩に敕し已りて、夜の後分において、涅槃に入りたまえり。 その時、一切衆生喜見菩薩、仏の滅度を見て、悲感し、懊悩し、仏を恋慕して、即ち海此岸の栴檀を以て𧂐と為し、仏身を供養して、これを焼けり。火滅して已後、舎利を収取し、八万四千の宝瓶を作りて、以て八万四千の塔を起つ。高さは三世界、表刹荘厳し、諸の幡蓋を垂れ、衆の宝鈴を懸けたり。
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法華経・常不輕菩薩品第二十(3)「是の比丘、終わりに臨まんと欲する時、虚空の中に於いて、具さに威音王仏の、先に説きたまいし所の法華経二十千万億偈を聞き、悉く能く受持し、即ち上の如き眼根清浄、耳鼻舌身意根清浄を得たり。是の六根清浄を得已りて、更に寿命を増すこと二百万億那由他歳、広く人の為に是の法華経を説く。時に於いて増上慢の四衆、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の、是の人を軽賤して、為に不軽の名を作せる者、其の大神通力、楽説弁力、大善寂力を得たるを見、其の所説を聞きて、皆な信伏随従す。是の菩薩、復た千万億の衆を化して、阿耨多羅三藐三菩提に住せしむ。命終の後、二千億の仏に値うことを得、皆な日月燈明と号す、其の法の中に於いて、是の法華経を説く。是の因縁を以て、復た二千億の仏に値う、同じく雲自在燈王と号す。此の諸仏の法の中に於いて、受持し読誦し、諸の四衆の為に此の経典を説く故に、是の常の眼清浄、耳鼻舌身意の諸根清浄を得て、四衆の中に於いて法を説くに、心に畏るる所無し。」
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